第2話 星空
瞼に射し込む朝の光に起こされて俺は眼をあける。
「いたた」
地べたに直接寝転んだからか腰が痛い。
俺は腰をさすすとのびーと身体を伸ばした。
「んー。良く寝た」
立ち上がり軽くストレッチを済ますとふっと息を整え「どこここ」
と前日に呟いた台詞をそのまま呟く。
せめて夢として、そんな願いはいとも容易く打ち砕かれ、俺は項垂れながら涙する。
「帰りたいよぉ」
ホームシックな子供のように泣きそうな声でそう呟くと、地団駄を踏み、側に落ちてた死体を蹴る。
「ぶぁふぁぶふぁ」
死体の腐敗臭が鼻を刺激し、突然の衝撃に驚いて逃げ出したハエが口にあたる。
「うぇ、ぺっ」
さすがに場所を離れたいと思った俺はそのまま直線方向を目指し、歩き出す。
(繁華街は昨日見た。今日はその先、だな)
とりあえず、状況判断を済ましたい、そう思い。とにかく歩く。
しかし、道のりは長く、また、直射日光の暑さで足が鈍くなる。
「あっつ」
汗だけが溢れ、身体の水分を奪っていく。
(せめて水だけでも…)
そんなことを考えながらもふらふらと朦朧としながら、さ迷うように進む
進む、進む、進む。
朝の夜の街は人手が少なく、わりと歩きやすい。
居るとしても寝転ぶ酔っぱらいか、朝まで飲んだ酔っぱらいだけで、ふらふらと揺れ動く俺も周りから見れば同じように見えているのだろう。
(あっつい)
俺は熱さで死にそうになりながらも、暫く歩いて、なんとか繁華街にたどり着くことが出来た。
夜の街と比べると人手は増え、主婦や主夫。更につなぎを着た大工やハチマキを巻いた職人が就業開始時間だからだろうか、軒並み店を構え出す。
俺はポケットに手を突っ込み、財布を取り出すと。中身を確認する。
今のところの財産は数百円。それは昨日煙草との
俺はその金を片手に握りしめながら、すぐ側にある青果店に向かう。
Y's《ワイズ》そう呼ばれる通貨の相場は日本円と同価である。
貨幣と紙幣の種類としては銅貨は一Y'sと銀貨は一〇Y's、金貨は一〇〇Y's、紙幣として五〇〇Y's、一〇〇〇Y's、二〇〇〇Y's、五〇〇〇Y's、一〇〇〇〇Y'sの八種類がある。
俺が持ってるのは五〇〇紙幣と金貨が二つ、つまり七〇〇Y's。
なわけだが、つまりこれが俺の生命線を分ける命綱なのだ。
「いらっしゃい」
暫く観察し、見慣れた丸くて赤い果物を手に取る。
「これください」
少ない金の中から金貨を1枚だけ差し出し会計を済ます。
「まいど」
青果店のおばさんの声を背に俺はそのまま木陰に向かう。
そして買った果実に早速かぶりつく。
(はぁあああ…うんっま!)
それはまともな食事とは言い難いがしかし、水分を必要としている状況においては生命の恵みとなった。
「うぐっ。こんな美味しいリンゴ食ったことがねぇ…」
俺は目頭を押さえながら、そう呟いた。
◇◇◇
RPGの知識ぐらいしかない俺から見てもこの街の規模が大きい事はわかる。
全長27マイルにも及ぶ壁は圧巻であり、国土を保証するために外敵に備えられた兵士達も屈強を極める猛者達ばかりだ。さらに巨大なピッチングマシーンとも呼ぶべき
入口には当然のように出入管理所が設けられており、許可を持たない場合入ることは叶わないのだろう。
俺は侵入者として見られないかびくびくと怯えながら通りすぎた事が思い出される。
そして、壁内は中央から王城、それを囲うように軍本部と大型訓練所が前に配置され、それらの外側に住民街、その更に外側に繁華街と夜の街が南と北にそれぞれ一つづつ配置されていた。
そんな場所をぐる~と回った俺はさながら異世界探検隊のようで一通り見回るのに約三日もの時間を費やしてしまった。
きゅるるるるる
「お腹空いた…」
出発点である貧民街に戻ってきた俺はすっからかんになった財布を見ながらこの三日間の成果を確認する。
俺が食べたのはリンゴとリンゴとリンゴ。安いからと、とにかくリンゴを食べて食欲を抑えたが、それもその場しのぎでしかなく、もはや疲労困憊の身体には限界が来ていた。
思い返せば「どうか、雇って下さい」と頭を下げる一方で決まって「身分も示せないような男を雇うほどウチは困ってない」や「悪いけど他を当たってくれ」だとか、なんとも常識的な対応で構って貰えなく、いたずらに体力を消耗したわけなのだが。
「はぁ」
俺は盛大に溜め息をつき、その日は寝ることにした。
◇◇◇
(ねれ、ない)
俺は空腹で寝れない身体を起こす。
(あ、れは…)
目の前には酔っぱらいの残りかすと見えるものが星空に照らされ、わずかに光って見えた。
俺はその残りカスに舌を擦り付け、舐めた。そして、口に含み、ゴクンと飲んだ。
「う、うぇえええええ」
当たり前に吐き気が止まらなくなり、涙を流しながら吐いた。
やがて胃のなかは空っぽになったが、僅かに舌に残る酸味は取れなく苦々しく思いながら俺は星空を見上げた。
「なに、してんだろ、俺…」
空腹と空腹と空腹。気が付けばとっくにいつもの日常を遠くに感じるようになってしまい。俺は仄かに照らす星空を憎ましく見上げながら止まらない涙を流した。
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