第13話 御劔神楽

授業が終わり、アルビーに案内されるがままに後をついていくと、修練所に着いた。


修練所は校舎の外に配置された円型の施設のことで足元には芝生が敷いてある。他の人も居るようで皆、アルビー・ハイドが入ってきてから二人が次に起こす行動に興味津々だ。


「神楽、久し振りだね」


アルビーが呼び掛けた方向に居るのが御劔神楽みつるぎかぐらなのだろう。

短く整えられたその艶やかな黒髪に鋭く射ぬく銀色の瞳。高身長で腰に大きな剣を挿しているからだろうか、威圧感を感じるのもあるだろうけれど、まとっているオーラが常人のそれとは違う。


「アルビー。何しに来た」


「用がなければ来てはダメかな?」


「用も無しに来る奴でもないだろう」


「実は、彼を紹介したくてね」


そう言ってアルビーは目配せで俺を紹介する。


「誰だ?」


「友人だよ。神楽、弟子は必要じゃないかな?」


「門は建てたが、そいつには素質がまるで感じられない。帰れ」


「帰れない」


「なら、どうする」


アルビーは「はぁ」と一度溜め息をつく


「やっぱり、こうなるか…」


金属が擦れる音が聞こえる。

アルビーが抜いた剣はレイピア、神楽が抜いた剣は刀に良く似た剣。


すーと息が詰まる程に集中した空気が伝わる。

二人の仕合が始まるのが用意に想像できた。


先に動き出したのはアルビー、剣先は空を切り、肩を抉るように突き出される。


余裕綽々というように神楽はその剣に刃を合わせ受け流す。


次の瞬間、アルビーの肩から血が吹き出る。


「はっ?」


見えなかった、いや正確には神楽が踏み込んだ時にはもうアルビーの肩からは血が吹き出していた


浅傷とは言え、肩を斬られたアルビーだが気にした様子も見せずに、首筋から胸辺りまでの軌道を描き、踏み込み際にくいっとレイピアを突き上げる。


鋭くしなる剣はレイピアの美しさを煌めかす。


しかし迫る剣に神楽はなんなく対応した。


カンッ


こうがいつばの少し先)の部分で見事受け止めた神楽はギラ付いた瞳でアルビーを睨み一閃。


横腹を抑えよろめいたアルビーを静観する


「どうした、脇腹を斬った覚えはないぞ」


暗にかかってこいというような挑発。

二人はまるで赤子と大人、その壁は圧巻するほど高い。


アルビーは体勢を立て直すと、神楽に向き合い、踏み込みと同時にレイピアのしなりを加速させる。


そこから激烈な反撃が始まった。


脇腹に向かって斬り上げ、突き、踏み込み、突き、首筋を狙った斬り上げ。

その、残像を残すようなその華麗な剣捌きにより、神楽はどんどん押されていっているように見える。


現に神楽の斬擊も先ほどから剣先でくるりと弾かれては次の攻撃に対応する事に追われている、ように見える。


そう、見えるだけで結果は歴然と表れていた、1歩も1歩も神楽の方は動いていないのだ。


「すごいすごい、だが、そろそろ終わりだな」


もう手は見飽きたというように神楽は剣を滑り込ませるように踏み込み、脇腹を斬る


「がはっ」


脇腹を抑え倒れこむアルビーは痛みに耐える間に虚しく頭を強打されて地に伏せる。


一瞬、そういっていい程の決着だった。


(っ…)


言葉が出ないほどの感情が脳を支配する。


(これが、御劔神楽みつるぎかぐら…)


「こちらへこい」


俺を見つめるその銀色に輝く瞳はあまりに美しくて俺を射ぬいた。


俺はそばに近づき膝を付く。


「どうか、俺にあなたの剣術を教えてください」


「どうして」


「あなたの、美しさ、強さに惚れました、これが理由にはなりませんでしょうか」


「ほう、誑かしの上手いやつだ、ただその心も嘘ではないようだ、よかろう、教えてやる。ただし、着いてこれねば、私がお前を殺す」


「仰せのままに、師よ」


いつまでも膝を付いているのが気に触ったのか照れくさそうに顔を反らされる。


「もういい、いつまでもそうして見つめられると穴が開きそうだ、飼い犬のように座ってないで立て。立場は違うとは言え、同じ一学年の身、敬語も要らん」


「一学年…なのですか?」


「ああ、そうだ。私は1年A組、御劔神楽みつるぎかぐら御劔みつるぎ流8代目当主御劔宗玄みつるぎそうげんの愛娘にて御劔みつるぎ流派生、心極流初代当主。お前が学ぼうと悲願する剣の名だ覚えておけ」


「はい、師匠!」


「だから、その犬のような目はやめろと言っているだろうが」


「はい、師匠!」


師匠は頭を抱えながら再びこちらを見つめる。


「もういい、それで、お前の名は」


「私はヒサカ・アルドレア。ただの平民でございます」


「ふん、ただの平民がそのような冷たい瞳をするものか。

ところでヒサカ、剣術とはどんなものか心得ているのだろうな?」


「殺す為の技、です」


「そうだ、殺すために磨きあげられてきた技だ。しかし、剣術は心を清める為のものでもある。

荒々しく、混沌とした戦場を生き抜く為に時に人は剣を必要とする。

真なる剣術とはその果て、空虚な剣に魂を託し、生き抜いた時に人は恐ろしく生を実感する。

それは狂喜と現実の境目、正常な精神なんぞ遠に忘れ、ただ鋭く、一本の刀となりて心を建てる。それが心剣一体、剣術というものだ。ヒサカ・アルドレア、彼岸に付く前にお前は力尽きるだろう、それでも進むか?」


「はい、生きるための精一杯を捧げます」


「そうか、それならいい」


師は神妙な顔で俺を見つめ、やがて目を反らした。


「行き着く先が如何なるモノでも、今は学生だ、とりあえず、アルビーを起こそうか」


ペチンと気を失っているアルビーの頭を叩く


起き抜けの表情でアルビーは周囲を見つめ、やがて状況を理解する。


「あ、負けたのか」


「当たり前だ。お前が私に勝ったことなんて一度もないだろう?」


「それはそうだけど、やっぱり神楽ちゃんはズルいよ…」


「神楽ちゃん?」


「あ、うぁぁ…つい、癖で。忘れてくれ、ヒサカ」


「やだ、もう録音した。脳裏に刻み込んだ。今度皆に言いふらす」


「やめてくれぇぇ」


そう、わたわたと恥ずかしそうに顔を顔を伏せるアルビーの新たな一面を前に微笑ましく見守るヒサカであった。

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