第14話 テツヤ

「テツヤ、テツヤ」


「んん、なに?」


「朝だぞ、起きろ」


「朝?まだ夜だよ」


「いや、朝だ」


「夜」


「朝」


「夜…」


「朝だって、いってんだろ」


おもいっきり布団をひっぺがされる。


「さ、寒い!」


「寒くない。とっとと起きろ」


「寒いよー」


「早く、その寝癖とぼんやりした頭直してこい。飯にするぞ」


テツヤは言われた通り、蛇口式の魔道具、通称、水出器(蛇口に触れると水が出る仕組み)によって顔を洗う。


技術の進歩はめざましいなどと思いながら推定10000000Y's(相場は円と同一)位するであろう水出器をまじまじと見つめる。


すると後ろから声がかかる


「おい、まだ目ぇ覚めてないのか?いつまでもボーとしてねぇで飯食うぞ」


「うん、今いく」


ご飯を急かす大柄で厳つい見た目のこの赤毛の男はハイド・リオレイシア。公爵家の3男で僕の恋人。アルビーの義兄でもあり、僕の幼馴染みでもある。

といっても一学年上なので本来は一緒の部屋で暮らすなんて出来なかったのだが、僕の体質の件もあり、上の方に意見書を提出した所、特例に特例を重ね、承認されたのだそうだ。


そんな事情で同居する事になったのだが、1年近く会えない期間が続いたからか今じゃ互いに求めあってしまってあまり眠れない日々が続いている、実のところそれが目下の悩みでもあったりする。


「「いただきます」」


丸机に付くと手を合わせて祈りを捧げる。


これはヒサカに教えてもらった習わしで今からいただく食物に感謝を捧げる時の仕草らしい。

話を聞いたときに良いことだと思い、以来僕らも実践している。


鋭い八重歯でモグモグと極東原産のたくわんを放馬るリオだが、料理は得意らしく、一度作った僕の朝飯を「まずい」と一蹴して以来、朝の料理はリオの担当となっている。


(眠い…)


眠気で頭が左右に揺れる。


「大丈夫か?何だったら1限目くらい保健室で休んだって」


「大丈夫、大丈夫。授業くらい出ないと…どんどん、置いてかれる」


アルビーがすごいのは昔からだけどなんだかんだ言ってヒサカもすごい、最近じゃ剣術の腕も上達してきてるし、あった差が更に広がっている気がする。

もともと基礎学力は僕と同じくらいだし、苦手としてた魔法学の方も最近頑張ってるみたいだ。


「負けてられない…」


「…ごめん、俺が、昨日無理させちまったせいで…」


「レオのせいなんて事はないよ。僕が頑張りたいだけだし、それに…僕だってレオと…その…もっと一緒にいたいし…」


「つっ…恥ずかしいこというなよ」


会話は途中で途切れたが、それから互いにもどかしそうな表情を見せながらも食事は続いた


◇◇◇


「お?テツヤおはよう、今日は早いな」


教室で待機していると食事を終えたヒサカが教室に入って僕の隣に座る。


「アルビーは?」


「ああ、ちょっと剣振り回してから来るって。先日の師匠との仕合が相当堪えたみたいだな」


確かアルビーは先日、御劔さんに還付なきまでに叩き伏せられたと聞いている


「僕もあんまり知らないんだけど御劔さんってそんなにすごいの?あの『美麗』が手も足もでないなんて」


美麗のアルビーと言えばレイピアの使い手、幼い頃から一緒にいるけど彼が誰かに負けた所なんて見たことがない。

御劔さんの方はレオやアルビーの話で実在する事は知っているが、話に聞くのは眉唾物みたいな話ばかりで

竜種を一人で複数体倒してきたとか神霊を魔法も使わずに叩き斬ったとか、東方の戦争で100人斬りを成し遂げたとか…そんな感じの話がゴロゴロと流れてくるのだ。


「死ぬほど強いよ、何て言えばいいのかな、惚れたっていうか痺れるっていうか、まぁ見たら分かるよ」


「ふーん、ヒサカがそこまで言うんだったらそうなんだろうけど、アルビーが負ける所なんてやっぱり思い浮かばないや」


そうこう話している内にアルビーが教室に入ってきた。


「おはよう」


「おはよう」


「今日は魔法工学だっけ?」


「うん。そうだよ」


「魔法工学と言えばさ、部屋に水が出る魔道具あんじゃん?あれってどういう仕組なんだろうな?」


「ああ、あれは魔方構造式が事前に決められたタイプだね。従来型は魔水石を燃料に水を生み出すだけだったけど部屋にある形は構造式を予め記入しといてポイント通過時に同機して変換、まぁ型通りに循環させるタイプだね」


「な、なるほど」


ヒサカとアルビーはキョトンとした顔で僕を見つめる。なぜだろうか。


「えっと…従来型と違う点で言えば、魔水石に要するコストをカットできて、なおかつ汚水が出ずに済む所にあるんけど、この利点だけ見れば確かにすごい事なんだ。

ただ、やっぱり使っていく内に陣は壊れていくし、メンテナンス費用はバカにならない、汚水を流しにいく手間と目先のコスト、客がどちらを選ぶかにもよるけど、やっぱり実用段階までこじつけるのはまだ先にはなりそうだよ」


「……お前、スゲーじゃん!」


「え?」


「実用化されてない、物の事を触れただけでわかっちまうなんて、魔法工学が得意なのは知ってたけどそこまでとは…いや、ほんとスゲーよ」


「そ、そうかな?」


誉められるなんて思ってなかったのでどう反応していいのかわからない。


「いや、ほんとにすごいな。上流階級にも出回ってない完全に実証段階の試作品だよ?それを欠点まで押さた上で説明できるなんて、今すぐにでも王手の鉄鋼魔工製品会社に入社できるほどだよ」


「そんなに、かな?」


そんなに誉められたのは初めてなので思わずにやけてしまう。


「えー。授業、始めていきますよー。皆さん、おしゃべりは止めてください」


声がした方向を振り向くと、教壇の前に立つ、眼鏡をかけ、茶髪を揺らす魔法工学の教師、オレガノ・ミハエル先生がすんとした表情で立っている。


先生は授業の始まりを告げるように、沈黙を合図と受け取り授業を始める。


「前回は魔鉱石と自動装置のハイブリッド化についてまで話しましたね。

今回は更に進めて、エネルギー元である魔鉱石のメカニズムについての解説を始めましょう。えーとそれでは、35ページを開いて」


35ページを開く。そこには数多くの魔鉱石と共に一般的にイケメンと呼ばれるであろう人物の肖像画が記載されている。


魔力マナとは元来、未知の物質ではありますが、人はその力を扱えます。

器を介してのアウトプット、それが現状把握できている使い方なわけですが、それは何も人間だけが扱えるというわけではありません。

魔力マナを扱える生物、つまり魔物もそのくくりとなります。


では、魔力マナとは何なのか、それは即ち大気、つまり見聞きできる全ての情報は魔力となってそこに存在しているということ。この事は魔法学で学びましたね?


では、それを踏まえた上で1260年前に遡りましょう。当時、ジェームス・アルダーという生物学者が居ました、この学者は私の現役の恋人なのですが、彼は一般的に魔物と呼ばれている存在に異なる物質を植え付ける作業。通称パッチワークによって生物学だけでなく魔法学や魔導工学の分野にまで多大な影響を残した人物です。

そんな彼が後世に残した功績ははかり知れなく、今尚、研究資料は国家の管理の元、保持されています。

彼の享年は35歳。一部の保守的な宗教家達の手によって数多くの研究資料もろとも火に炙られました。

しかし、国立図書館に保管されている資料は残っており、それによると情報体、つまり魔力マナとは…」


先生のせせらぎのような眠たくなる授業を聞きながらやがてテツヤはうとうとと眠りに落ちた。

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