第6話 口約束

ルカはそれからヨシヨシと俺の頭を撫でた後、正気を取り戻した俺を見て「思ったより早かったね、いい子だ」とまた俺の頭を撫でた。


濡れた草が露明けのように黄色い滴を垂らす。垂れた滴はやがて土に吸い込まれていき太陽の光でやがて渇く。そんな光景をぼんやり見つめながら俺は自分の腕、体、喉、心臓、全身のあらゆる箇所に違和感を感じて確認する。先ほどまで感じていた死に直結するほどの痛みは現実で確かに感じた、しかし、全身には全くと言っていい程異常は無く。それが逆に真昼を恐怖させる。


「安心していいよ、君の体は五体満足に動く。さっきの痛みは神経そのものに働きかけただけだからね」


丁寧に説明してくれる声は穏やかそのもので先程まで俺を痛め付けていたとは思えない。

そんな様子に真昼は何も言えず萎縮する。


(俺はどうやってこんな奴と今まで話していたんだ?)


そんな事も忘れて、ただただ思い出される鮮明な痛みが逃げれない恐怖が絶対服従の姿勢を教えてくれる。


「おおおお、俺は…死んでないのか?」


「ああ、死んでないね。自ら死ぬ事は可能だけど…そうだね針でも刺そうか」


ルカの声を聞くと同時に頭に痛みが突き立つ。どこから取り出したかもわからない針が脳を弄くっているのだと気付いた時にはもう突き刺さった針を見上げる事しか出来なくて、ただ「ああ」と変な声を出した。


「よし、これで完璧だね」


「な、何を…」


「何って、誤って自害しないように弄っただけだよ?」


何か問題でも?というような顔を向けるルカ。彼女の瞳はなんの感情も宿していないようで、冷酷に冷淡に俺を見つめる。


「お前は…どうして俺にこんな命令を下す。『最強』だろうと『王剣』だろうと自ら殺せばいいだろう!」


「殺せる者ならもう殺してるよ。殺せない、けど殺したい。だから君を使って殺しちゃおうってことだよ?」


穏やかに笑顔でルカはそう答える。


「人殺しを気楽にやってのけるお前が出来ないなら、俺が出来るわけないだろ」


「だからさ、暗殺だって言ってるじゃない。君みたいな懐に入り込むのが上手い者じゃないと暗殺はこなせない」


「買いかぶりだな。俺にはそんなの出来ない。そもそも強者の懐に飛び込んだとしても技能がなければ返り討ちにあって終わりだ」


「それは君次第だね。それに君はメインプランの要でも何でもない、ただの予備プランの一つにすぎない。あっても無くても変わらないけどあった方が成功した時のリターンが大きい賭けみたいなプランだね。だから僕としてはどっちでも構わないんだけど…断れば君は一生痛め付けられる玩具になっちゃうけどいい?」


死ぬよりも何よりも痛みに恐怖を覚える。思い出されるのは先ほど受けた激痛の数々。それは何よりも自分の心身に深く刻み込まれた記憶で、忘れようとしても忘れられない。

それから逃げるには結局従うしか方法はないのだ…


「わかった、俺がそいつを殺してやる。ただ、もし俺がそいつを殺す事が出来たなら…俺を解放しろ。俺に二度と関わるな。それが誓えるのなら人殺しでも英雄殺しでも、なんでもやってやる」


「ん、いいよ。まだ反抗する気力が残ってる君に免じて誓おう」


「契約なんてやり方も知らない。だからこれは約束だぞルカ」


「ああ。約束だ」


それはただの口約束。それでもここに結ばれた言葉だけは本物だった。

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