第20話 修行2

尋常じゃない速さの鞭が俺に向かって放たれる。

ひとたび当たれば肢体が飛び、瞬きの間に粉々になることだろう。


それらを俺は全て避けていく。


修行を初めてから十日。毎日1時間以上打たれ続けて、ここ漸く鞭に当たる事が無くなってきた俺は自分が確実に強くなっていることに気付き始めていた。


ビシッ


俺はその日の最後の鞭を避ける。

汗はかいているが不思議と息は上がっていなく、時間にしても既に1時間以上は動いている。


「よし、及第点だ」


「ししょ、それって…」


以前までダメだ、ダメだとばかりに叱咤されていたが今回は合格のようだと、安心し、喜びかける。


突如として飛んでくる殺気にそんな余裕は一瞬にして消し飛んだ。


抜き身になった刀身は妖艶な死の匂いを身に付け、こちらに向けてくる視線は師匠が今まで向けてきた気配とはまるで違う。


日本刀、それは、そう呼ぶべき代物。まさに斬る為の刀。


『死』それを直感的に感じ取った俺は、気づかぬ内に後ろに逃げていた。


「臆病すぎる」


ガクガクと生まれたてのシカのように震える足は汗を垂らすだけで動かない。


「剣を抜け」


俺は震える手で何とか木刀を持つ。


「斬らぬのか、斬られるぞ」


向き合っただけでこの有り様だと言うのにどうやって斬り合えというのか、俺はそんなことを思いながらも頑張って足を動かし、一歩づつ、前に向かって歩く。


一歩が遠く、一歩が重い。


恐怖に足を取られながらも、ようやくたどり着いた眼前、俺は震える手で木刀を向ける。


シッ


木剣は斬れ、カランと音を立てて半分になった木刀が落ちた。


「ぐえっ」


腹に衝撃が伝わる。俺はえずきながら倒れこむ。腹を抑え、無様にびくびくとちじこまる。


「もう一度」


立てと叱咤するような声が聞こえてくる。しかし、完全に萎縮してしまった今では立てるはずもない。


「もう一度」


その顔は怒っているのか、繰り返される声はやけに耳に響く。


動けない、足に力が入らない。いつまでも続く殺意に動くことが出来ないのだ。


いつまでも踞っているのが気にさわったのか、腹に再び衝撃が走る。


俺は蹴られて転んで又止まった。


「お前言ったよな?生きる為に精一杯足掻くって、精一杯足掻くってのは床に転がって惨めたらしく震える事か?」


「ち、ちが」


顔面が蹴られて血がでる。何回も何回も、頭も蹴られ、腹も蹴られ、腹、腹、腹、腹、顔面を踏まれ、蹴られ、蹴られる、蹴られる、蹴られる、蹴られる。ウジ虫のように踏み潰される。


このままでは本当に死んでしまう。


そう理解した俺は足を叩き、頬を叩き、活を入れ、やっとの思いで立ち上がる。


「次はない」


その言葉に命綱を斬られるが如く気を感じた俺は、全身を奮い立たせ、今ある全力をその折れた木刀に込めた。


前を向き、呼吸を整え、足を踏みこむ。


持っている木剣は半分しかなく、剣は授業で習っただけ。

形は不恰好、しかしそれでも全力を込めて撃ち込んだ。


バシッ


腕で木剣は止められ、途端に体が浮く。


ドダン


地面に倒れる俺は状況が呑み込めず天井を見上げる事しかできない。


「どうした、立て」


俺は再び全身を奮い立たせ、たち向かう。


ドスッ


腹に打撃音。ふらふらと後ろに後退するが腹を抑えながらも再び立ち向かう


「やぁぁぁ」


腹、腹、腹、腹。1ッ箇所しか狙われていないのに何回も何回も倒される。


「弱い、弱い、弱い、弱い」


俺は満身創痍になりながらも立ち向かう。


再び腹に打撃が加わる。


「学んだ事をもう忘れたか。臆病と無謀は違うぞ」


渇をいれるが如く怒濤の打撃が加わる


「ぐぇっ、うぇっ、ふが」


死をさ迷う旅人のようにふらふらとよろめく。


(殺される)


『死』を感じた俺は、前を見た。


師匠が足を踏み込み、形を整える。

右上腕骨、左上腕骨が揺れ、僅かに右足が傾く。


腹への打撃が迫る。


動作1ツ1ツが危険だが、来る箇所がわかっているのなら止められ…


パァン


木刀そのものが木っ端微塵に吹き飛び、体が浮遊し、後ろに倒れる。


それは正に死地。そのまま踏み込めば斬られ、半歩後ろに下がるのが遅れれば死ぬ


何が起こったのかは分からない、ただ、死の香りがする。それを俺は直感で、いつもかぎ分けていたからこそ死なずにすんだのだと、理解した。


足が、腕が、全身が痺れる。しかし、不思議と頭は冴えていた。

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