第9話 共に歩む学友
「誠尊き、今生陛下の御前である。平伏し拝謁せよ」
コツン、コツンとヒールの踏む音が響く。やがて止んだ音が静けさを呼び。この国の皇帝、 エクサバトラ・ベアトラスが口を開く。
「兵役などと、呼ぶものは。多くの者にとっては苦痛でしか無いだろう。
しかしそこに理由をつければ近年の世界情勢が元となっているとも言えよう。
近国スティス、イズン、ウルイア。それら紛争地で続く幾度の戦闘。我が国が自国を守っている間に各国は敗北を繰り返し確実に力を結んできた。
なればこそ、我が祖先が代々指向してきた兵役制度なるものは必要であると断じる。
されど実際に経験する訓練は先達の話だけではかり知る事もできまいて
大抵は使命を持って挑む者でもなし、大義を持って挑む者でもなし。であれば仕方なく、なんとなくこの場に居るのが大半であろう。
なれば心せよ。体験会と侮るなかれ。明日よりこの場は試練の場となりて、諸君らの心持ちを正すであろう。
そしてその経験は達成した後にこそ昇華する。汝らに強さと自立を。これから旅立つその日まで…力一杯戦場を楽しむが良い!」
この場に居合わせた皆の心に浮かんだのは明日、明後日の自分だろう。それは訓練に耐え、汗だくになりながらも走り続ける自分だろうか、戦場で剣を交える自分だっただろうか。それらは決して遠い過去ではなく近い内に起こりうる事だ。その上で皆は歓喜する、昨日と違う、今日と違う自分の未来像を思い浮かべながら。
勇姿を煽る、そのような演説は皆の高揚感を持ち出し、みなぎる若き力を震い立たせた。
それを俺は覚めた目で一人見つめていた。
『愚かな蛮勇が生まれなければいいが』そんな懸念を抱きながら、その後の式典の進行を経て新兵入隊式は幕を閉じた。
◆◆◆
静かで涼やかな風、そんなものは無い。切った風は滑りを帯びて緩く温く全身を覆っていく。
キンキンに輝く日光が茹だるような暑さをもたらし、俺達の体温を一段、又一段と上げていく。
走って、走って、走り続けている俺達は辛さを堪えながら切れ切れの息を漏らし更に足を動かす。
バタン。と又一人倒れて行く。リタイアした者は切り捨てるように皆見向きもしない。
走ることしか考えられないかのように外周を走りまくる俺達はただ教官の止めの合図を今か今かと待ちわびる。
リタイアした者は置いてきぼりをくらい、外周遅れで走り出す者は必死に挽回しようと追いすがる。どちらも追い付ければいいが、ペナルティは『今日の食事当番』と重い。何せ4個大隊、総勢1250人以上もの人数の料理を作らなければならず、その苦労ははかり知れない。
程なくして短髪で顎髭を生やした教官から「そこまで!!」と合図が送られる。
直ちに息を整え教官の前まで集まりだす。
やがて全員揃ったのを教官が見計らうと「点呼」と再び号令がかかった。
一から100×6の縦列の点呼が終わると最後に99を聞いたリーダー6人が順に教官に報告を済ます。
「よし!!では本日の授業は終わり。脱落者、周回遅れは分かっていると思うが当番は忘れるなよ」
「はい!」
その声を聞き終えると教官は校舎の方に去っていった。
その背中を見送り、やっとのことで皆はどっと腰をおろす。
服をパタパタとしたり、手のひらで仰ぐ様子は相当暑さに参っている事を表している。
「はぁ。しんど」
「まじで鬼。今日何周走ったよ」
「さぁ。60周くらいじゃね?」
「おいおい。どうりでしんどいわけだよ」
「ホント、マジせめてキリのいい50くらいにしてくれよー」
「ホント、それな」
各々、死にもの狂いで走っていたからか腰をおろすなり愚痴を漏らす。しかし、以前ならば口も開けない程疲労困憊だっただろう。
「全く。慣れというものは怖いね」
「全くだ、常識が分からなくなる」
「教官もひどいよね。最初は30程度だったのに今は倍の60だなんて…」
「といってもお前は汗一つかいてないけどな」
疲れた様子も無いアルビーは少しの汗もかいてなく、涼しい顔でこちらを見ている。
「見えないだけで結構疲れてるよ」
一瞬、俺はアルビーの身体に目を向ける。明らかに昨日、今日で出来る身体付きじゃない。
服を着ているから見えないないだけで、引き締まった筋肉の質は異常だ。手足は絞られ、その肉体は半袖だからか隠しきれていない。手の甲もぶ厚く、腕に所々傷跡も見える。
おそらく相当な鍛練を日々行って来ていたのだろう、ここには個々に目を見張るべき者も居るが俺も含めて大半がただ平和を享受してきた若者だ、心構えを以前からしてきた連中とは文字通り住む環境が違うというわけだ。
「ハイド家は代々に渡り武勲をあげ、陛下に仕えて来たと聞く、それなりの訓練で息を落とさないのも当然の事だろう?それはお前の努力の証でもあるし、謙遜はしてくれるなよ」
「そんな固く考えないでよ。僕と君たちはここでは共に学ぶ仲間だ。そこに身分や経験は関係ない。学内規則にも書いてあるだろ?『如何なる身分、如何なる経緯を持ってしても、支え合う仲間で有る限り、共に切磋琢磨すべし』ってね。それでなくても僕達は友達だ、友達は常に対等な関係じゃないのかな?」
「そうだな。ごめんちょっとした違いを気にしすぎた」
「分かってくれたならいいよ。そろそろ行こうか。魔法学の授業に遅れても困るしね」
「ああ、そうだな」
少し熱くなりすぎた身体を冷ましながら俺達は教室に向かって帰った。
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