第16話「理解らせられて、理解らせて 前編」

 その後は実に順調なものだった。巡回の兵と出くわすことなく、爆弾のコードの終着点へと辿り着いたのだ。それは「中央管理室」と書かれたテープの貼られた正方形の建物であった。


 モジュール工法で作られたのであろうそれは、他のモジュールと接続し電気をやり取りするための配線穴が幾つも空いており、そこに爆弾から伸びるコードが入り込んでいた。それも幾十本も。他のモジュールと接続する前に帝国軍が接収し、発破機の設置場所として使われたのだろう。


「人は……居るな」


 窓から見える限り、3名の帝国兵がいた。……だがどこか様子がおかしい。彼らは一様に緊張した面持ちで、「抱え銃(銃口を上に向け、身体の前で銃を保持する)」の姿勢を取っていた。


「あ、誰か来ますよ……!」


 ジェシカが指差す方向を見てみると、何やらカメラクルーを伴いながら喋っている男が中央管理室に向かって歩いていた。


「見たかね連邦諸君? 爆弾はハッタリではないのだ!」


 カメラに向かってそう語るのは、帝国軍のアマイ少将であった。どうやら連邦軍首脳部と通信中らしい――爆弾の実在を見せつけ、交渉中といったところか。


 俺はすかさずフォカヌポウ提督に連絡を入れた。


「提督。もしかして、いまアマイ少将と交渉中ですか?」

「正規軍の方々はな。私は映像を横流ししてもらって見ているよ。丁度ガイズの地下に仕掛けられた爆弾を見せられたところだ」

「今ですね、アマイ少将とカメラクルーがすぐ目の前に居ます」

「マ?」

「マです。そして奴の供回りの兵は見たところ3人しかいません」

「マ!?」

「マです。……提督、思うにこれは千載一遇のチャンスかと。今なら奇襲を仕掛け起爆装置を破壊し、ついでにアマイ少将を捕虜に出来ます」

「……よし、やれ、大尉。正規軍首脳部の方々に最高のショーを見せてやれ!」

「はい!」


 通信を切り、ジェシカに向き直る。


「というわけで仕掛けるぞ。俺は発破機を破壊する、お前は兵士を倒してくれ……って何やってるんだ?」


 ジェシカは黒いマスクを取り出して身につけていた。


「え、いや、カメラに映るときは、なんかこうしないと落ち着かなくて……」

「そ、そうか……まあいい、行くぞ!」


 俺たちは中央管理室の窓に忍び寄った。アマイ少将も中央管理室に入りながら、喋り続ける。


「――貴官らに出来ることは何もない。大人しく撤退してはどうかね? 当然ながら、発破機とそこに至る全ての経路は我が忠勇なる兵士たちによって防衛されているし、彼らに危害を加えれば即座に爆弾を起爆する手筈となっている。貴官らの兵で、生きてここにたどり着ける者はいないということだ! ぐわーっはっはっはっははっは!」

「いるさっ! ここにふたりなっ!!」

「なにっ!?」


 俺はアサルトライフルの銃床で窓ガラスを破壊した。入れ替わるようにしてジェシカがそこから身を乗り出してアサルトライフルを横薙ぎに掃射し、帝国兵をなぎ倒した。


「ぐわーっ!?」

「突入!!」


 アマイ少将も肩に被弾し倒れ込む中、俺は中央管理室へと入り込み、発破機を確保した。電源を切り、繋がっているコードを全て引っこ抜く。そして発破機本体にアサルトライフルを連射し破壊。


「き、貴様―ッ!? わ、私の完璧な計画を台無しに!!」


 アマイ少将は左肩を押さえながらこちらを睨んでくるが、リロードを終え突入してきたジェシカに銃を突きつけられるとホールドアップした。


「完璧? それにしては詰めが甘かったなアマイ少将? まあ、地図にも乗っていないような秘密経路を見つけ出せというのも酷な話だが」

「ぐぬううううううッ!」


 悔しがるアマイ少将をよそに、俺は民兵隊にこちらに来るよう連絡を入れた。まだ発破装置を破壊しただけで爆弾自体は健在なのだ、彼らの手で爆弾を取り外して貰わねばならない。


 その時、ズシンと地鳴りのような振動が響いた。パラパラと、小さな瓦礫が中央管理室の屋根に当たるような音もする。


「戦闘が再開したようだな。正面からやりあっては勝てないことは理解しているな? これ以上部下を死なせないためにも、とっとと――」


 俺の言葉は、凄まじい衝撃でかき消された。身体が吹き飛ばされ、背中から壁に衝突する。


「ぐうっ!? な、何が!? ジェシカ、無事か!?」

「な、なんとか」


 ――吹き飛ばされる一瞬前、アマイ少将と俺の間に瓦礫が降ってきたのが見えた。天井が崩落したのだ。部屋の中は粉塵が充満し、アマイ少将の姿は見通せない。


「おいアマイ少将、生きてるか!?」

「――ああ、生きてるよ。俺のダイナミックな登場にチビッちまってるがな?」


 返ってきた声は、アマイ少将のものではなかった。安っぽいスピーカーから発せられたような、機械的な声――粉塵の中に、巨大な影がうっすらと見えた。俺は気づいた、地上戦の影響で地下市街の天井が崩落し、その瓦礫で中央管理室の天井が破壊されたのではないと。こいつが落ちてきて、天井を破壊したのだと!


「チビってなんぞおらんわ!! だいたいジョン、貴様今の今までどこに行っておった!? 私の護衛を放ったらかしおって!」

「この時間はメンテ中だっていつも言ってるだろうが。機械義体は面倒なんだよ」

「言い訳はいらん! ともかくそこに居る鼠2匹を始末しろ! 私は連邦軍との交渉を再開する!」

「アイアイ」


 ――そのような会話がなされる中、俺とジェシカは逃走を開始していた。あれには、2人だけでは絶対に敵わない。


 ジョンと呼ばれていたあの巨大な影は恐らく機械義体兵――身体の殆どを機械に置き換えた、文字通りの「鋼鉄の兵士」だ。アサルトライフルの弾なぞ弾き返してしまう全身装甲をそなえ、腕力や脚力も人間とは比べ物にならないほど強いうえ、ジェットによる限定的な飛行能力もある。


 いわば「人間サイズのウォリアー」とも言える存在だ。生身の歩兵がアサルトライフル程度の武器で挑むのは自殺行為に等しい。


「逃げるなよォ。あの映像、見てたぜ? 中々愉快だったが、お陰でメンテもそこそこに駆けつけるハメになっちまった。急がせた代償に、ちっとは楽しませて……くれよッ!」

「大尉、避けて!」

「ッ!」


 ジェシカの声で横に飛ぶと、つい一瞬前まで俺の頭があった場所を、直径2mはありそうな巨大な瓦礫が飛んでいった。それは地下市街を支える柱にぶち当たり、破片が石礫となって俺とジェシカを襲った。


「くそっ!?」


 俺もジェシカも床に倒れ込んでの回避を余儀なくされた。あの巨大な瓦礫を、投げたというのか。やはり機械義体兵は化け物だ。


 逃走を再開しようとしたが、その選択肢は無慈悲なジェット音によって打ち砕かれた。俺とジェシカの間に、ジョンが舞い降りた。


「少し遊ぼうか、お二人さん?」


 彼は挑発的に腕組みし、俺とジェシカをゆっくりと見回した。……逃がす気はない、か。2m50cmは超えるであろう巨体。黒く輝く塗装を施された、銃弾を通さない装甲。圧倒的な腕力と機動力。銃器は持っていないようだが、内蔵火器くらいは備えているだろう。


 手持ちの武器で、まともにやって勝てる相手ではない。しかし弱体化させるくらいは出来るかもしれない。その間に逃げるのが、最善手だろう。


「……やるしかないぞ、ジェシカ」

「ううっ、無理ですよぉ大尉、機械義体兵の強さは歩兵が一番良く知ってるんですぅ……あのージョンさん? 降伏ってさせて頂けないですか?」

「……ふむ。お前、よく見ればそそる体つきをしているな。俺は股間だけはでな、よろしい、お前だけは生かしてファックしてやろう」

「嫌ーッ! エロ同人みたいなのは嫌ーッ! 大尉、戦いましょう!!」

「お、おう。いくぞ!」


 機械義体兵との戦いが、始まった。

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