第2話「帰投、再出撃」

航宙母艦「ルイズタン」に帰投した俺は、駆け寄ってきたクルーたちに激励されていた。


「凄いじゃないですか和唐瀬わからせ少尉、初陣で9機撃墜だなんて聞いたことないですよ!」

「エースの誕生だ!」


 俺、和唐瀬は曖昧な笑顔でその激励に応える。本当ならもう少しはしゃいでも、あるいは自慢げにしても許されるのだろう。ウォリアーパイロットは撃墜数5でエースと見做されるのだ(大抵はその前に戦死するが)、初陣で9機撃墜というのは偉業と断言しても良い。


 だというのに俺が素直に喜べないのは、やはりその戦果がメスガキロールプレイによって得られたものだからだ。冷静に考えて欲しい、20代後半の男が裏声で、女児の真似をしながら戦っている姿は狂気以外の何者でもない。


 敵が妨害電波を出していたお陰で、俺の発した無線は恐らく味方には届いていなかったのだろう。それがせめてもの救いだ。……そんな事を考えつつ黙っていると、クルーたちが「あの大戦果を誇りもしないなんて、謙虚な人だ」「本当の戦士とはこういう人のことを言うんだ」などと誤解しはじめたが、好都合なので訂正しないでおこう。


 そこに、整備班長がやってきた。


「よぉ英雄殿!」

「よしてくださいよ……」

「なんだぁ? もっと誇っても……いや、さては疲れてるンだな? 機体を見りゃわかる、相当な大乱戦だったンだな」

「ええ、それはもう」


 大乱交でしたよ、と言いかけたが必死に抑えた。


「お疲れのところ悪いが、提督がお呼びだぜ。今回の戦闘の件についてだろうな、ブリッジに向かえ」

「了解です」


 俺は背中をバンバンと叩かれ、ブリッジへと送り出された。再出撃や待機を命じられないあたり、戦闘は終結したのだろう。デッキには次々と味方機が帰投しているが、どれもボロボロで――しかも数が少ない。一体どれだけ落とされたのだろうか。俺とてメスガキの力がなければ未帰還機の列に名を連ねていたわけで、そう思うと感謝の念が湧き上がってきた。恥ずかしすぎて人には絶対に言えないが。


 ブリッジに上がると、チェック柄の宇宙服に身を包んだ小太りの男が、ニチャア……と笑って出迎えてくれた。


「デュフフ、和唐瀬少尉! 貴官の活躍、拙者心の底から感激したでござるよ! デュクシ」

「恐縮です、フォカヌポウ提督」


 ……そう、信じがたいことだが、このオタク要素をごった煮にしたような男こそが艦隊を率いる提督、ジロー・フォカヌポウ少将なのだ。本当に、心の底から、マジでプライベートでは気持ち悪い男だが、軍人としてはかなり優秀な方なので、その点だけは尊敬している。故に俺は、彼がオタク全開で話しかけてきてもあくまで軍人として接する。そもそも俺はオタクじゃないしな。


「恐縮だなんてそんな! もっと誇っても良いんでござるよぉ~? ……直掩機も全部出払っていたでござるからな、あのまま抜かれていたら本艦も危なかったでござるよ。……拙者は昨晩3回抜いたでござるが! デュフフフフ!」


 本当に気持ち悪いな、ブン殴ってやろうか?? 俺は拳を震わせながら、その衝動に必死に耐えた。落ち着け俺、軍人としての節度を守れ!


「……実際、貴官が合計11機も足止めしてくれていなければ、本艦は沈んでいただろうな。これは私の軍歴から断言出来る。貴官はエースになったと同時に……間違いなく、本艦を、艦隊を救ったのだ。深く礼を言う」


 そう言って彼は頭を下げたので、俺は面食らってしまう。……こういうところだよ、この提督は。締めるべきところは締めるメリハリがある、尊敬出来る軍人なのだ。オタクだけど。


「さて、本艦隊では提督直々にエースに何か報奨を与えることになっているのでござるがぁ~、何が良いでござる? 絶版エロ同人誌とか、伝説のアニメ『プリティア』のトランスペアレントオキサイドレッドたんのフィギュアあたりがオススメでござるが」

「結構です。というか俺、非オタなので」

「えー残念。ともあれ何も与えないというのは、それはそれで全体の士気に関わるんでござるよ。何か欲しいもの無いでござるか?」


 実際俺は復讐がしたいだけで、特に欲しいものは無いのだが……フォカヌポウ提督の言う通り、「命を賭けてエースになっても、何も得るものはない」とあればパイロットの士気が下がる。同僚の士気を下げるつもりは無いので、何かもらっておかねばならないか。


 ……そうだ、1つ思いついた。


「提督。報奨というのは何でも良いのですか?」

「拙者が用意出来る範囲であれば、何でも。あっ、でも拙者の童貞と処女だけは勘弁でござる」

「いらねぇ! ……失礼。では、提督。『俺の戦闘データから音声を削除する』というのは如何でしょう? もっと言えば、今後も俺の戦闘データでは音声を記録しないでも良いという許可が頂きたい」

「……ふむ?」


 ウォリアーというのは、機体カメラやセンサーの情報は元より、コクピットの音声なども全て記録した『戦闘データ』を集積している。戦果確認や機体開発、そして後進パイロットの育成のために使われるのだ。


 そう、後進パイロットのために使われてしまうのだ。初陣で撃墜9機ともなれば、俺の戦闘データは絶対に艦内、それどころか軍全体で使われてしまう。俺のメスガキロールプレイが軍全体に聞かれてしまうのだ! そうなったら俺はもう、恥ずかしすぎて首を吊るだろう。


「何か事情がありそうだな?」


 フォカヌポウ提督はそう言って、遮音スクリーンを展開した。これでブリッジの他のクルーに会話が聞かれることはない。


 ……まあ、『戦闘データから音声を消して欲しい』なんて言えばこうなるよな。これはもう、フォカヌポウ提督には俺のメスガキロールプレイのことは話さねばならないだろう。彼は確かに気持ち悪いオタクだが、軍人としては「本物」だ。秘密はバラさないでくれると信じよう。


 俺は意を決し、神経シートの異常で身体能力が向上したこと、その力を引き出すためにはメスガキロールプレイをする必要があることを話した。フォカヌポウ提督は笑うこともなく、ただ黙って聞いてくれた。


「……なるほどな、事情はわかった。よく打ち明けてくれた。確かにそれは貴官の軍人としての、いや一般成人男性の尊厳に関わる問題だ」

「はい……どうか、受け入れて頂きたく」

「とはいえ、戦闘データの改竄や削除は重大な軍規違反だ」

「ッ……」


 まあそうだよな。戦闘データの改竄を許してしまったら、例えば僚機を意図的に撃墜しても、データを削除すれば誰にもバレない……そういった悪用が可能なのだから。


「――でもそれは正規軍での話で、実は我々義勇軍の軍規には『戦闘データの改竄・削除』に関する規定が無いんでござるよねぇ~」

「えっ」

「いや明らかに制度設計ミスなんでござるけどね? 義勇軍の軍規は各組織に任されている上、実際うちにはそういう軍規が無いんでござるよ。急ごしらえの軍隊ゆえのアラでござるなぁ」

「マジですか……」


 ――そう、俺が所属しているのは正規軍――連邦軍正規軍ではないのだ。正規軍に志願したところ、「神経シート使用者は軍役不適格」として弾かれてしまったのだ。途方に暮れた俺は、比較的兵役基準が緩いとされる、連邦側の義勇軍――ここ「表現の自由戦士隊」に入隊した。


 これはオタクたちがクラウドファウンディングで立ち上げた義勇軍なのだが、全宇宙のオタクたちから資金が集まった結果、義勇軍の中では群を抜いて装備の質が良い。まあオタク・陰キャ・社会不適合者ばかりが集まるので、隊員の数は少なめではあるのだが……。


「そういうわけで少尉、貴官の戦闘データから音声を削除することを許可するでござるよ。そして今後も音声は記録しないでござる」

「ご高配、感謝致します!」


 非オタの俺が生活するには中々に辛い環境であるのだが、今この瞬間だけ「表現の自由戦士隊」の軍規の緩さに感謝した。


「んも~カタいでござるよ少尉ぃ~。ヒ・ミ・ツを共有した拙者と貴官の仲じゃござらんかぁ、もっと砕けても良いんでござるよぉ?」

「ぶち殺すぞ」

「デュフフ、冗談でござる」


 フォカヌポウ提督はニチャアと笑った。本当に気持ち悪い、やっぱりこの環境クソだわ。



 ブリッジを出た後、俺は格納庫に戻った。自機の整備を手伝うためだ。


 格納庫では、カタパルトデッキから降りてきたウォリアーが次々と係留され、整備班の手によって適切な処置を施されてゆく。今はまだ再度の敵襲に備え、弾薬や推進剤の補給や、故障箇所の最低限の修復を行っている段階だ。俺は、自機の整備を行っている整備兵に声をかける。


「調子はどんなもんだ?」

「許容範囲内ですが、関節にかなり負荷がかかっていますね。まあ8対1を切り抜けるような機動を行ったんですから当然といえば当然ですが。でもこれ、また同じような機動を行うつもりなら、オーバーホールして少尉専用にチューンし直さないといずれ壊れますよ」

「ああ、その時は頼むよ。……それで、武装のほうなんだが」


 俺は武器ラックの方を見やる。ウォリアー用の各種兵装がずらりと並んでいる。


 120mm砲、通称「キャノン」。ウォリアーや戦車の正面装甲を貫通出来る砲で、小型のバズーカのような見た目をしている。


 40mm機関砲、通称「マシンガン」。その名の通り歩兵が持つ重機関銃のような見た目で、装甲の薄い敵に有効だ。


 そして俺は、アサルトライフルのような見た目をした武器、通称「ビーム砲」を指差す。ビームではなく特殊粒子を撃ち出す兵器なのだが、粒子が発光するさまがビームっぽいのでビーム砲と呼ばれるシロモノだ。


「今後俺の機体はキャノンの代わりにビーム砲をデフォルトで積んでくれ」

「ビーム砲を? 使いづらいので不人気なのはご存知かと思いますが、宜しいので?」

「ああ、ちとキャノンだと反動がキツくてな。あっちのほうが都合が良い」


 キャノン砲やマシンガンのような実弾兵器は宇宙空間で使う場合、反動を制御するために余分にスラスターを吹かす必要がある。つまり撃つたびに推進剤を消費してしまうのだ。メスガキ化して高機動が可能になる俺にとって、推進剤の残量は死活問題なのだ。


 その点、ビーム砲は良い。軽量な特殊粒子を高圧・高温にして撃ち出すこの兵器は反動が殆どない。欠点としては、粒子の拡散によって威力が損なわれるため近距離でしか使えないことと、圧縮・加温に時間がかかるため連射が効かないことだが、そこはマシンガンと振動剣ヴィブロブレードで補えば良い。


「かなり近接戦に特化することになりそうですね……。中距離を補うためにパンツァーファウストでも積んでおきますか?」

「ああ、良いな。そうしてくれ」


 パンツァーファウストは竿の先に弾頭がポンと乗ったような、使い捨て式のロケット弾発射機だ。対艦用兵器ではあるが、ウォリアー相手でも牽制にはなるだろう。


 ちなみにウォリアーは2本のメインアームの他に、背中から2本のサブアームが生えている。これらは予備の武器を保持したり、メインアームで持っている武器のリロードを行うためのものだ。大抵はメインアームにそれぞれ1つずつ武器を持ち、サブアームに予備の武器を1つ持たせ、残りのサブアームはリロード用に空にしておく。振動剣は腰に釣った鞘に保持するので、ウォリアーは合計4個の武器を持てる。


「よし、こんなもんかな。頼んだ」

「はい!」


 早速兵装転換に取り掛かる整備兵と入れ替わりに、整備班長がやってきた。


「ああ、和唐瀬少尉。激戦直後で申し訳ないんだが、機体が無事ならちょっと頼みたいことがあるんだが」

「哨戒ですか?」

「いや、戦場掃除だ。救護艇や工作挺も出ているが、何分手が足りていなくてね。頼まれてくれないか?」


 戦場掃除。戦闘の後、戦場に漂う残骸を回収する作業だ。再利用可能なものを回収して戦力増強に役立てるという意味もあるし、何より敵味方の死体を回収し適切に葬儀し、士気を保つという意味が大きい。誰しも「死んだら永遠に宇宙を漂い続ける」と思っては本気で戦えないものだ。


「そういうことなら、喜んで」

「助かる、では兵装転換が済み次第出てくれ。……ああ勿論、再度の敵襲や敵も戦場掃除に来ている可能性もあるからな、油断はしてくれるなよ」

「はっ」


 俺は自機に乗り込み、兵装転換完了を待った。

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