第3話「メスガキと腐ったパイロット」

「和唐瀬、出る!」


 航宙母艦「ルイズタン」の電磁カタパルトが俺のウォリアーを宇宙へと射出した。入れ替わるようにして工作挺がカタパルトに着艦するのが見えた。工作挺の作業アームには味方ウォリアーの残骸が掴まれていたが、コクピット部分はひしゃげ、赤黒い液体が漏れ出していた。


「……メスガキ化していなけりゃ、俺も今頃ああなっていたのか」


 メスガキロールプレイをするのは嫌だが、しなければ生き残れなかっただなんて、なんという呪いなのだろう。出来ればもう2度としたくはないが、生死がかかった局面に直面すれば、せざるを得ないだろう。その事を思うと、今から気が重くなってくる。


「まあ、今回は大丈夫だと思うがね……」


 味方の被害も大きかったが、俺が敵に与えた被害も大きい。すぐに再出撃してくるとは思えなかった。


 それに、宇宙空間というのは非常に「見晴らしが良い」。相手が出撃してきてもすぐに目視出来てしまう。


「そういえば奴ら、どこからやってきたんだろうな」


 先程の戦闘は俺たちが奇襲を受けた。正面から出撃してくる敵と、側面に現れた敵に挟まれたのだ。


 妨害電波を発すればレーダーはある程度は欺けるし、光学迷彩装置を使用すれば目視での発見はかなり遅れるが、ウォリアーの動力炉ではあまり長時間光学迷彩を展開することは出来ない。どうにかして出撃地点を隠蔽し、接近中に光学迷彩を展開したのだろうか? てっきり、側面に現れた奴らはそうして近づいてきたものだと思っていたが……。


 そんなことを考えているうちに、通信システムにポップアップが現れた。『救難信号受信』とある。信号の強度は非常に低く、途切れがちだ。これではルイズタンからでは受信出来ないだろう。戦場掃除に出た甲斐があったというものだ。


「どこからだ?」


 見れば、前方遥か遠くに連邦軍と帝国軍、双方のウォリアーの残骸が漂っていた。あの辺りだろうか。大きく円弧を描くようにして飛翔し、発信位置の特定を試みる――やはりあの残骸のあたりから発せられている。


「よし、今行くぞ!」


 俺はフットペダルを踏み込み、ウォリアーを加速させた。残骸に近づいていくにつれ、救難信号の強度が高まってくる――やがて、残骸の中を漂うコクピットブロックを見つけた。


 ウォリアーのコクピットブロックはそのまま救命ポッドになっており、機体が破壊されてもコクピットを射出してしまえば生き残れる可能性がある。……射出が間に合わず、機体の爆発に巻き込まれてしまうことの方がずっと多いが。


 ともあれ、あのコクピットの中のパイロットは機体が破壊されて尚運良く生き残れたわけだ。幸い、識別コードは連邦軍のもの。回収して、生還を祝ってやるとしよう。


 俺はウォリアーの手を伸ばし、救難コクピットブロックを拾おうとした――瞬間、視界の端で何かが光るのが見えた。


((――避けて))


 頭の中にそう声が響いた。突然の幻聴に困惑したが、何故かその声に従わねばならない気がした。フットペダルを踏み込み、機体を急加速させる。すると間髪入れず、一瞬前まで俺のウォリアーがいた地点を砲弾が通り抜けていった。


「ッ……敵襲!?」


 素早く砲弾の発射地点、先程光が確認出来たあたりを見る――その場所に、幽霊がゆっくりと実体化するかのようにして帝国軍ウォリアーが現れた。


「光学迷彩! 隠れていたのか!」


 パンツァーファウストを発射して牽制しつつ、先程回収しようとした救難コクピットブロックを確認する。幸い、砲弾は当たっていない。だが戦闘に巻き込まれてはいつ流れ弾が当たるかわかったものではない。俺は機体を飛翔させ、救難コクピットブロックから離れた。


 パンツァーファウストを避けた敵機は、キャノンとマシンガンを交互に射撃しながら接近してきた。こちらもマシンガンで応射するが、当たらない。それどころか敵弾を避けるので精一杯だ。


「く、くそッ……」


 俺はパイロット訓練での成績は良い方だった。だが前回、初陣では無様に敵から逃げ回るのが精一杯だった。心のどこかで、あれは奇襲を受けて、しかも数的劣勢だったから仕方ないと思っていた。


 だが今この瞬間、自覚した。俺はパイロットとしては弱い。まだまだ未熟で、敵弾を避けるのが精一杯のひよっこなのだ。


「畜生……」


 これが現実だ。家族を殺された復讐心、それだけで敵が倒せるほど世界は甘くない。そして射撃精度の差から見て、今俺が生き残るには再びメスガキ化しなければ逆転勝利は不可能だ。それもまた、現実だった。


 恥ずかしい。やりたくない。復讐というのはもっと厳粛に、クールにやりたい――そう思う自分もいるが、徐々に自機へと集束してくる敵弾を前に、恐怖心が勝ってしまった。


「畜生―ッ!」


 オープン回線のボタンを叩く!


「――あはっ、おじさん射撃へたっぴぃ~♡」


 瞬時に全身に力が満ち、全ての敵弾がスローモーションに見えた。今までの大雑把で無様な機動を、一瞬で最小限で無駄のない機動へと切り替える。自機に当たる弾だけを、上下左右に小さくスライドする機動で回避する。


『なんだ? 急に機動がっ』

「ほらほら、もっと撃ってみたら? もしかしたら妊娠ひだんさせられるかもよぉ~?」


 煽りつつ、こちらもマシンガンを放つ。敵の回避機動、その予備動作も全てスローモーションで見える。故に俺のマシンガンは正確に敵弾を捉える。流石にマシンガンでは胴体正面装甲は抜けないが、装甲の薄い腕や脚がひしゃげてゆく。


『ぐわあああああああッ!?』

「あはっ、なっさけなぁ~い♡」


 敵機は手脚のスラスターを失い、背部に背負ったメインスラスターだけで逃走を始める。しかしあの状態ではもう、細かい回避運動は不可能だ。俺は追いながらビーム砲を構える。


「ねぇねぇおじさん、貴方たちどこに隠れていたの~? 光学迷彩、そんなに長く保たないはずだよねぇ~?」

『い、言うものか! 気持ち悪いメスガキめ!』

「気持ち悪いだなんてひっどぉ……ぐうっ!?」


 気持ち悪いと言われて心にグサッと来た。そりゃ俺だってわかってるさ、20代の男が裏声でメスガキロールプレイしていたら気持ち悪いさ! ――だがそう思った瞬間、全身に満ちていた力が抜けてしまった。動体視力も運動能力も、いつもの俺に戻ってしまった。


「くそっ、メスガキ性に疑問を持っちゃいけないのか……!? ええい、だがこの状態なら俺でも落とせる! そこの帝国軍ウォリアー! 言え、どこに隠れていた! 言わねば落とす!」


 ビーム砲を一発放つ。光り輝く粒子塊は敵機のひしゃげた右腕に当たり、融解せしめた。そして急に腕の質量を失った敵機はバランスを崩し、錐揉み回転を始めた。こうなってしまえばまな板の上の鯉だ。追いすがり、残された左腕を掴んで強制停止させる。


『うわああああああ!?』

「言え。どこから来た! 言わねば撃つぞ!」

『い、言う! ステルス艦だ! 座標を送る!』


 程なくして、ステルス艦とやらの座標が送られてきた。俺たちの艦隊と、敵艦隊の丁度中間あたり、やや恒星寄りの位置――俺たちが先程奇襲された時、敵機が現れた地点とほぼ相違ない。


「なるほどな、信じるに値する」

「ああ、嘘は言ってない! これで許してくれ、見逃してくれ!」

「ダメだ。お前は捕虜に――」


 捕虜にしたら当然、尋問を受ける。俺がメスガキロールプレイをしていたことがバレる。そう思った瞬間、俺はビーム砲の引き金を引いていた。


『ぐわああああああああ!?』

「いかん、思わず……」


 胴体を貫かれた敵機を蹴り飛ばすと、程なくして推進剤に着火したのか大爆発を起こした。……さ、流石に悪いことをしただろうか? いや、俺は敵に復讐を誓っているんだし、そもそも相手は「投降する」と言っていないのでまだ捕虜になっていないのだ、殺しても軍法には引っかからんだろう。


「……とりあえず、敵の出撃拠点はわかった。この情報を持って帰ろう。それと――」


 視線を巡らせれば、先程拾いそこねた救難コクピットブロックはまだ無事に元の地点を漂っていた。流れ弾が当たっていなくてホッとする。


 機体を翻し救難コクピットブロックに接近、ウォリアーの右手で掴む。接触通信を確立。


「おい、生きているか?」

「い、生きてます……! で、でも酸素残量が少なくて……」


 通信機からは女の、おどおどした声が聞こえてきた。ルイズタンには3人の女性パイロットがいたはずだが、俺はその誰とも親しくはなかった。誰の声かはかりかねたが、とりあえず自機のコクピットハッチを開けてやる。


「今こちらのハッチを開けた。窮屈で悪いが、こちらに移乗してくれ。こちらは補給を受けたばかりだ、酸素はたんまりある」

「あ、ありがとうございます。今行きます……」


 救難コクピットブロックのハッチが空き、パイロットスーツに身を包んだ女性が出てきた。そのバストは豊満であった。彼女はパーソナルジェットで俺のコクピットまで飛んできて、俺のシートの裏に収まった。


「ハッチ閉めるぞ。……よし、このまま帰投する」

「お、お願いします……」


 彼女が酸素チューブをパイロットスーツに接続したのを確認し、俺はルイズタンへの帰投を始めた。10分少々かかる見込みなので、雑談に興じることにする。


「さて、記憶違いだったら申し訳ないが、初めましてになるかな? 俺は和唐瀬少尉。D小隊所属だ……と言っても、もう俺1人になっちまったが」

「は、初めまして、で合ってます……みんな私たち女性パイロットを避けるので……」

「ああ、そうかもしれんな……」


 皆オタクか陰キャだもんな。女性耐性なんて無いのだろう。


「まあ、気持ちはわ、わかりますよ。私たち腐ってるから。ふひっ……」

「な、なに?」

「腐ってる。腐女子、ってことです……」

「すまん、俺はオタクじゃあないんだ。意味を教えてくれるか?」

「え、えっと……その……だ、男性同士が恋愛しているのを眺めるのが趣味っていうか……」

「そ、そうなのか……っていうか待て、私『たち』って言ったか? 他の女性パイロットも?」

「は、はい。私が所属してるC小隊、第二班の3人は全員女性パイロットで……全員腐ってました……」

「な、なんとも言えんが性癖は自由だからな……で、班の残りは?」

「……2人とも私の目の前で、落ちました」

「そう、か。……すまん」


 いかん、俺の所属していた小隊が壊滅したように、他の小隊だって大損害を受けたのだ。これは空気を重くする質問だったなと思ったが、彼女はふるふると首を振った。


「ううん、大丈夫です。……2人とはカプちで揉めてたから」

「なんて?」

「カプち。カップリング違い。……艦長×整備班長か、艦長×操舵手かで揉めてました」

「一言だけ言わせてくれ、落ちて正解だよ」

「しょ、正直そう思います……」


 クルーでカップリング遊びしてるんじゃないよ。本当にロクな奴がいないなルイズタンのクルーは。


「……で、結局お前の名前は?」

「あっ、ごめんなさい。わ、私はジェシカ。准尉、です」

「准尉? 珍しいな、パイロットは基本的に少尉からだろ?」

「わ、私もともと歩兵課程の兵卒で……途中でパイロット適正がわかって、転向したから……」


 それで将校教育が未了で、准尉にされたのか? そういうケースもあるんだなあ。

 コクピット内カメラを巡らせ、背部に座るジェシカを映し出す。ヘルメットの奥に、整った顔立ちだが陰気そうな、黒髪の女の顔が見えた。


「……ん、そろそろ着くぞ」


 ルイズタンのカタパルトが見えてきたので、着艦姿勢をとる。


「あ、あの、和唐瀬少尉。ひとつだけ、質問よろしいですか?」

「なんだ?」

「そ、そのう……な、なんでメスガキの真似してたんです?」

「んんっ」


 着艦姿勢が思いっきりブレた。危うくカタパルトに頭から落ちるところだったが、すんでのところで姿勢を取り戻し、無事に着艦した。


「ジェ、ジェシカ准尉。この後お時間よろしいかな?」

「えっ。いや、私リアルの男性とお付き合いは……」

「そういう話ではない! メスガキのことだよ! ……とにかく、メスガキ云々のことは誰にも言わずに、戦闘報告なり何なりが済み次第俺の部屋に直行してくれ。なんならこれは少尉から准尉への命令だ、いいな!?」

「アッハイ……」


 自機が格納庫に収容されるや否や、俺はコクピットを脱して艦橋へと走った。ステルス艦の存在を知らせるために。そしてジェシカをどうにかするために。

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