第4話「看破」

 俺は艦橋に上がり、フォカヌポウ提督にステルス艦のことを伝えた。


「なるほど、ステルス艦を母艦に。それなら確かに『急に敵機が現れた』ことにも説明がつくが……」


 提督は真面目な口調で眉根を寄せた。


 ウォリアーの動力炉では出力の問題で長時間――具体的には20分以上光学迷彩を展開することは出来ないし、宇宙艦でも1時間がせいぜいだ。しかし光学迷彩専用の動力炉を持つような特殊設計の大型艦であれば、光学迷彩をより長時間展開する事も可能だ。


 だがスラスターを吹かしでもすればその光や熱が感知されてしまうため、ステルス艦というものは慣性航行で敵艦隊まで接近せねばならない――広い広い宇宙をだ。宇宙艦のような移動目標を狙って接近させることは困難なのだ。こちらの動きを予測し、待ち伏せでもしない限りは。艦長が不可解に感じているのは、そこだろう。


「こちらの艦隊の動きが誘導されていた、という可能性はありませんか?」


 俺は提督の手元にあるホロ宙図を見ながらそう言う。ここは連邦領シャイロー星系。恒星シャイローを中心に据え、3つの惑星を抱える星系だ。俺たちはシャイロー第三惑星(惑星は恒星に近いものから順に第一、第二と数えてゆく)のさらに外側、重力の特異点である「ワープベルト」からこの星系に侵入した。そしてシャイロー第一惑星の近傍に敵艦隊を発見し、これに向かって進行し――第二惑星の近傍にいる。


「確かに惑星の公転などを考慮すれば、自ずと接近経路は限られてくる。だが問題はそこではない、『何故あの戦力で仕掛け、退いたのか』だ」


 フォカヌポウ提督はホロ宙図を、敵味方の艦隊陣容を表したものに変えた。


 俺たち連邦軍は航宙母艦「ルイズタン」を旗艦に、重巡航艦2隻、軽巡航艦6隻、合計9隻の艦隊だ。


 対する敵、帝国軍は航宙母艦1隻、重巡航艦1隻、駆逐艦4隻、合計6隻。ここにステルス艦を加えても7隻ということになる。


 この戦力差があるため、こちらから接近し、艦隊決戦を挑む腹積もりであったのだが……確かに何故敵はウォリアー隊だけで攻撃を仕掛け、しかも伏兵であるステルス艦の艦載ウォリアーまで出撃させ――そこで攻撃の手をやめてしまったのだろうか。


 ステルス艦は少し進出すれば砲撃の有効射程圏内に「ルイズタン」を収めることが出来るはずだ。そして実際に砲撃すれば、奇襲を受けるかたちになる「ルイズタン」は回避が間に合わず、沈んでいた可能性もある。もちろん、こちらの重巡の反撃でステルス艦も沈むであろうが。


 フォカヌポウ提督がハッとした表情になる。


「足止めか」

「足止め?」


 確かにこちらの艦隊は、戦場掃除のために減速している。戦場掃除さえ終わってしまえば、再び加速して――途中ステルス艦を砲撃しつつになるであろうが――第一惑星近傍の帝国軍艦隊に向かうだろう。


「伏兵だよ、これは」

「他にもステルス艦がいる可能性が?」

「それもあるが、違う。艦隊の光学センサーやレーダーとて、恒星や惑星の裏側までは見通せない。恐らくは恒星の裏側に、移動中の別働艦隊がいるのだ。それらが攻撃開始位置に到着するまでの時間を稼ぐために、ウォリアー隊だけで攻撃を仕掛けてきた。ゴリ押しでルイズタンを沈めなかったのはステルス艦の保身の可能性もあるが、本命は我々の撤退を阻止するため――私はそう読む」


 撤退阻止。確かに「ルイズタン」が沈んでしまえば、連邦軍艦隊は航宙優勢を取れなくなるため、撤退することになるだろう。


 そう考えると辻褄が合ってきた。帝国軍は第一惑星付近の艦隊、恒星の裏の別働艦隊、ステルス艦からの3方向同時攻撃を狙っていた。しかし別働艦隊の展開が遅れたのか、あるいは連邦軍艦隊の到着が早すぎたのか、敵は我が艦隊を足止めする必要が出てきた。


 それがウォリアー隊だけでの攻撃。迎撃に出てきた俺たちを適度に撃破し、戦場掃除――味方の救出や遺体回収――で足を止めさせるため、ステルス艦の艦載機まで使った高強度の攻撃。


 しかしさらに強攻して宇宙艦を沈めなかったのは、俺たちに撤退の決断をさせないため。


「では敵が最終的に狙っているのは、別働隊と共同して我が艦隊を完膚なきまでに叩きのめすこと?」

「恐らくはな。フン、周到な罠だが……欲を張ったな。このルイズタンだけでも沈めていれば十分な戦果だったものを、艦隊まるごと撃破しようとしたが故にバレた。いや、貴官が情報を持ち帰ったがゆえにバレたのだ」

「しかしあのウォリアー、残骸の中に隠れていたアイツは一体何のためにあの場所に潜んでいたのでしょう」

「恐らくは戦場掃除を妨害し、長引かせるためだろうな。つまり敵はまだ攻撃態勢が整っていないと見える」


 そう言うや、提督は艦隊に指示を出し始めた。


「艦隊、戦場掃除やめ! 工作挺や救命挺を収容せよ。我が艦隊は敵の術中にあると目されるため、一時撤退する! ただしタダで退くつもりはない、今から送る座標に集中的にレーダー波を照射しろ!」


 艦隊各艦から、例のステルス艦の座標へとレーダー波が照射される。いかなステルス艦といえど、集中的かつ多方向からレーダー波を照射されれば存在を隠しきれない――レーダー員が叫んだ。


「おぼろげですが大型艦の艦影を確認!」

「よし、ベクトルは!?」

「静止状態です! 主推進機の熱源すら感知できません!」

「ははっ、完全に待ち伏せに徹していたというわけか! だが逃げなかったのが運の尽きだ! 艦隊、検知したステルス艦に照準合わせろ!」


 艦隊各艦の砲が、未だ目視出来ぬステルス艦の方を向いた――それと同時に、レーダー波の集中照射で位置が露見したことを察知したのか、ステルス艦が光学迷彩を解いてジェットエンジンを吹かした。


 宇宙艦の最大速度は時速400万kmほどにも達する。そうなれば既存の火器では照準を合わせることも難しいが――今からその速度に達するには、あまりにも時間が足りなかった。主推進機に火すら入れていなかったが故に。


「艦隊斉発、撃てッ!」


 フォカヌポウ提督の号令とともに、艦隊の砲が一斉に火を吹いた。重巡の200mm砲、軽巡とルイズタンの140mm砲、そして各艦の対艦ミサイルがステルス艦に襲いかかり――艦体を粉々に砕き、救命ポッドの射出すら間に合わぬうちに大爆発を起こした。


「「「イヤッホォオオオオオウ!!」」」


 艦橋のクルーが歓声を上げた。勿論俺もだ。フォカヌポウ提督はニヤリと笑うと、艦隊に撤退経路の指示を出した。艦隊は大きく弧を描き、もと来たワープベルトへと引き返し始めた。


 ――艦隊が最高速度に達した頃、恒星シャイローの陰から、提督が予言した帝国軍艦隊の別働隊が姿を表した。陣容は重巡2、軽巡4。全ての敵艦を合わせれば、撃破したステルス艦も含め13隻になる。敵の策が決まっていれば、こちらは9隻で13隻を相手せねばならなかった。しかも3方向を囲まれた状態で、だ。


 しかしこちらは既に最大速度に達しており、向こうは恒星シャイローの近くから追ってくる――つまり恒星の重力を振り払いならがの加速になる。追いつかれることはないだろう。


 フォカヌポウ提督が俺の肩に手を置いた。


「また艦隊を救ってくれたな、和唐瀬少尉」

「幸運が重なった結果です、提督」

「またまた謙遜しちゃってぇ~、素直に喜んで良いんでござるよぉ~?」

「急にオタク口調に戻るのやめて頂けませんかね?? ……ああそうだ、また1つお願いがあるのですが」

「何でも聞いちゃうでござるよ、な・ん・で・も」


 フォカヌポウ提督が「拙者の貞操? 拙者の貞操?」と聞いてくるのを無視して遮音フィールドの展開を促し、俺はジェシカにメスガキロールプレイがバレたことを話した。


「まーじでござるか……」

「ひとまず口外しないよう言い含めてはありますが、正直不安なので……提督の方からも言ってやってくれませんかね、決して口外しないように」

「んー、まあそれは可能ではござるが……それよりも少しだけ良い案があるでござる」

「というと?」

「ジェシカ准尉と貴官を同じ班にして、独立部隊として運用する」

「……意図をご教示願います」

「いやさ、これから貴官が戦って行くうえで、少なくとも同班のメンツにメスガキロールプレイがバレないのって無理じゃござらんか?」

「た、確かに」

「ならいっそのこと、既に秘密を知っているジェシカ准尉を貴官と組ませておけば良い。ウォリアーは3機1班が基本でござるが、まあそこは例外として。そして貴官のようなエース……単騎で多数を相手取れる者は、大規模な編隊に組み込むより少数の独立した切り込み隊として運用したほうが都合が良い。そう思うんでござるが」

「そうですね……はい、本当にそうですね。小隊や中隊に組み込まれたら、そいつらにもメスガキロールプレイ聞かれることになりますし。独立運用して頂けた方が都合が良いです……というよりそれなら、ジェシカも外して俺単騎にして頂けませんか? 女性にメスガキロールプレイを聞かれるのは恥以外の何者でもないので」


 そう言うと、提督はにわかに厳しい顔になった。


「自惚れるなよ、少尉。いくら身体能力が強化されたといっても、貴官は所詮一人の人間でしかない。背中に目があるわけでもないし、集中力とて無限ではない。誰かに背中を預けねば、つまらぬミスで命を落とすことになるぞ」

「ッ……そう、ですね。浅慮でした」

「わかれば良いんでござるよぉ~、んじゃそういうことで!」

「いや、だから本当に急にオタク口調になるのやめて頂けません?? 脳みそがめちゃくちゃ混乱するので」

「デュフフ……」


 心底気持ち悪い笑みを浮かべる提督に一礼し、俺は艦橋を立ち去った。


 さあ、次は俺の部屋に行こう。呼び立てておいたジェシカもそろそろ来ている頃合いだろうか。……心底恥ずかしいが、俺のメスガキロールプレイの理由を話し、口止めしなければならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る