スペースメスガキ(♂)
しげ・フォン・ニーダーサイタマ
1章 宇宙のメスガキ
Section-1: 星の瞬きにメスガキを見た
第1話「起動、メスガキ」
全高8mを誇る人型戦闘兵器「ウォリアー」を駆り、宇宙にあっては帝国軍のウォリアーを倒し、宇宙艦を沈め、地上にあっては戦車を破壊し、歩兵を蹂躙する。
それが俺の夢であり、復讐であった。そうすることで俺の心は、帝国軍に家族を殺された俺の心は救われる。そう信じて兵士になった。厳しい選抜試験も通過し、ウォリアーのパイロットになった。これで復讐が成し遂げられる、そう思った。
だが現実は違った。初陣で、つまり今まさにこの瞬間、俺はウォリアーを駆って必死に逃げていた。敵の奇襲で僚機は落とされ、小隊は散り散りになり、中隊長とも連絡が取れない中、俺は3機の帝国軍ウォリアーに追われていた。
「クソッ! クソッ!」
敵機が放った120mm砲が自機を掠め、その射線から逃れるように飛ぼうとしたが――その先に機関砲の連射が襲いかかり、逃げ道を塞がれてしまう。ならばと別の方向へと機体を傾けるが、そちらも
さらに別の方向に逃げようとするが、迫り来る死の恐怖からフットペダルを踏み間違え、無様に回転してしまう。
「あああああああああ!」
叫び、もがく。俺が乗るウォリアーもまた、宇宙で無様にもがいていた。ウォリアーは脳波で制御するゆえ、搭乗者が混乱すれば機体は制御を失う。
『――おいおいコイツ、溺れてるぜ』
『新兵か? 可哀想になァ』
敵機たちは俺を包囲しながら、オープン回線でそう嘲ってきた。悔しさに涙が滲む。
こんなはずじゃなかった。こんな無様を晒すために戦場に出たのではなかった。死にたくない。何か、何か手はないのか。必死に打開策を捻り出そうとするが、混乱した頭は過去の記憶を次々と再生してゆくばかりだ。――ふと、「これが走馬灯か」と冷静になった。
◆
眼鏡をかけた医師が、ホログラムに映し出したカルテに目を通しながら、ゆっくりと話し始めた。
「落ち着いて聞いて頂きたいのですけどね」
――ああ、これは俺が手術を受け終わった後の記憶だ。俺の故郷は帝国軍の奇襲爆撃を受け、俺は重傷を負った。そして目の前で両親が焼け焦げた肉片に変わるのを見たのだ。
「手術は成功しました。切断した右腕は、気絶される前のご希望に沿って最新の軍用サイバネティクスを移植し、損傷した脳細胞は神経シートで補完しました」
右腕を見れば、肘から先が無骨な機械義手になっていた。動かしてみれば、それは爆撃で千切れ飛ぶ前の生身の腕よりも早く、力強く動いた。
完璧だ。これで戦える。復讐出来る――仄暗い歓喜に自然と笑みが溢れるが、反対に医師は眉根を寄せた。
「しかし1点、問題が発生しました」
「……それは?」
「神経シートと貴方の脳細胞の相性が悪かった――いえ、ある意味で良かったのでしょうね。異常な神経回路が生成され、貴方の感覚や運動機能は常人を遥かに超える性能を発揮出来るようになりました」
「良いことじゃないか。俺はこれから軍に志願するつもりなのだから」
「ここまでは、です。今言ったような強化された感覚や運動機能を発揮するには、条件があるのです」
そう言って医師は、ホロディスプレイに脳の立体画像を映し出した。それは2種類で色分けされており、水色の面積が多く、赤色の面積が少ない。
医師は「ここね、ここ」と赤色の部分を指差す。その部分は、植物の根のようになっていた。
「これが神経シートなんですけどもね、ほらここ、感覚野と運動野から異様に太いバイパスが伸びているでしょう」
「すまないが医学知識は無いんだ、簡潔に『条件』とやらを教えてくれないか?」
「……わかりました。あくまで脳マッピングから想定したものなので、100%の確信ではないのですがね? 条件とは、そのう……」
医師は口ごもり、それからため息をつき、深刻そうな表情を作ってから、こう言った。
「小生意気な態度で年長男性をからかう女児になりきること、です」
「なんて?」
「小生意気な態度で年長男性をからかう女児になりきること、です」
「意味がわからない」
「メスガキになりきること、です」
◆
――走馬灯はここで終わった。
……えっ、嘘だろ? 俺、こんなクソ診断の記憶を回想した後に死ぬの?
絶望感が湧き上がってくるが、思い直す。そうだ、運動能力の強化。それはウォリアーでの戦闘能力に直結するのだ。ウォリアーは脳波で制御する以上、搭乗者の運動能力がダイレクトに反映される。
俺が今この瞬間自分の運動能力を引き上げれば、この絶望的な状況を切り抜けられるかもしれない。
だがそのためには、医師が言った通り「メスガキになりきること」をしなければならない。あまりのバカバカしさと恥ずかしさに、今まで一度も試したことは無かったが……このまま何もせず死ぬよりはマシだ。やってみる価値はある。
自分にそう言い聞かせ、恐る恐る口を開く。俺のウォリアーを包囲し、挑発的に飛び回る敵機を睨みながら。
「お、おじさんたち、ひっどーい……」
……身体能力が向上した感覚はない。しかし、脳の奥で何かがチリチリと火花が散るような感覚が生じた。それは「もっと強く、もっと強く」と訴えかけるような火花だった。
「おじさんたちひっどーい♡ こーんなちっちゃい女の子をいじめて、恥ずかしくないの?」
裏声で、情感たっぷりに言う。バチバチ、と脳内の火花が強くなる。だが身体能力に変化は無い。方向性は合っているはずだ。だが、まだ何かが足りない。
メスガキの真似をしてみたが、一体何が足りないというのだろう。――その時、再び無線が響いた。
『へへっ、すっかり動きも止まっちまったなァー!?』
『もう諦めちまったのかァ? もうちょっとダンスしようぜーッ!?』
敵兵はそう煽ってくる。――煽りか? メスガキ、小生意気な態度で年長男性をからかう女児になりきるには、煽りが足りないのか?
それは正しい気がする。だが脳内で弾ける火花は「否、それだけでは足りない」と言っていた。――気づけば、機械義手の右腕がある方向を指さしていた。その先には、無線のコンソール。
瞬間、閃いた。俺が今までやっていたのは「コクピットの中で、誰にも聞かれぬ煽りを呟いていた」だけだ。――煽りは、相手に聞かせねば成立しない! オープン回線のボタンを叩く。
「おじさんたちひっど~~い♡」
バチン! 今までで一番強い火花が散り、何かが「繋がった」と確信した。
「こぉんなちっちゃい女の子をいじめてぇ、恥ずかしくないのぉ~?」
五感が研ぎすまされ。
「そぉんな悪ぅいおじさんたちにはぁ~」
全身に力が満ち。
「――お仕置き、しなきゃだよね♡」
弾けた。
信じられない速度で自機が動き、敵の1機に120mm砲を向けた。即発砲。動力炉に徹甲弾を叩き込まれた敵機は爆散した。
『なっ!? コイツ!?』
『畜生油断した! 殺せ!』
一瞬で僚機を落とされた敵機2機は、即座に発砲してきた。40mm機関砲の雨が俺に降り注ぐ。包囲下の弾幕、今までの俺なら避けることは出来なかっただろう。だが。
「あはっ、狙いが雑だよぉ~? 動揺してるのぉ?」
研ぎ澄まされた視覚は、ばら撒かれる全ての砲弾の機動を見切っていた。致命傷になりそうなものは回避し、そうでないものは装甲で受け流す。
『何だコイツ!? 急に動きが!? それにこの声は……メスガキ!?』
『待て、なんか裏声っぽ――ぐわああああああああ!?』
機関砲を避けながら1機に急速接近、ぐねぐねとうねるような機動で背後を取り、こちらも機関砲を叩き込む。ウォリアーの弱点、最も薄い背部装甲へと。またたく間に装甲がひしゃげ、爆散した。
『よくもジーニーとデネブを!』
最後の1機は
「あはっ、
そう煽りながら、こちらも抜剣。1合、2合と斬り結ぶ――敵の剣は遅い。砲弾に比べれば、あくびが出るほどに。
スイッチを切り替えたように、瞬間的に剣を斬り上げる。敵は対応出来ずに両手を斬り落とされた。
『バカな、見えなかっ……』
「ねぇおじさ~ん、
怯む敵機の股間に、
「気持ち良い? ねぇ気持ち良いの?」
『ああああああああああああーーーーッ!?』
刃がコクピットに到達した瞬間に通信が切れた。刃を引き抜き、敵機を蹴り飛ばす……数秒後、敵機は爆発四散した。
「ん~、爆発するほど気持ち良かったんだねぇ♡」
全能感が全身を満たしていた。3対1で包囲されてからの圧勝。これが、メスガキの力。
その時、無線に新たな声が響いた。
『おい、ジーニーの隊がたった1機にやられたぞ! 集まれ、囲んで倒すぞ! こいつは……エースだ!』
今の戦闘に気づいた、他の敵がわらわらと集まってきた。その数、8。味方は来ない。8対1など正気の沙汰ではない。しかし俺は、メスガキがそうするように、ニタリと嘲笑った。
「やだぁ、寄ってたかってあたしをどうするつもりぃ~? 流石にこの人数は初めてだなぁ~♡」
『煽ってやがるのかコイツ!? 殺せ、殺せ―ッ!』
かくして、8対1の
……3分後。俺のウォリアーは、絞り尽くされた竿役の如く漂う敵機の残骸の中に、ただ1機だけ五体満足で浮かんでいた。
『ヒィィ、化け物だ! 逃げろ、逃げろーッ!』
『メスガキだ、メスガキにやられた……!』
6機を撃墜したところで、残りの2機は戦意を喪失して逃げていった。ホッとため息をつく。俺も限界が近かった。120mm砲も40mm機関砲も弾切れ、振動剣も半壊。推進剤は母艦に帰還出来るか危うい量しか残っていなかった。4Pをこなした後に9P大乱交は流石に身が保たぬ。
丁度、生き残った味方機がこちらに寄ってきた。
「おいお前、こんなに強かったのかよ! 助かったぜ、お前が敵の群れを惹きつけてなかったら、俺たち死んでたぜ!」
「そぉ? あたしは乱交楽しんでただけだけどなー♡」
「は?」
「いやすまん、なんでもない。大乱戦で頭がおかしくなっていた」
「そ、そうか……ならとっとと帰投しようぜ、機体の方も限界みたいだしな」
「ああそうしよう、実際もうタマタマもない」
「は?」
「いやなんでもない」
ちらちらと顔を出すメスガキ余韻を必死に抑え込みながら、俺は母艦へと帰還を始めた。
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