第12話「メスガキは舞い降りた」

 俺のアイデンティティーとは。どう生きるのが正解なのか。答えが出せずにいる俺をよそに、艦隊は進む。数日後、艦隊はシャイロー第一惑星「コリンス」の衛星軌道上にたどり着いていた。逃走していた敵駆逐艦は、脱出艇で乗組員を地上に下ろした後に自爆した。あくまで徹底抗戦というわけだ。


 俺たち士官はフォカヌポウ提督にブリーフィングルームに集められ、作戦を聞かされていた。


「惑星コリンスの軍事拠点は1箇所。都市に隣接している要塞だ」


 ホロディスプレイにコリンスの都市が表示され、その近傍に要塞が確認出来た。……都市と要塞は大規模な爆撃を受けた痕があった。そう、もともとコリンスは連邦領だ。そして今は帝国軍に占領されている。占領の折、帝国軍は軌道爆撃を行ったのだろう。


 ……俺の故郷と同じだ、と思った。帝国は一般市民に配慮なんぞしない。戦闘に関わらない一般市民でさえ巻き込む、無差別爆撃を平気でやる。曰く「皇帝の威光に従わぬ者への、正当な制裁」だそうだ。ふざけるなよ、と憎しみの炎があがる。……ああ、やはり俺は帝国への憎しみは消せないのだと悟った。あんなことを平気でやる連中を、のさばらせてはおけない。


「ひでぇもんだ……一体何人犠牲になったのやら」


 1人の士官がそうぼやき、他の者も眉根を寄せ、フォカヌポウ提督も頷いた。


「許しがたい行為だ。しかし我々連邦軍は帝国軍とは違うと、コリンスの住民に知らしめねばならない。よって我々は大規模な軌道爆撃は行わず、都市への被害が最小限になるよう配慮した爆撃に留める」


 陸戦隊の士官が手をあげる。


「提督、それは……陸戦がかなり困難になるのでは? 陸戦隊の戦力はさほど大きくありません、軌道爆撃の支援が無ければ最悪、反撃で撃滅されてしまう可能性もあります」

「理解する。しかし安心して欲しい。帝国軍はコリンス占領の折、軌道爆撃で要塞を大規模に破壊してしまったようだ。今は必死に復旧工事を行っているようだが、防御機能はほとんど回復していない。対空砲も限られており、陸戦隊に至っては旧式の戦車と民生用ウォリアーが主力のようだ」

「なるほど、であればやりようはあります」

「うむ。……だが、1つ疑問がある。なれば、何故敵はそのような戦力にも関わらず抗戦するのか、と。正規軍は『司令官の、貴族としての矜持だろう』と踏んでいるが、どうにも引っかかる」


 帝国は封建制国家で、貴族階級が存在する。そして士官は貴族で占められており、当然ながら陸上部隊の司令官も貴族だろう。……しかしまあ、貴族という「上に立つ者」のプライドがあるのはわからなくもないが、それに付き合わされる下士官兵の平民にはたまったものではないだろうな。


「確たる情報が無くて申し訳ないが、敵は何か逆転の手を持っている可能性がある。その点、降下にあたる者たちは注意してほしい」

「了解致しました」


 その後は詳細な陸戦隊降下の手順が説明され、ブリーフィングは終わった。俺たち表現の自由戦士隊は、コリンスの都市「ガイズ」に隣接する要塞を北側から制圧することになった。南側から攻める正規軍の助攻を務めるかたちだ。


 6時間後、俺たちウォリアー隊は惑星コリンスの衛星軌道上に展開していた。そして正規軍の軽巡航艦が、数機の大気圏突入用ポッドを曳航してきた。降下作戦に向けて俺たちに貸し出されたものだ。陸戦隊はこれとは別に各艦のシャトルで降下するので、俺たちウォリアー隊は大気圏突入用ポッドに乗り込んでゆく。


 ポッドの機長が通信を入れてきた。


『民兵隊のお客様がた、ご搭乗ありがとうございます。正規軍大気圏突入用ポッド”フロストエッグ号”の安心・安全な船旅をお楽しみください』

『頼むぜ機長さん、無事に降ろしてくれよ?』

『残念ながらお客様がたは、高度1万mほどで空中に放り投げることになっております。そこまでの無事は保証致しますが、その先はお客様がたの自己責任でございます』

『なんてひでぇ船旅だ!』


 ゲラゲラとウォリアーパイロットたちが笑う。降下作戦は危険なものだ、その緊張を解きほぐすための雑談なのだろう。


『おっと、降下開始命令だ。行くぜお客様がた……舌ァ噛むなよ!』


 ポッドにぐいとGがかかった。ジェットを吹かし、大気圏に向けて突入を開始したのだろう。俺はウォリアーのコンソールを操作し、「ルイズタン」のカメラからの映像を受信した。ポッドよりも早く、無数の宙対地徹甲弾が地表に落ちてゆく。艦隊から放たれたそれは、狙い違わず要塞や、要塞付近の対空砲座を破壊していった。しかし都市ガイズの中からいくつも対空ミサイルが放たれ、砲弾の何割かは空中で爆発してしまう。


『畜生、奴ら都市の中に対空砲を隠してやがったな! お客さんがた、こりゃ快適な船旅とはいかねぇぜ、揺れるぞ! 覚悟しておけ!』


 機長がそう言うや、ポッドが揺れ始めた。対空砲火を回避しているのだろう。そして垂直降下の軌道が、緩やかなカーブを描いて水平に近づいてゆくのを感じた。


『高度3万……2万……1万5000、1万! 水平飛行開始! 降下始め!』


 瞬間、ハッチが開いた。ウォリアー隊が次々と空中へと身を投げてゆく。


「ジェシカ、行くぞ!」

『了解!』


 俺とジェシカの機体もまた、空中へと飛び出した。すかさずジェットに火を入れ、対空砲火に備える――程なく、都市ガイズから無数の対空砲火が上がってきた!


『降りられるのかよ!』

『おいバカやめろ、それフラグ……ぐわーっ!』


 1機のウォリアーが集中砲火を受け爆散した。……畜生、ああはなりたくない! 俺は無事に降下して戦い、憎き帝国軍を蹴散らさねばならない。だが今は他の機体が近すぎるうえ、メスガキロールプレイを聞かせるべき敵もまだ遠い。メスガキ化出来ないのだ。


((大丈夫だよ? 煽る相手がいなくても、あたしが身体を動かしている間は身体能力強化されるよ?))

((なんだと?))

((だってあたし、メスガキそのものだもん。煽る相手がいようといまいと、関係なくメスガキとして存在してるから))

((そういうことは早く言えメスガキ!!))


 俺は身体の操縦を内なるメスガキに任せた。


「――くふっ、和唐瀬煽るのたのしー♡」

『た、大尉?』

「なんでもないよジェシカおねーちゃん♡ さ、あたしについてきてね。対空砲火なんてアタらないでよね!」


 内なるメスガキは対空砲火をひらりひらりと避け、地表へと迫る。


「ランディング~♡」


 垂直降下から緩降下軌道に切り替え、ジェットを吹かして減速。地面スレスレで水平飛行しつつ、翻るスカートを抑えるような仕草をしながら着陸を果たした。ウォリアーの足裏から地上移動用のホバージェットが吹き出し、着陸の勢いのまま地面を滑る。


 俺に続いて着陸に成功したジェシカはしかし、叫び声をあげた。


『レーダーに感あり! 戦車!』

「見えてるよぉ♡」


 インナーメスガキはそう言いながら、機体を左右に振った。戦車砲弾が自機の脇をすり抜けてゆく。光学センサーが発射位置を特定し、4両の戦車を捉えた。旧式、つまり21世紀型の戦車だ。ホバージェットすらついていない骨董品。しかしその低車高から打ち出される120mm砲と分厚い正面装甲は、ウォリアーをしても正面から殴り合うのは危険が伴う。


 だがインナーメスガキは怯える様子もなく、煽り散らかす。


「骨董品乗りのおじさんたち、こんにちはー♡ 戦車ってぇ、ウォリアーから見るとゴキブリみたいで気持ち悪いねー♡」


 連射される戦車砲を次々と避け、あっという間に距離を詰めてゆく。敵の砲火は全てインナーメスガキに向いているので、ジェシカはどっしりと構えてキャノンを放ち、戦車の1両を破壊した。インナーメスガキが敵の視線を集め、ジェシカが後方から狙撃する。俺たちの定石となりつつある連携プレーだ。


「ゴキブリさんにはぁ、えい! 殺虫剤~♡」

『ぐわあああああああ!?』


 戦車隊の背面に潜り込んだ内なるメスガキは、弱体な背面装甲へとマシンガンを叩き込んでいった。旧式戦車が持つキャタピラの機動力ではホバージェットの動きに追従出来ない。砲塔回旋速度も遅く、全くウォリアーを捉えられていない。こうなってしまえば一方的な虐殺だ。


「あはは、ゴキブリさんより全然遅いね~? ゴキブリ以下♡ 害虫未満のクズ♡ そんなんで生きてて恥ずかしくないのぉ? 恥ずかしいよね? じゃあ死ね♡ 死ね♡」


 マシンガンで次々と背面装甲を抜き、マシンガンの弾が切れればサブアームに一旦預け、振動剣で砲塔を貫く。戦車隊全滅。


 周囲を見渡せば他のウォリアー隊もまた戦車隊と交戦していたが、圧倒的に優勢だ。助力の必要はないだろう。


「ん、じゃああたしたちは要塞に一番乗りしちゃおっか♡」

『は、はい!』


 インナーメスガキとジェシカはホバージェットを吹かし、要塞開口部へと向かっていった。

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