第24話「叱責」

 結局、第二艦隊の損害はウォリアー数機と軽巡1隻の大破で済んだ。これは間違いなくインナーメスガキが早期に駆けつけ、敵を混乱させたお陰だろう。……代わりに俺はセルフASMRという拷問を受け、精神に深い深い傷を負ったが。


((ウケる))

((ぶち殺すぞメスガキ))


 そして敵要塞「ニコデムス」であるが、こちらは艦隊の砲撃でレーザー砲を破壊された後、少々の通常砲撃戦を展開してから降伏した。その直前に脱出艇で多数の兵士が離脱していたが、連邦軍はこれを捉えることが出来なかった。脱出艇、そして俺たちと戦ったウォリアー隊はガス雲の中に消えてしまったからだ。


 そして占領した「ニコデムス」の位置からは、誤った位置に出現してしまった第三・第五艦隊の姿が見えた。彼らは既に敵艦隊と一戦を交えていたようで、少々の損害こそ負ってはいたが無事であった。それどころか、第四惑星「ポーター」に対して軌道爆撃を敢行し、占領にかかっていた。


 ……ともあれ、これで連邦軍は全艦隊が揃い、宇宙要塞「ニコデムス」を占領、第四惑星「ポーター」も占領間近となったわけだ。残るは第一から第三惑星、そしてリー大将の指揮する帝国軍艦隊だ。戦いはまだまだ続く。



 ガス雲の比較的薄い場所に移動し、周囲の安全を確保した表現の自由戦士艦隊は、再編成と修理を行っていた。正規軍から派遣された補給艦や工作艦がやってきて、燃料や弾薬の補給、そして可能な限りの修理を艦艇に施している。


 俺たちウォリアー隊は交代で休憩を取っている。俺とジェシカは士官用食堂で食事を摂っていたのだが……俺たちの前の椅子に、アビー少尉が座った。


「大尉殿、大尉殿! なんか私たちが到着する前、敵がすっごい乱れてませんでした? 一体何をやったんですか!?」

「……あまりにもおぞましく、今後再現性のない作戦だよ。すまんがそれについては、食欲が失せるから話したくない」

「ええー? まあ、良いですけど……っと、それより! 私、今回1機撃墜したんですよ! 初陣! 1機撃墜!」


 アビー少尉は満面の笑みを浮かべ「褒めて」と言わんばかりの様子だ。彼女に尻尾があればはち切れんばかりに振っていたことであろう。だが俺は、これについては叱責せねばならない。彼女は功を焦って突出し、敵の群れに狙われていた。彼女が撃墜されなかったのは、ひとえにインナーメスガキがフォローしてやっていたからだ。


「水を差して悪いが。それについて、小隊長あたりから怒られなかったか?」

「……えっ。何故、それを……?」

「お前が突出するのを見てたからだよ。なんなら周囲の敵を蹴散らしてお前を守っていたのも俺だ。これは戦闘データを確認すればわかる」

「そう、とは……はい、めちゃくちゃ怒られました」

「だろうな。いいかアビー少尉、敵を倒したい気持ちは察するが、部隊の陣形を崩すのはご法度だ。お前が危険なだけでなく、お前の援護を得られなくなる仲間をも危険に晒すからだ。これも小隊長あたりに言われたな?」

「はい、小隊長殿にめちゃくちゃ言われました……」


 アビー少尉はしかし、「でも」と言葉を続けたい様子だ。……そうだろうな、単騎で活躍しているように見える俺を前にしているのだから。小隊長に叱責され、それを不服として「和唐瀬大尉なら理解してくれる」と期待して、俺のところに来たのだろう。


「俺もまあ、ジェシカを置いて突出することはあるさ。だがそれは勝算のあって安全が確保出来る時の話で、俺は基本的にはジェシカの援護下で戦う。これは『俺が敵を引き付け、ジェシカが狙撃する』って戦術が確立されているからだし――何よりジェシカの援護下の方が、俺も安心して暴れまわれるからだ」


 実際に戦っているのはインナーメスガキなので、やや歯切れが悪くなってしまう。しかしインナーメスガキはくつくつと笑いながら肯定する。


((合ってるよ。ジェシカおねーちゃんは良く合わせてくれるから、あたしも安心して戦えるんだ))

「……つまりだ、アビー少尉。俺のようなパイロットでも味方の援護を必要としている。新米のお前ならなおさらだろう。以後、隊列を乱して突出するのはやめろ。……俺が言いたいことは以上だ」

「はい……」


 アビー少尉はしょぼくれ、席を立って食堂から去っていった。その背中はまるで捨てられた子犬のようで、正しいことを言ったはずの俺の心に、何故か罪悪感が湧き上がってくる。


((今度は理解してくれたかなー?))

((さてね。……はあ、嫌だ嫌だ。直属の部下でもないのに説教垂れるなんてね。しかも俺自身にはなんの実力も無いってのにな))

((水臭いなぁ、貴方とあたしは文字通り一心同体でしょ? あたしの戦果は貴方の戦果として誇って良いんだよ♡))

((主人格にASMRかますような奴と一心同体だとは思いたくねぇ))

((くふふ……))


 俺たちがそんな脳内会話を交わしていると、ジェシカが食事を終えて席を立った。


「わ、私、ちょっとアビー少尉のフォローに行ってきますね」

「ん? いや、あまり甘やかさないほうが……」

「あ、甘やかすのとは違うんですけど……ほら、理性だけじゃ理解出来ないことって、あるじゃないですか。なんせ彼女……16歳ですから」

「は? 16歳?」

「あれっ、ご存知なかったんですか?」

「初耳だが」


 確かに年若い感じだなとは思っていたが、まさか16歳とは思っていなかった。……いや、考えてみれば軍の入隊下限年齢は16歳だ。それに宇宙海賊が活発な地域では、子供ですら武器を取って戦うという。あり得ない話ではないのだ。


「あー……年齢は女性士官にしか言ってなかったんでしょうね。ガールズトークってやつです。……彼女、相当に辺鄙なところの生まれで、小さい頃から民生ウォリアーを駆って宇宙海賊と戦っていたらしいんです」

「な、なんでそれを隠してたんだ……? いや、身の上話を聞くほど親しくもなっていなかったが」

「ナメられないためでしょうね。田舎生まれ、年少者、女性……そういう要素で侮ってくる人は、いますから。……この艦隊にはそういう人はいないよって教えることも含めて、フォローしてきます」

「すまん、頼んだ」


 ジェシカの背中を見送りながら、俺はしばし呆然としていた。


「戦時じゃなくても、辛い人生を送っている奴はいるんだな……いや、当たり前のことではあるんだが」

((世知辛いねぇ))


 そういう人間が居るにも関わらず、戦争をして戦災難民を増やしているのだから人類とは度し難い。……俺が出来ることは少ないが、一刻も早く戦争を終わらせるために努力しなければならないと思った。アビー少尉のような境遇をもつ人間を、これ以上出さないために。

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