第25話「和解」

 食堂で暫く他の士官と話した後、俺は自室に戻ろうと居住区画を歩いていた。すると丁度、アビー少尉の部屋からジェシカが出てくるところに出くわした。彼女は扉を閉めてから、にへらと笑って親指を立てた。フォローに成功したということだろう。俺は彼女に頭を下げてから、自室に入った。


「さて、アビー少尉に偉そうな口叩いちまった手前、俺も訓練に励むとするかね……」


 そう言いながら俺はVRヘッドセットを被り、そして「WARRIOR WAR」、というゲームソフトを起動した。


 これは実在するウォリアーを操って戦うゲームで、そこそこ再現度の高いシミュレーターとして使える程度には出来が良い。艦のシミュレーターを使うと、見学者たちに実は俺がウォリアーの操縦が下手なことがバレてしまうので、密かに訓練するためにとネオアキハバラで買っておいたのだ。


 まあ、もちろんゲームとして成立するように実機とかけ離れた能力を持つ機体があったり、俺が乗る「フザール」なんかはインナーメスガキに言わせれば「操作感が違い過ぎる」ものであったりと、完全なシミュレーターとは言い難いのだが、そこは目を瞑るしかない。


「んじゃオンラインモード、サーバーは……うん、立っているな」


 航宙母艦「ルイズタン」には艦内Wifiが完備されており、しかも誰が持ち込んだのやらゲーム用のフリーサーバーまであるのだ。流石オタクが寄り集まった艦隊というわけだ。


 丁度、「WARRIOR WAR」用のサーバーも立っていたのでそこにログインし、マッチングを開始。程なくしてプレイヤーが集まり、対戦が始まった。30人対30人の戦いだ。「ルイズタン」には今60人の非番、かつこのゲームをプレイしているクルーがいるということになる。


((ルイズタンのパイロットは48人だからさぁ、非パイロットの人もやってるってことだよね))

「そうなるな。ま、パイロットに憧れてる奴はそれだけ居るってことだ……おっと」


 ゲームの中で、俺は自機に回避機動を取らせた。するとキャノンの砲弾が自機のすぐ横の地面を抉った。ちなみに今の回避動作にコントローラーの類は使っていない。このVRヘッドセットは脳波スキャン機能搭載なので、この点も実際のウォリアー操縦と相違なく扱えるのだ。


 俺を撃ってきた敵に対し、マシンガンで牽制射撃する――しかし敵は華麗に弾幕を回避すると、そのまま振動剣を抜き放って突進してきた。


「この動き、こいつ本物のパイロットだな!?」

((和唐瀬―、がんばえー))


 インナーメスガキの気のない応援をよそに、俺も振動剣を抜いて前進した。敵機と一瞬の交錯。勝ったのは――相手だった。俺の振動剣は宙を切り、相手のそれは俺の機体の胴を薙ぎ払ったのだ。


「くそっ、強かったな……ん?」


 リスポーン時間を待っていると、先程俺を撃墜した敵が、俺の機体の残骸に寄ってきた。……そして、その残骸にマシンガンを放ったのだ。3点タップで、挑発的に。


「こ、こいつ煽ってやがるな……」


 オンライン対戦ゲームにおいて、こういった「死体撃ち」はマナー違反とされる。……まあ俺もこの手のゲームは始めてだったので、事前の下調べで知ったマナーなのだが。ともあれ、実際にやられてみると腹が立つものだな、これは。


「……よろしい、その挑発受けて立つ」


 俺はリスポーンと同時に、先程撃墜された場所へと直行した――そして先程の敵はまだそこに居た。好都合だ、今度こそ撃墜してやる。


「俺だってインナーメスガキの戦いぶりを一番間近で見てたんだ、少しくらい真似は……出来る!」


 相手のキャノンを紙一重で回避し、続いて飛んできたマシンガンも細かいステップで回避。流石にインナーメスガキのように「当たる弾だけ避け、それ以外は装甲曲面で受け流す」ような芸当は出来ず、いくらか痛打を貰ってしまうが――相手のマシンガン、1マガジン分を凌いだ。リロードが始まるが、その隙を逃す手はない。


 俺はお返しとばかりにマシンガンを乱射しながら接近し、再び振動剣を抜いた。相手もマシンガンを回避しつつ振動剣を抜き、交錯する機動を取ってきた。


「今度こそ!」

((和唐瀬―、がんばえー))


 インナーメスガキの気のない応援の中、2本の振動剣が交わり――相手の剣が目にも留まらぬ速さで翻り、俺の機体は逆袈裟に斬り裂かれた。


「コイツ白兵戦強いな!? ……ん?」


 敵機は再び俺の機体の残骸に、今度はキャノンで射撃を始めた。死体撃ち。マナー違反である。


「こ、こいつ……」

((煽られてるゥー♡))

「なんなんだよこいつは……お互い同じ艦のクルーだってわかってるだろうに……」


 俺はイライラしながら、リザルト画面を表示した。そこには現時点での両チームの撃墜数や、「誰が誰を撃墜したか」という情報が載っている。俺は「MSGK」というハンドルネームでプレイしているので(ネットで実名は使うなと初心者向けの情報サイトに書いてあったからだ)、その名前を探す……見つかった。


『MSGK が 2nd Lt. Abigail に 撃墜されました』


 ……そう、書いてあった。2nd Lt. とは少尉を意味する。つまり2nd Lt. Abigailとはそのまま「アビゲイル少尉」となる。アビー少尉の本名だ。


「……騙りかもしれない。うん、俺はそう信じたい。信じたいが……確かめねばならんな、これは」


 俺はマッチが終わったと同時にヘッドセットを外して廊下に出ると、アビー少尉の部屋の扉をノックした。すぐに返事が返ってくる。


「はーい」

「アビー少尉、少々よろしいかな?」

「あっ、はい。勿論です和唐瀬大尉殿」


 扉が開き、アビー少尉が出てきた。ちらと部屋の中をみやれば、机の上にVRヘッドセットが置いてある。


「アビー少尉、これは先程の忠告とは何ら関係のない、ただの世間話だと理解して欲しい」

「は、はい。なんでしょう……?」

「少尉、貴官はもしかして『WARRIOR WAR』というゲームをプレイしているかな?」

「おお、良くご存知で! ええ、丁度先程初めてプレイしてみたんですよ! 結構良く出来たゲームですよね!」

「ウンウン、俺もそう思うよ。……時にアビー少尉、貴官はそのゲームでMSGKというプレイヤーを2回撃墜したかね?」

「ええ、しました! あっ、もしかして観戦してました? 結構強かったですよねあのプレイヤー! 白兵戦に付き合ってくれてちょっと燃えましたよ! まあ私には及ばなかったようですけどね!」


 彼女は戦果を自慢するように、平たい胸を張ってドヤ顔を披露してくれた。その見事なドヤ顔は、俺の堪忍袋の緒をはち切れさせるのに十分な威力を持っていた。


「アビゲェエエエエエエエエイル!!!!」

「ぴゃああああああああああっ!?」


 本日2度目の説教が、始まった。


 ……暫く説教していると、何やら不幸な「無知ゆえの過ち」があったことが明らかになってきた。


「うっうっ、知らなかったんですよぉ……田舎にはこんなゲームなかったのでぇ……」

「なんか、すまん……」


 アビー少尉は死体撃ちがマナー違反であることを知らなかったようだ。オンライン対戦ゲームの経験がなかった故に。そして死体撃ちをしていた理由は、「うわー物理演算よく出来てるな―」程度の気持ちで、機体が破壊されていく様を観察していたからだという。


「知らなかったとはいえ、申し訳ないことを致しましたぁ……で、でも、怒鳴らなくても良いじゃないですかぁ……」


 アビー少尉はガチ泣きしていた。その姿は雨に打たれ震える子犬のようで、ただでさえ「16歳の少女を泣かせてしまった」という俺の負い目に追撃を与えた。


「わ、悪かったよ……俺もたかがゲームで熱くなりすぎた……」

「うっうっ……っていうか大尉殿、なんであんなゲームやってたんですか……? シミュレーター使えば良いじゃないですかぁ……」

「それは……」


 まさか「本当の俺は弱いから、それを隠すためだよ」とは言えなかった。1度は半ば事故めいているとはいえ、1日に2度説教を喰らってしょぼくれている少女に、追撃のように「憧れのエースが実は弱かった」なんて事実を突きつけたくない。俺の自尊心の問題もあるしな……だが、アビー少尉の子犬のような目を見ていると「真実を話すのが誠意というものではないか?」という気持ちが湧き上がってくるのだから、不思議な力のある娘だとも思う。


 ……だが結局、俺は嘘をつくことにした。


「たまには気楽に遊んでみたかったんだよ……というか少尉、それはお前にも言えることだろう? なんでシミュレーターを使わずゲームなんかを?」

「それは……そのう……」


 彼女は口をもごもごとさせ、言い淀んだ。……ああ、わかったぞ。今日の彼女の行動を鑑みれば――


「少尉。シミュレーションルームに行ったら、小隊の皆に会ってしまうかもしれない。それは合わせる顔がなくて気まずい……かといって訓練を欠かしたくはない。そう考えたんだな?」

「ッ……!」


 アビー少尉は肩を跳ね上げ、目を逸した。図星だろう。


「あー……うん、気持ちはわかる。そりゃ気まずいだろうな」


 さて、どう諭したものか。ここにジェシカが居てくれたらな、と心の底から思う。彼女はどういう形でフォローしたのだろう。16歳の少女を説得するには、どう語りかければ良いのだろう? 必死に頭を回し、慎重に言葉を選ぶ。


「だがな、今はいつ戦闘が起きるかわからない状況なんだ。この気まずい雰囲気のまま戦いたくはないだろう? 素直に頭を下げて、仲直りしたほうが得策だと思うんだ」

((うーん……ちょっと理性的過ぎるっていうか、和唐瀬は真面目過ぎるんだよ。もう少しジョーク交えたりさぁ……))


 そうインナーメスガキが口を挟んでくるが、俺にジョークのセンスなんか……いや、アニメ鑑賞で幾つか覚えたじゃないか。ジェシカとの感想戦で、オタク間で使われるネタだって覚えた。そうだ、それを使えば良いのか。


「頭を下げるのが恥ずかしいのはわかる、だが――『オデの頭なんて軽いもんだ。いくらでも下げるど』。アビー少尉、怒鳴ったことを深く詫びよう。この通りだ、許してくれ」


 俺はアビー少尉に頭を下げた。共通で知っているアニメ、「やお弁」のギアリー君のセリフを引用しながら。


「わわっ、大尉殿、やめてください……! いち少尉に頭を下げるなんて……!」

「いや、謝罪に階級なんて関係ない」


 アビー少尉は少しためらった後、俺の頭をぺちぺちと叩いた。


「――『本当に軽い頭だな、だがその中に詰まっている想いの重さは認めよう』。……わかりました、大尉殿。謝罪を受け入れます」


 アビー少尉は「やお弁」の伝説の撲殺バット職人、ボルグ師のセリフを引用しつつそう言った。


「そして私もごめんなさい、知らなかったとはいえ無礼を働いてしまいました」


 彼女もまた、頭を下げた。俺は姿勢を正し、アビー少尉の肩を叩いた。


「許すよ、アビー少尉。……さ、小隊の面子にも同じことが出来るな?」

「はい、大尉殿。……ふふっ、ありがとうございます。謝る勇気が出てきました。意地を張っていたのが馬鹿みたいです」


 アビー少尉ははにかむと、小隊の面子を探しに廊下に飛び出していった。


 ……俺がけしかけた事だ、顛末が心配になったので後をつけてみたのだが――彼女は既に謝罪を済ませ、小隊の面子と仲良く笑いあっていた。


((丸くおさまって良かったねぇ))

((気を揉んだよ、全く……))


 廊下の壁に背中を預けてホッと一息ついていると、アビー少尉が所属する小隊の指揮官、ラウール大尉が寄ってきた。階級は同じだが、彼の方が先任なので俺から敬礼する。彼は返礼した後、俺と同じように壁に背中を預けて話しだした。


「和唐瀬大尉、うちの新米が随分気を遣わせてしまったようだな?」

「まあ、成り行きですよ」

「ははっ、それにしても優しいじゃないか。……正直、こういうことが出来る男だとは思っていなかったよ」

「出来なかったですよ、今までの俺にはね。まさかアニメに成長させられる日が来るとは思いもしなかったですよ、本当に」

「ああ、君もオタの道に足を踏み入れたのだったね。……不思議なものだよ、創作物というのは」

「ええ、本当に……それにラウール大尉、優しいと言えば貴方もでは?」

「ム?」

「独断専行で隊に迷惑かけた奴なんざ、数日営倉にぶちこむか飛行禁止処分にするのが妥当でしょうに。それを叱責で済ませて、自力で反省することを促したんですから」

「……アビー少尉が反省するのに君の助けが要ったのを見るに、間違った判断だったと思うがね。正直、16歳の少女なぞどう扱って良いかわからん」

「俺もですよ。……あんな思春期真っ只中の娘が、武器をとらなくても良い世界が来ると良いですね」

「同感だ」


 暫くの間、仲間と打ち解けているアビー少尉を男2人で眺めた。それはとてもとても、眩しいものに見えた。


「……ああそうだ、助けたといえば。うちのジェシカ少尉も、アビー少尉にフォローを入れていたんですよ」

「ム、それはそれは。実はな、この戦いが終わったら、今日の礼として君に一杯酒を奢ろうと思っていたんだ。その席にジェシカ少尉も加えねばならんな」

「それはありがたい話ですが、彼女は野郎2人に囲まれて酒を飲みたいと思いますかね……聞いてみましょう」


 ジェシカにメッセージを送ったところ、すぐに返信が来た。携帯端末の画面をラウール大尉に見せると、彼はゲラゲラと笑った。


 画面には、「タダ酒なら喜んで」と表示されていた。

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