第34話「メスガキ対メスガキ――決着」

 アビーはマシンガンを補助腕に預け、振動剣を構えてこちらに突進してきた。初手から白兵戦狙いとは大胆な――そう思った瞬間、「レディ」のスカート状のジェット・ユニットが分離した。10個のジェット・ユニットがそれぞれ独立して飛び、インナーメスガキを包囲するように機動し始めた。そしてジェット・ユニットの頭が展開し、ビーム砲が顔を出した。


((自律砲台か! 包囲されるな、避けろ!))

「わかってる!」


 インナーメスガキが包囲を逃れるように大きく旋回した直後、各ビーム砲が一瞬前までインナーメスガキがいた地点を球状に包囲し、ビームを放った。それと同時、アビーが振動剣を横薙ぎに振りながら通過攻撃を仕掛けてきた。


「おっとぉ!」


 インナーメスガキはスウェー回避。しかし自律砲台が既に再包囲に取り掛かっているため、急速な移動を強いられる。自律砲台も「レディ」も、「フザール」の機動力を以てすれば振り切ったり追いついたりするのは容易だ。しかし実質11機に包囲されている状況というのはうまくない。


((自律砲台から仕留めるぞ))

「オッケー。ようは……片っ端から竿役をオトせば良いんだね!」

((そういうことだ!))


 インナーメスガキは自律砲台の1つにマシンガンの照準を定める。しかしその瞬間、アビーが揺さぶりをかけてきた。


『そうやって裏声でメスガキロールプレイをしていて、恥ずかしくないんですか?』

 インナーメスガキは、そっと俺に身体の操縦権を返した。しかし不思議と身体能力が低下することはなかった。マシンガンの照準はブレない。引き金を引く。


「恥ずかしくないね、認めてくれる仲間がいるからな。生きるために必要な行為を笑う奴は、俺の仲間の中にはいない。ならば何も恥じるところはない!」


 マシンガンの40mm砲弾は狙い違わず自律砲台を直撃し、鉄くずに変えた。


 ――「ルイズタン」のクルーたちはメスガキロールプレイを認めてくれた。「ライトめな性癖だな」とまで言って。


『ッ……なら、インナーメスガキちゃん。貴女は本当にメスガキと言えるかしら? 何せ貴女が使っている身体は、28歳の……』


 俺はインナーメスガキに身体を預ける。


「あたしは生後3ヶ月ですけどぉ~??」

『……男の、身体なんですよ? メスじゃない』

「あたしはメスですけど? あたしは1人の女としてBLを楽しんでるし。まあ身体は男だけどね、でも……」


 インナーメスガキは牽制めいて放たれるビーム砲をひらりと躱しつつ、ニヤリと口角を吊り上げた。


「性自認はあたしが決める、あたしにしか決められない……あたしは女だ! 身体が男でも、あたしは女だ! メスだ! メスガキだ!」


 射撃直後の僅かな反動で硬直した自律砲台に、間髪入れずビームを放つ。撃破。


 ――ジェシカに観せてもらった作品の中には、男性が女性に転生してしまう作品や、その逆で女性が男性に転生してしまう作品もあった。それらの主人公は、身体の性別に引っ張られることもあったが……最終的な性自認は自分自身の意思で決めた。それは誰にも覆し得なかった。


『ッ……なら! 和唐瀬大尉、貴方は!? 貴方自身の性自認は男でしょう? 心にメスガキを宿したとしても、貴方の精神も肉体も、決してメスガキたり得ない!』

「ああそうだアビー、俺は男だ。心も身体も男だ。だが心にメスガキを宿している以上、それはメスガキと定義しうる」

『それを矛盾だと言っているんです!』

「いいや、矛盾しない。人には多面性があるからだ」


 ――「ルイズタン」のクルーは皆優秀だ。優秀な整備員であり、優秀な提督であり、優秀なパイロットだ。だが皆、世間からは後ろ指を指されるオタクであるし、異常性癖を持つ者もいる。しかしそれによって自分の職務が毀損されるわけではないし、その逆もまた然りだ。両立して良いのだ。内面は自由なのだから!


「片方の要素がもう片方の要素を毀損することはない! 男の身体と男の精神の持ち主、それが俺だ! そして同時にメスガキだ! ――逆もまた然りだよぉアビーちゃん、あたしはメスガキだ! 同時に和唐瀬という男でもある! そこになんの矛盾もない!」


 俺とインナーメスガキの精神が交互に入れ替わる。それでも身体の操作に悪影響はなく、アビーの通過攻撃を難なくいなす。今や俺とインナーメスガキは一体だ。


『きっ、詭弁です! そんなことを本当に心から信じられるんですか!?』

「信じられるとも、俺は大人だぞ! シロかクロかでしか判断出来ないガキではない! 多面性を肯定出来る、大人だ!」

『言いましたね、ガキではない、大人だと! やはり貴方はメスガキでは――』

「――ばかだねぇ。あたしがメスガキだから何も問題ないって言ってるでしょ♡ ざーこ、ざこ論理♡ 揚げ足取りが下手くそ♡」


 背後に忍び寄ってきた自律砲台を、ノールックでマシンガン射撃、破壊!


「俺は成人男性であり! ――メスガキでもある♡ ――そこに何ら矛盾は無い!!」

『こ、怖い……! 何を言っているのか本気で、本気でわからない!』

「ああ怖いだろうな、大人は怖いんだよ! そして頭でわからないなら、身体で理解わからせてやる!」


 マシンガンとビーム砲を左右に構え、同時発射。自律砲台を2基同時破壊。 自律砲台は残り5基。この程度なら。


「――竿役モブ5人程度、物の数じゃないね♡」


 もはや自律砲台の弾幕を避けるのに、さしたる労力は必要ない。インナーメスガキは振動剣を抜き放ち、アビーとの白兵戦に臨む。


理解わからせられてたまるか! ここであなたに勝たなければ、家族の遺したものが全てフイになるんです! 理解わかって、たまるかぁぁぁぁあああああッ!!』


 アビーは自律砲台を自機のもとに呼び寄せ、再びスカート状に接続した。そして自律砲台のジェットをも使って突進してきた。先程より遥かに速い。あの自律砲台は群動スウォーム攻撃と自機の機動力強化、どちらにも使えるユニットということか。


「だがそういう両取りはなぁ、どっちも中途半端になるんだよ! 5基も落とされてからじゃ、この『フザール』の機動力には勝てない!」

『あなたが両取りを批判するなッ!!』


 お互いに振動剣を構えての突進。ジェットの推力では「フザール」の方が上なので、絶対にこちらが押し切れる――そう思った瞬間、再び「レディ」から自律砲台が分離した。そして「レディ」の前で輪形に展開し、砲口をこちらに向け……ビームを放った。


「ッ……」

((突っ込めメスガキ!!))


 インナーメスガキはフットペダルを全力で踏み込み、「フザール」をさらに加速させた。そして「フザール」に向かって放たれた輪形のビームの中心を……通り抜けた! そして振動剣を振り抜く! アビーは咄嗟に斬撃の軌道上に自身の振動剣を構えて防御し、鍔迫り合い状態になった。しかし自律砲台の推力を失った「レディ」は、「フザール」の大推力に為すすべもなく押し込まれる。成人男性に力押しされた少女のように!


「ここにきて下らない小細工とはな! やはりお前はガキだ!」

『ッ……ええ、そうですとも! 私はガキです、しかも女の! 私の方が真っ当にメスガキです! あなたは、偽物だ!!』

「ああ、お前はメスガキさ! だがなぁ、だ! 心にメスガキを宿し! 200本のメスガキ作品を摂取し、真摯にメスガキ性を高めた俺と!」


 強烈な膝蹴りを繰り出し、アビーの振動剣の柄頭を蹴り上げる。


「――あたしのほうが!」


 アビーの振動剣が吹っ飛び、ガードが開く。武器を失い、スカートも既に脱ぎ捨てたその姿はまるで、組み伏せられた少女のようで。


「真のメスガキだッ!!」


 俺は振動剣おもちゃを、容赦なく「レディ」の腹にねじ込んだ! 動力炉がオーバーロードし始める!


『あああああああああああッ!?』

「脱出しろ、アビー!」


 俺がそう叫ぶや、「レディ」の背中からコクピット・ブロックが射出された。俺はそれを掴むと「レディ」を蹴って飛び離れた――数瞬後、「レディ」が爆散した。


理解わかったか、メスガキは大人に勝てないんだ。――理解わかったかなぁ、16歳の年嵩じゃピチピチのあたしには勝てないんだよ♡」

『うううううううッ……!』


 コンソールを叩く音が通信機から響いてきた。理解わからせたのだ。……一先ずこれでアビーとの決着はついた。次はジェシカを助けにいかねば――そう思ったのだが、どうにもジェシカは優勢に戦いを進めているようだった。


『か、囲まれても……組み付いちゃえば撃てませんよね?』


 ジェシカは「オスモウ」の1機に組み付くや、肘打ちや蹴りを躱しながら振動剣で手足を削ぎ落とし、あっという間に達磨状態にしてしまった。そしてその達磨を盾にしてもう1機の「オスモウ」にマシンガンをぶっ放し始めた。


「そういえばあいつ、格闘戦やたら強かったな……」

((歩兵課程って怖いねぇ))

「やっぱりそういうレベルじゃない気がするが……まあいい、助けるぞ」


 俺は横合いから「オスモウ」に斬りかかり、一撃で両断して撃破した。


『大尉! 助かりました!』

「助け必要だったかあれ?」

『はい、推進剤も弾薬も限界でしたから』

「なるほどね……よく耐えてくれた」

『ええ、組み付くまで本当に何度も危ない場面がありました……そちらも終わったんですね?』

「ああ、理解わからせた」

『やりましたね、大尉』


 俺とジェシカは、互いの機体の拳をかち合わせて勝利を祝った。


「さて、味方はまだ戦っているようだが……こちらも弾薬と推進剤が心許ない。それにアビーも『ルイズタン』に預けねばならないしな、一旦帰投しよう」

『はい』


 俺たちはこうして「ルイズタン」へと針路を取り、アビーを引き渡してから補給を済ませ、再出撃した。俺たちが他の戦域で猛威を振るっていた「オスモウ」を撃破して回ると、連邦軍が盛り返し始め――ウォリアー戦は、連邦軍の勝利に終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スペースメスガキ(♂) しげ・フォン・ニーダーサイタマ @fjam

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ