第33話「メスガキ対メスガキ――再会」

 数日後、第3惑星「ダンカー」を完全制圧した連邦艦隊は、再編成を終えて次の作戦行動へと移っていた。


 この間帝国艦隊による襲撃こそなかったが、ワープに伴う重力波が観測され、増援があったことはわかっている。現在の帝国艦隊の戦力は航宙母艦3隻、重巡航艦4隻、軽巡航艦12隻、駆逐艦6隻――合計25隻。対する連邦軍艦隊は航宙母艦5隻、重巡航艦10隻、軽巡航艦34隻、駆逐艦2隻――合計51隻が残存している。未だ倍以上の戦力差があるわけだ。


 連邦軍の懸念点としては、ウォリアーの数だろうか。連邦軍のウォリアーは度重なる損害で130機しか戦闘に耐えられる状態にない。帝国軍ウォリアーの規模は不明だが、これまで与えた損害から100機前後が残存していると目されている。


 このことから、ブリントン少将は「帝国軍はウォリアーを用いた大規模襲撃で艦隊を破壊しようとしている」と判断し、艦隊一丸となって第一惑星「シャープスバーグ」に攻撃をかけることを決定した。第2惑星「ロールバッハ」は第3惑星「ダンカー」のマスドライバーによる大質量爆撃で無力化出来るため、無視する構えだ。


 こうして連邦軍艦隊が「ロールバッハ」へ針路を向けたところ、リー大将指揮する帝国軍艦隊がガス雲の中から姿を現し、連邦軍の針路を妨害するコースを進み始めた。このままいけば5時間後に両艦隊は交差する――そして勿論、その前に両軍のウォリアー隊が死力を尽くした戦闘を行う。この戦闘の結果が、艦隊戦の行方を左右するだろう。


 俺は今、最終調整を終えた「フザール」2番機の中で出撃待機状態にある。


「なあ、メスガキ」


 そうインナーメスガキに語りかけるが、返事はない。彼女はここ数日、俺とジェシカが論理トレーニングしている間ですら黙り込んでいた。


「この戦い、アビー少尉も出てくる……そんな気がする。俺は、今度は勝ちたい。だがそのためにはお前の力が必要なんだ」


 少しの間があって、インナーメスガキがやっと口を開いた。


((……和唐瀬が自分をメスガキだって認めちゃったら、あたしはもういらなくなるでしょ。だってあたしは、貴方の『メスガキロールプレイは嫌だ』って気持ちが産んだ人格なんだから))

「いいや違う。確かに俺は、俺をメスガキだと認めることにした。だがそれは、お前あってのことなんだ。お前を宿しているからこそ、俺はメスガキでいられるんだ」

((でもあたしは、どんなに頑張っても貴方の、男性の肉体を使うしかない。メスじゃあ、ないんだよ))

「俺は結局BLに対して何の共感も得られなかった。だがお前は違うだろ、一人の女としてBLを楽しんでいた。そうだろ?」

((それはそうだけど……じゃあ、ガキの部分は? 28歳の貴方の、あたしの身体はどう説明すれば?))

「お前は俺の中に生じてから、まだ2ヶ月程度だ。0歳のガキだ」

((そんな解釈あり?))

「ありだろ。俺と記憶を共有してるが、お前自身の固有の記憶は、経験は、たったの2ヶ月ぶんしかないだろ? ――認めるよ、お前はメスで、ガキだ。立派なメスガキだ」

((……ッ))


 インナーメスガキが、俺の中で嗚咽しているのが伝わってきた。しかしやがてそれは苦笑へと変わった。


((ばかだね、和唐瀬は。本当にばか。そんな論理で戦おうとしているの?))

「ああそうだ。だが反論できないだろ? 何せどれも事実なんだから」

((うん、そうだね……事実だ。あたしは、メスガキだ))

「ああ」

((わかった、戦いましょう。……ありがとうね和唐瀬。あたしを認めてくれて……認めた上で、存在させてくれて))

「水臭いこと言うなよ、お前は俺で、俺はお前だろ? 消すことなんて出来やしないさ、存在も、記憶も。……共に戦おう、これからも」

((ええ、そしてアビー少尉を))

理解わからせてやる」


 その時、出撃命令が下った。次々とウォリアーがカタパルトで射出されてゆく。


「さあ、行こうか……和唐瀬、フザール、出るぞ!」


 俺の「フザール」もまた、カタパルトで加速され宇宙に飛び出した――光学センサーが、遠方に展開を始めている帝国軍ウォリアー隊を捉える。


「これは……」


 俺が眉をひそめると同時、ウォリアー大隊長から通信が入る。


『敵はどうやら新型機を投入してきたようだな、用心しろよ!』


 彼が言う通り、帝国軍ウォリアー隊の中には12機の新型機が存在していた。この前の増援で連れてきたのか、それとも今の今まで隠していたのかは不明だが――11機は、新機体コンペの時に見た「セキトリ」に似たずんぐりとした体型で、重武装なのが伺えた。「セキトリ」と違うのは、肩に固定ビーム砲がなく、その代わりに背中に球形のジェット・ユニットを2つ背負っていることだろうか。


 残る1機の新型は小型かつ細身の体型で、俺の「フザール」を思わせる。こちらは上から下へと大きくなってゆく台形のジェット・ユニットを背負っているのと、長方形の小さなジェット・ユニットを複数腰回りに装備しているのが特徴だ。長方形のジェット・ユニットの数は全部で10個。腰から足に向けて、スカート型に設置されている。


『正規軍から通達、デブいほうの新型をオスモウ、細いほうのをレディと呼称する、とのことだ!』

「オスモウにレディ、ね。これで戦力差を覆そうっていうのか」


 ウォリアーの戦力差は、事前の推定とほぼ変わらず130対98。32機ぶんだけ連邦軍が優勢だ。帝国軍にしてみれば、あの新型が12機が3倍以上の戦果を挙げなければ勝てないというわけだ。逆に言えば、新型さえ抑えてしまえば連邦軍の優位は変わらない。


「大隊長、あの新型は俺とジェシカに任せてもらって良いですか?」

『ああ、是非そうしてくれ! 皆、新型が突っ込んできたら和唐瀬班が来るまで遅延戦闘に努めろ!』

『頼んだぜエース! あとインナーメスガキちゃん!』

『俺たちの女神よ!』


 ――そんな通信が返ってきた。そう、俺はパイロット連中にインナーメスガキのこと、俺がメスガキロールプレイをしなければエースとして活躍できないことを打ち明けていた。……そして整備班長の言った通り、最初は驚いたり笑ったりされたものの、最終的には「なんだ、そんなライトめな性癖。もっと早く打ち明けてくれれば良かったのに」と言ってくれたのだ。性癖ではないと反論したものの、その後流れで性癖カミングアウト大会が始まってしまったのが地獄だったが……ともあれ、良い仲間たちを得た。


『おっと、敵さん突っ込んでくるぞ! 備えろ!』


 大隊長の言う通り、帝国軍ウォリアー隊が前進を始めた。俺たち表現の自由戦士隊が担当する戦域には、2機の「オスモウ」と1機の「レディ」が向かってきていた――まだ遠いので不確定だが、不思議と俺を目指しているように思えた。


「こりゃあ都合が良い、こちらから向かう手間が省けた……俺たちも行くぞ!」

((うん!))


 。不思議なことに、「俺はメスガキだ」と認めた瞬間から、常時身体能力が強化されるようになったのだ。といってもインナーメスガキの時と比べれば半分程度の出力だが。


 俺とジェシカ、そして帝国軍の新型3機はどちらともなく少し戦域を離れた場所で交差するような機動をとり――先手を打ったのは「オスモウ」だった。肩に構えたキャノンを発射するや、両腕に内蔵したマシンガンで濃密な弾幕を張ってきた。


「――大きく迂回するよぉ!」

『はい!』


 俺は即座にインナーメスガキに身体の操縦権を渡し、彼女は弾幕の外に逃れるように機動した。ジェシカもまた、改造を施した「リンカーン」を巧みに操り追従してくる。


「やだぁ、出会い頭に弾幕ぶっかけなんて悪趣味~♡ 真っ先に自分だけ気持ちよくなろうなんて、悪いおじさんだなぁ♡」


 そう言いながらビーム砲を「オスモウ」に向けて放つが、「オスモウ」は巨体に見合わぬ機動でひらりと飛んで避けてしまった。ジェットの推力がそこまで大きいようには見えなかったので、見た目よりは装甲が薄いのかもしれない。ということはあの巨体の正体は内蔵火器か。


 そして「レディ」の方だが、不思議なことに攻撃せずに俺とジェシカの動きを注視していた。……その理由はすぐにわかった。オープン回線で通信が入る。


『……その機体、その動き。和唐瀬大尉ですね?』


 その声は、アビー少尉のものだった。「オスモウ」たちは彼女から指示を受けたのか、追撃を取りやめ静止した。俺は身体の操縦権を取り戻し、対話を試みる。


「ああそうだ。そういうお前はアビー少尉だな?」

『ええ。……いえ、今は帝国貴族にして帝国軍大尉のアビゲイルです』

「そうか。無事に功績が認められたんだな?」

『はい。継承権は皇帝陛下の承認待ちですが、敵エースを無力化した功績で昇進と新型機を勝ち取りました。ですがこれでは台無しです、無力化したと思ったのに……』

「悪いな、俺は俺をメスガキだと認めることにした」

『……わけが、わかりません』

「わからないか? なら教えて……理解わからせてやるよ」

理解わからせられるのはそちらですよ、和唐瀬大尉。何度でも理解わからせてあげます。貴方はメスガキではない。ただの成人男性だと! ――お前たち、あの僚機をやれ。私はフザールを仕留める』


 彼女がそう言うや、「オスモウ」たちはジェシカを包囲するように動き始めた。そしてアビーは俺へと向かってきた。


「ジェシカ、撃墜は狙わないで良い、回避に専念しろ。すぐにアビーを理解わからせて……助けにいく」

『はい、信じています大尉……そしてインナーメスガキちゃん』


 俺たちはそれぞれの敵に武器を向けた。決着を、つけるときだ。

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