第32話「ジェシカのトレーニング」
ジェシカの部屋の扉をノックすると、「どうぞ」という声が返ってきた。入室してみれば、そこは無数のBL作品のポスターが壁を埋め尽くす空間になっていた。女性の部屋なのに男の色が強いという不思議空間に面食らいつつ、ジェシカが勧めてくれた椅子に腰掛けた。
「急に尋ねてきてすまないな」
「いえ、大丈夫です。暇、してましたから」
「そうか。……ジェシカ。機体を改造しているそうだな?」
「は、はい……さ、差し出がましいことをしている、という自覚はあります……」
「いや、ありがたい。俺の状態を察して動いてくれたんだろう。僚機として、上官として……仲間として。これほど嬉しいことはない。ありがとう」
そう言って頭を下げると、ジェシカは幾分面食らったように慌てだした。
「あ、あのっ……正直、怒られると思っていました」
「怒る? ……いや、そうか。そうだよな、俺のプライドを傷つけるかもしれない。そう考えたんだな?」
「はい……」
「自分ではそんなにプライドが高い方じゃないと思っていたんだが……考えてみればそうだな、『メスガキ化がバレて、戦果が厳密には自分のものではないと知られたくない』だとか、そういう考えはあった。俺にも、プライドがあったんだ。……そして今回、アビー少尉に負けてハッキリ認識したよ。俺は悔しいんだ。裏切られたことだけじゃない、彼女に負けたことが、たまらなく悔しいんだ」
「…………」
「だからジェシカ、力を貸して欲しい。俺が自力で一人前のパイロットになる、という努力は勿論する。だがそれは迂遠な話だ、達成する前に死ぬ予感がする。だから不本意ではあるが……いや、不本意なんかじゃない。俺はメスガキ化の力を使ってでも、強くなりたい。あの力を取り戻したいんだ。そしてアビー少尉を見返して……
「その方法を、相談しにいらしたんですね」
「ああ。実は既に――」
俺は整備班長と話し、メスガキロールプレイの羞恥心は克服出来そうなことを伝えた。
「――というわけだ。残る問題は」
「大尉の認識の問題、ですね」
「ああ」
アビー少尉に言われたことを思い出す。
『だって貴方は男じゃないですか! 私よりずっと大人じゃないですか! そして貴方はそれを行動によって証明してしまいました、私を抱かないという選択によって! 理性ある大人として振る舞っていた貴方が、いくら口調だけメスガキを真似ても、絶対にメスガキたり得ない!』
『和唐瀬大尉に子供と見做された私と、成人男性から生み出された人格で、しかも男の身体を使うしかない貴女。どっちのほうがより子供で、女の子で――メスガキかな?』
どちらも、完全にアビー少尉の言い分が正しいように思える。……俺がそう思ってしまっているのがために、メスガキ化による身体能力強化は喪われてしまった。
「要は、俺が『自分はメスガキだ』と信じられれば解決するんだ。だが……」
「それは難しい、と。大尉は真面目、ですもんね」
アビー少尉にも言われたことだ。真面目過ぎるが故に、生半可な論理で自分を騙して『自分はメスガキだ』と信じることが出来ないのだ。
ジェシカは目を瞑って少し考えた後、ゆっくりと話しだした。
「私は結局、一人の腐女子でしかありません。論理に強いかと言われれば、否です。……ですが、大量のBL作品を摂取してきた自信だけはあります」
そう言いながらジェシカはPCを操作し、幾つかのBL作品を表示した。
「論理展開が素晴らしい作品。それと、思いの力で全てを押し切る作品。それらをピックアップしました。……こういう時こそ、偉大な
BL作品で勉強してメスガキ化を納得させる論理構築をする、などと言えば「狂ったのか?」と思われるだろう。実際俺も狂っていると思う。だが、今はその狂気こそ必要なものだという予感があった。ジェシカもまた、頷く。
「大尉は真面目です。これを根底から変えていくのは無理だと思います。ですから、真面目に狂ってしまいましょう。さあ、1本目を見ていきますよ……」
こうして、ジェシカとBL作品を教官にした論理トレーニングが始まった。男性同士の顔と顔がやたら近い漫画、細身の男性がやたらと裸体を披露するアニメなどが次々と上映されていった。
………
……
…
「なるほど、取引先の顔役との禁断の恋。こうやって正当化するのか」
「はい、インサイダー取引を避ける見事な論理展開です。しかし根底にあるのは『思い』であることを忘れないでください」
………
……
…
「これは普通のシーンじゃないのか?」
「いえ、よく見てください。美女を目前にしているのに、アダムズくんはマイケルくんの方を向いています。これは恋心の現れです」
………
……
…
「これBLなのか? 主人公は女だろ? 転生前は男だったとはいえ……」
「性転換モノなので諸説ありますが、私はBLだと思います。今の大尉には参考になるかと。ちなみに逆シチュもあるのでそちらも観ます」
………
……
…
「お、俺はメスガキだ」
「んー、年齢に関する論理展開が弱かったですね。もう一度練りましょう」
………
……
…
「――以上、要素A、B、Cを以て俺をメスガキと定義する。Q.E.D」
「完璧です!」
………
……
…
「俺はメスガキ……俺はメスガキだ……」
「そう、貴方はメスガキ……そして整備班長に恋してる……」
「俺は整備班長に恋……してねえ!! ぶち殺すぞ!!」
「チッ!」
………
……
…
長く、厳しいトレーニングだった。しかし俺は1つの真理を得て、それを心から信じられるようになった――俺は、メスガキだ。
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