第27話「大人と子供」

 リー大将指揮する帝国艦隊は、連邦軍艦隊と反航戦で1度砲撃を交えた後、ガス雲に紛れて逃走してしまった。この艦隊戦での損害は、お互いに重巡1隻、軽巡2隻を失った程度。とはいえ連邦軍は帝国軍に対して3倍の数的優位を保っているので、損害比率で言えば艦隊戦は連邦軍が優位に進めていると言って良いだろう。


 ……だというのに、「ルイズタン」の空気は重かった。先のウォリアー戦で、俺たちは敵の作戦を看破して極めて軽微な損害で戦闘を切り抜けた。しかし5機を失い――その中の1機のパイロット、ラウール大尉が戦死したからだ。


 突出しがちなアビー少尉を慮ったり、彼女に反省を促した俺とジェシカに律儀にも酒を奢ると言ってくれたり、人情深い人だった。当然、周囲からも慕われており――彼を喪った衝撃は、「ルイズタン」クルーの心に暗い影を落としていた。


 隊旗を巻いた棺を恒星に向けて送り出してなお、彼が命を落としたことが信じられない思いだ。つい数時間前まで雑談していた相手が、突然命を落とす。これが戦場なのだ。そんなものはとっくに理解していたが、親しくなった人間を喪うというのは衝撃が大きい。俺はしばらく、自室で呆然とする他なかった。


 ……どれだけ時間が経っていたのだろう、俺は扉がノックされる音で我に返った。


「どうぞ」


 扉を開けて入ってきたのは、アビー少尉であった。もう散々に泣いたのだろう、目元が赤く腫れていた。しかし彼女は俺の顔を見るや再び目に涙を湛え、俺の胸に飛び込んできた。


「和唐瀬大尉……! ラウール大尉が、ラウール大尉が……!」

「ああ、彼のことは残念だった。本当に……」


 アビー少尉にとってラウール大尉は小隊長で、俺なんかよりずっと長く接してきたことだろう。それを喪った悲しみは、察して余りある。


 俺の胸に顔を押し当てて泣きじゃくるアビー少尉を、どう扱って良いものか迷う。小隊の面子ではなく、わざわざ俺のところに来たのだ。何か、彼らとは違うものを求めていると察することは出来た。いくつか考えが浮かぶが――結局、俺が取った行動は「優しく背中を叩くこと」だった。


「果たしてこれで正解なのだろうか」と考えてしまう自分が少し嫌になる。こんな時まで理性で考えてしまうなんてな。もっと感情を露わにして、一緒に泣くのが正解だったのだろうか。


 ……アビー少尉は暫く俺の胸を濡らした後、恥じらいながら顔を上げた。


「ありがとうございます、大尉。少し、落ち着きました」

「それは何よりだ。……もう大丈夫か?」

「……わかりません。いえ、正直に言えば大丈夫ではないです。上官の、仲間の死がこんなに辛いなんて思っていませんでした」

「ああ、俺だってそうだ」


 アビー少尉は、すがるような目で俺を見上げる。


「和唐瀬大尉。大尉は、いなくならないですよね? 急に死んじゃったり、しないですよね?」

「俺だって死にたくないさ。誰だってそうだろう。……だがな、死なないとは約束出来ない。ここは戦場だからな」

「……そこは嘘でも、約束して欲しかったです。信じさせて欲しかったですよぅ」


 潤んだ目でそう言ってくる彼女を前にすると、不思議と「なら約束してやろうか」という気分になってくる。俺はこうやって子犬のように縋られるのに弱いのだろうか。


「生真面目と言われる性分でな……」

「ふふっ、そういうところも好きですけどね?」

「ん? それはどういう――うおっ!?」


 アビー少尉は俺に抱きつくと、そのまま身体を押し込んできた。小柄な体格からは想像できない力強さに不意を打たれ、俺は仰向けに倒れ込んでしまう。丁度そこは、ベッドであった。


「しょ、少尉?」

「私、強い人が好きです。死なないから。死んで、私の前からいなくならないから」


 そう言いながら彼女は俺の腹の上に馬乗りになり、パイロットスーツの胸元を少しはだけさせた。白い鎖骨が露わになる。


「少尉!? 何を――」

「和唐瀬大尉、抱いてください。私を包み込んでください。……私を、安心させてください」


 アビー少尉はそう言って、泣き腫らしたのとは別の赤みを頬にたたえた。その妙な色気に思わずどきりとしてしまうが――


「ウン、ダメだ少尉。今すぐ衣服をただして俺とベッドの上から降りなさい」

「……えっ。ナンデ?」

「俺は、君を、抱けない。説明するからまずは降りなさい」

「えっえっ、なんで!? なんでこの流れで抱いてくれないんですか!?」

「説明するから降りなさい?」


 そう何度も言うのだが、彼女は納得出来ないのか錯乱しているのか、マウントポジションを解こうとしない。


「よ、容姿の問題ですか? 私ってそんなに不細工ですか?」


 彼女は震える手で顔をなぞりながら、大粒の涙を流し始めた。


「違う違う違う! 誓って君は美人だよ!」

「……! え、えへへ、そうですよね。実はちょっと容姿には自信あったんですよね」


 そう言ってアビー少尉は平たい胸を張りながらドヤ顔になった。……オーケー、ちょっと扱い方がわかってきたぞ。しち面倒くさいが。


「ウン、アビー少尉。君は賢い子だと俺は確信している。話せばわかる人間だと信じている。……だからまずは、落ち着いて話せるように一旦降りてくれないかな?」


 そう言うと彼女は、すんなりとマウントポジションを解いてベッドから降りた。


「むぅ、顔ではないとすると……やっぱり胸でしょうか。ぺったんこはお嫌いですか?」

「あー、胸の大きさの好みは個々人のだな……」

「や、やっぱりぺったんこ嫌いなんですね!? ジェシカ少尉の二連恒星みたいなのがお好きなんですね!?」

「頼むからゆっくり説明させてくれないかな!? ああもう、落ち着け少尉! コーヒーでも飲んで落ち着こう、な!? ちょっと食堂で買ってくるから、ここで待っているように!」


 俺は急いで食堂へと向かいながら、アビー少尉の心情をはかっていた。――あれは恐らく、憧れを恋慕と履き違えた上、喪失感と不安から自棄になっているのだろう。ジェシカから教えてもらったBL小説で読んだぞ、そういう心情描写。ありがとうジェシカ。


((それはそれとして、抱いちゃえば良かったじゃん。不安感は本物なんだろうしさ、粘膜擦って気を紛らわせてあげれば落ち着いたんじゃない?))

((ダメに決まってるだろうが、10以上歳の離れた、しかも普通なら女子高生やってるような娘に手を出すとか殆ど犯罪行為だぞ! あと表現が最低!))

((真面目~))

((性分なんでね! あとそもそもガキじゃ勃たん))

((まぁ10以上歳離れてちゃあガキに見えるよね~。しかも思春期丸出しだし))

((ああ、未熟過ぎる……彼女はまだほんの子供だ))


 俺は食堂の自販機で缶コーヒーを2つ買うと、自室に戻った。


「待たせたな。さあ落ち着いて話し合おう……か……」


 俺は両手に持っていた缶コーヒーを取り落とした。無重力空間ゆえ床には落ちず、ただふわふわとその場を漂うだけであるが……俺の視線の先で、アビー少尉が俺のPCを眺めていた。その画面には、俺がメスガキ習熟のために買い揃えた、メスガキもの作品のファイル群が映っていた。


「……え、えと。その。すみません、手持ち無沙汰でつい見ちゃいました……」

「アビゲェエエエエエエエエイル!!!!」

「ぴゃああああああああああ!?」

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