第26話「メスガキは夜霧の徘徊者を襲う」

 アンティータム第4惑星「ポーター」の占領が終わると同時、連邦艦隊は進撃を再開した。次の目標は第3惑星「ダンカー」の占領と定められた。この惑星は資源打ち上げ用の巨大なマスドライバーが設置してあり、ここを押さえてしまえば帝国軍の補給を断てる上、他の惑星への大質量爆撃も可能になる。


 具体的には、最大出力でマスドライバーを使えば軽巡洋艦程度の質量を他の惑星に向けて飛ばせるのだ。……勿論そんなことをすれば、爆撃を受けた惑星に住んでいる住民は壊滅的な被害を受ける。人道主義を掲げる連邦軍には取りづらい戦術だ。


 しかし第一惑星「シャープスバーグ」は居住惑星だが、残る第二惑星「ロールバッハ」は無人惑星であり、ここへの大質量爆撃は何ら問題がない。


 つまりは第3惑星「ダンカー」のマスドライバーを押さえてしまえば、第2惑星「ロールバッハ」は事実上無力化出来るのだ。一挙両得の作戦というわけだ。


 敵もそれはわかっているのだろう、「ダンカー」を占領させまいと、とうとうリー大将の指揮する帝国軍艦隊が姿を現した。その艦艇数は連邦軍艦隊の1/3程度であった。航宙母艦の数だけでも、5隻対3隻と差をつけている。搭載ウォリアー機数は最大でも240機対144機と、こちらも大きく連邦優勢だ。


『総員戦闘配備、総員戦闘配備!』


 航宙母艦「ルイズタン」艦内に警報が鳴り、俺とジェシカはそれぞれ自機に乗り込んで待機した。ジェシカが不安げに尋ねてくる。


「こ、この戦力差ですし……か、勝てますよね?」

「ああ、そのはずさ」


 そう言いつつも、俺は一抹の不安を覚えていた。相手は名将と名高いリー大将だ。劣勢にも関わらず決戦を挑んでくるのだ、何か策があるはずだ。……そう考えるが、リー大将の頭の中なぞ見通せないし、俺はフォカヌポウ提督のような戦略眼もない。アンティータム星系全域にかかるガス雲の不気味さも相まって、ただただ不安だけが募る。


 ……そこに、フォカヌポウ提督からの通信が入った。ウォリアー隊全員に向けてだ。


『諸君、深追いだけはするなよ。敵に勝ち筋があるとしたら、それは引き込んで罠にハメることくらいのものだ。特にガス雲に突入する時は十分注意するように。……健闘を祈る』


 その言葉が終わるか終わらないかという時、連邦軍全ウォリアー隊に出撃命令が下った。ウォリアー隊が次々とカタパルトデッキに上がり、宇宙空間へと飛び出してゆく。俺とジェシカもだ。


「和唐瀬、フザール、出る!」

「ジェシカ、出ます!」


 宇宙に飛び立ち、編隊を組むことしばし。光学センサーが遠方の帝国軍艦隊を捉えた。彼らは非常にゆっくりとした速度で前進しており、ウォリアー隊も既に展開を終えている。俺たちは惑星「ダンカー」を左手側に見ながら対峙しており、右手側には分厚いガス雲が漂っている。……そして、敵ウォリアー隊は「ダンカー」とガス雲の間の何もない空間を、愚直に前進してきた。


 連邦軍ウォリアー隊にも前進命令が下り、敵ウォリアー隊と交錯する軌道で前進を始めた。……すると、衝突まであと1分というところで敵ウォリアー隊が変針し、ガス雲の中に飛び込んで姿をくらました。


 既にインナーメスガキに身体を預けてある俺は、彼女と対話する。


((やっぱりか。あの中で奇襲を仕掛けようって算段なわけだ……あの中じゃ視界が効かないからな、十分に注意しろよ))


「簡単に言ってくれるなぁ……まあ頑張ってみるよ」


 ウォリアー大隊長から通信が入った。


『ウォリアー隊、陽動攻撃を仕掛けるぞ。ガス雲に飛び込んで、すぐ抜け出す。敵の反応を引き出して意図を探るぞ』


 頷くと同時、今度はフォカヌポウ提督から通信が入った。


『ウォリアー隊、ブリントン少将から直々の命令だ。”強力な攻撃を仕掛け、敵の小細工を正面から破壊せよ” とのことだ。……バカバカしい。優勢を得た途端に調子に乗って無理押しとはな。……おっといかん、通信手。向こうはガス雲が近くて電波状況が悪いんでござったな? 今の命令、ちゃんと届いたでござろうか? 返信あるでござる? エッ、受信アンテナが故障? こんな時に? 今すぐ修理するでござる!』


 ……そこで通信は途絶えた。大隊長は苦笑する。


『おいお前ら、フォカヌポウ提督からの通信、聞き取れたか? 俺は電波状況が悪くて聞き取れなかった』

『『『私もでーす』』』

『だよな。んじゃ我々は予定通り陽動を仕掛けるぞー』

『『『うぃーっす!』』』


 ……このような具合で表現の自由戦士隊は、ブリントン少将の命令に半ば公然と反抗することになった。まあ仕方ないよな、無能臭いブリントン少将よりフォカヌポウ提督のほうが信頼出来るからな!


 連邦軍ウォリアー隊は、「ダンカー」方面を底辺にした長方形の陣形でガス雲に突入した。表現の自由戦士隊は最左翼だ。ちなみに練度が低い第二艦隊のウォリアー隊は、もはや捨て駒と割り切られたのか中央に配置され、その後方に第一艦隊のウォリアー隊が配置されている。


 俺たちは勢いよくガス雲に突っ込み――表現の自由戦士隊ウォリアー隊は、すぐさま上方向へと離脱しようとした。その瞬間。


「うわわわっ!?」


 まるで海に飛び込んだ人間を襲うサメのように、足元を敵ウォリアー隊が通り抜けていった。それも1個分隊6機ごとに密集した隊形で。


((やはり待ち伏せか! まあそうだよな!))


 表現の自由戦士隊はすぐにガス雲から抜け出したため損害はなし。しかし愚直にガス雲に飛び込んだ他の部隊はどうか。……ガス雲の中から、ほのかに爆発の光芒が閃いていた。


 大隊長が命令を下す。


『どうやらウォリアー隊をすり抜けて艦隊直撃ッて作戦じゃあなさそうだな……よしお前ら、肩透かし食らわせた敵さんと遊んでやろうぜ! だが中で暴れるなよ、俺たちは一撃離脱の通過攻撃に留める! 上から下へ、ガス雲を突っ切れ! GOGOGO!!』


 俺たちは再びガス雲へとダイブした。まっすぐ、上から下へと突き抜けるように。視界は2kmを切っている、ウォリアーの速度では2km先の敵なぞ視界に収めてから通り過ぎるまでコンマ2秒程度だ。だが……。


「はいそこ♡ 通り魔さんは死ね♡」

『グワーッ!?』


 インナーメスガキは横合いから迫り来る、こちらにマシンガンを向ける敵ウォリアーにビーム砲を叩き込んだ。それは6機編隊のうち1機で、他の5機はこちらに武器を向けることもなく飛び去った。そしてインナーメスガキもそのままジェシカを伴って飛び続け、ガス雲を突き抜けた。


『す、凄いですねインナーメスガキちゃん……どうやって察知したんですか?』

「いや純粋な反応速度だけど?」

『ワオ……』

「んー、でもなーんか違和感あるんだよねぇ……」


 インナーメスガキが訝しむ。俺も、敵の挙動には不審感を持っていた。


((ああ、視界が悪いのは敵も同じはずだ。なのに何故奴はこちらに気づけた?))

「そのくせ6機中5機がこっちに気づいてなかったぽいのも気になるねぇ」


 少し記憶を手繰ってみる。敵の陣形は、密集しつつ6機それぞれが別々の方向を向いて飛んでいたように思う。あの奇妙な隊形を維持したままガス雲の中を飛び続けているのだろうか。


((……もしかして、だが。奴ら、前方広範囲を索敵しつつ、同じコースをぐるぐる回ってるんじゃないか?))


「なるほど? 確かにそれなら自分の視界内に敵影が映った瞬間、引き金を引けば良いもんね。各隊ごとに周回コースが決まっていれば、味方を誤射することもない」

((ああ。そして連邦軍は、俺たち以外はガス雲の中を奔放に飛び回ってる。確率論的に、いつか周回コース上でぶち当たるってわけだ))

「敵との衝突事故も辞さない危険な作戦だけど……まあ劣勢の敵ならやりそうだよねー」

((おい、今の推測をジェシカに話してくれ。そして彼女の口から大隊長に伝えて貰え。いつ敵が作戦を変えて飛び出してくるかわからんからな、操縦はこのまま任せるぞ))

「はいはーい」


 インナーメスガキはジェシカと話し、ジェシカは納得して大隊長へと話を伝えた。


『なるほどな、面白い推測だ。それが本当なら、対処法は……よし、敵の巡回コースを割り出すぞ! 総員散開してもういっぺん突入! 突き抜けて敵との接触位置を記録しろ!』


 こうして俺たちは、2度3度とガス雲を突き抜け、敵との接触記録を取った。数機落とされてしまったが、相手の作戦に付き合いガス雲の中で文字通り闇雲に戦うよりは余程マシな被害だろう。


『――よし、大体割り出せたな。各機に敵の予想巡回ルートと予測現在位置を送った』


 敵の予想巡回ルートは、いくつもの分隊が円形に飛び回るというものだった。この円をガス雲の中に複数配置し、確率論的に敵と接触し、通過攻撃を仕掛ける――そういう作戦に思える。


『さあ、和唐瀬大尉とジェシカ少尉の推測が正しいか確かめるとしようぜ。……撃て!』


 俺たちはガス雲の上から、敵の予測位置上にあらゆる火器を叩き込んだ。あくまで予測に過ぎないので、多少のブレを考慮して広範囲に弾をばらまくようにする。


 ガス雲に吸い込まれていく弾幕を見送ること、しばし……果たして、ガス雲の中に爆発の閃光が見えた! そして敵は作戦が看破されたことを悟ったのか、ガス雲を飛び出して航宙母艦の方向へと逃げ出し始めた。少なくない数の機体が被弾している。


『追撃!』


 大隊長の号令がかかるや否や、表現の自由戦士隊は敵の背中に追いすがった。使用している機体はお互い同じ「リンカーン」なので、捕捉出来るのはジェットパックやスラスターを損傷した機体だけだ。――インナーメスガキとジェシカを除いては。


「ジェシカおねーちゃん、掴まって♡」

『はい!』


 インナーメスガキはジェシカの機体の手を取るや、全力での加速を開始した。「フザール」のジェット推力は相当に余力がある――それこそ人類が耐えられるギリギリまで――ので、ジェシカ機を牽引したまま敵に追いつくことなど容易だ。狩りが、始まった。


「くっふふ~♡ くらーいところを徘徊してぇ、かわいい女の子がいないか探してたおじさんたち♡ こっちから来てあげたよぉ♡」

『ウワアアア!? なんだこの羽付き!? 速すぎる!?』

「あれあれ、なんで逃げるのかなー? まさか女の子えものに襲われるとは思ってなかった? まあまあ、れるんならどっちでも良いでしょ? たっぷり襲ってあ・げ・る♡」

『あああああああ!?』


 インナーメスガキは敵機の背中にぴったり張り付いてはマシンガンを放ち、次々と撃墜してゆく。まるでロリサキュバスから逃れようとする中年男性を踏みつけ、屈服させてゆくように。


 ジェシカもまた、インナーメスガキに回避機動を乱された敵機を狙撃して順調に撃墜スコアを伸ばしていった。――2人で合計6機ほど仕留めたところで、推進剤の残量が心もとなくなったので追撃を中止した。


「味方は……まだ戦ってるねぇ」


 表現の自由戦士隊が担当する戦域の敵はこうして駆逐したわけだが、他の隊はまだガス雲の中で戦闘を続けているのだろう、時たま閃光や流れ弾がガス雲を斬り裂いている。


((ガス雲の中は通信も不安定だ、攻略法を伝える方法もない……一旦帰投するぞ))

「そうだねー、補給済ませて撤退援護くらいはしてあげなきゃね」


 こうして表現の自由戦士隊は一旦、「ルイズタン」へと帰投した。補給を済ませ再出撃し、味方の援護……は叶わなかった。ガス雲の中で大損害を受けた味方ウォリアー隊は、俺たちの補給が終わる前に士気を砕かれ敗走してきた。敵も推進剤の残量が心許ないのか、追撃はせずに撤退したのが幸い……なのだろうか。


 連邦軍ウォリアー隊の損害は、未帰還機90機に達した。対する敵は、おそらく40機を失った程度。表現の自由戦士隊の損害は5機程度であり、未だほぼ万全な戦闘能力を残していたが――全体としてみれば、ウォリアー戦は連邦軍の完敗だった。

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