第14話「脅迫」

 資材搬入場の奥の通路を進んでゆく。弾薬工場やら武器工場やら、要塞が包囲され補給が断たれた後も戦闘を継続するための施設群が見つかった――ただし、その機材は殆ど持ち去られていた。


「妙だな……元いた連邦軍の守備隊が、占領される前に持ち出したのか?」

『ど、どうでしょう? シャイロー星系は帝国軍の奇襲攻撃を受けたって話ですし、そんな時間があったとも思えないですけど……』


 ジェシカの言うとおりシャイロー星系は奇襲を受け、電撃的に占領されたという話だ。そして、たまたま近傍にいた(といっても3星系は先だが)俺たち表現の自由戦士隊艦隊が初期対応に駆り出されたというわけだ。


「では帝国軍が?」

『そ、それも妙な話だと思います』

「だよなぁ……」


 地表構造物が軌道爆撃で破壊されたとはいえ、俺たちが今いる要塞地下は無事で、防御機能は残っているのだ。都市ガイズに移転させるよりは、ここの方が余程守りやすそうなものだが。あるいは戦利品として星系外に持ち出してしまったのだろうか?


「ふーむ、さっきの投降兵、捕虜にして尋問しておけばよかったな……いや、この先で捕虜を取れば良いか」


 そうして要塞奥へと進んだのだが、なんの抵抗もなく要塞司令室までたどり着いてしまった。そしてその要塞司令室も無人、もぬけの殻であった。


「……これは、いよいよおかしいぞ。南側から攻めている正規軍の位置は?」

『激しい抵抗に合い、まだ地表開口部で戦闘中のようです』

「なら俺たちがこの要塞に一番乗りか。正規軍が占領して、連れ去ったわけではないと……」

『あっ、大尉! 微弱ですが生体反応がスキャンできました! すぐ近くです!』

「ウォリアーでは入れない位置だな。確認してくる」


 ジェシカから送られてきた座標を携帯端末に落とすと、俺はウォリアー備え付けのPDW(取り回しのよいアサルトライフルのようなもの)を手に、ウォリアーから降りた。


 索敵しながら例の座標に向けて進んでいくが、その経路上に敵兵は1人も居なかった。そして座標が指し示す場所には、捕虜収容所があった。


「おい、助けに来たぞ!」

「れ、連邦軍か!?」

「そうだ。正規軍じゃなくて民兵隊だがな」

「どっちでも構わないさ、助かったぜ!」


 PDWで錠前を撃って破壊し、扉を開いてやると、20人ほどの連邦軍兵が出てきたので、ひとまず彼らを司令室まで連れ出す。その道すがら、先程見た弾薬工場や武器工場について尋ねる。


「なあ、弾薬工場やらの設備がごっそり無くなっていたが、あれはあんたらがやったのか?」

「なに? 俺たちは手をつけていないぞ、なんせ奇襲を受けて殆ど抵抗すら出来なかった有様だからな」

「ふむ、となると帝国軍の仕業か……だが一体どこに持ち出したのやら」


 元捕虜たちを司令室近くまで連れてくると、俺はウォリアーに乗り込んだ。まだ後続の陸戦隊がここにたどり着いていないのを見るに、俺たちは並外れて突出していたようだ。暫くはここで待機し、味方との合流を待とう……そう考えていた時であった、オープン回線、かつ広域周波数で通信が入ったのは。


 ホロディスプレイに、帝国軍服を着た男が映った。胸のあたりに勲章をじゃらじゃらと着けている。


『私はラウジッツ辺境伯にしてシャイロー星系の新たなる領主、トゥメガ・アマイ少将である。連邦軍に告ぐ。直ちに戦闘を停止されたし』

「おっ、降伏でもするのか?」


 だが俺の希望的観測とは反対に、アマイ少将は不敵に笑った。


『1時間以内に戦闘を停止しない場合、また都市ガイズに攻撃を仕掛けた場合、こちらにはガイズを爆破する用意がある。我々は既にガイズの地下に大量の爆薬を仕掛け終えており、いつでも爆破できる状態にある。……そして、こちらは本星系での休戦に向けた協議を受け入れる準備があることを付け加えておこう。諸君らの理性ある振る舞いに期待する。以上』


 そこで通信は終わった。


「く、クソ野郎が……これは脅迫じゃないか! ガイズ市民の命を盾にした!」

『ひ、ひどいですね……』


 俺たちが憤っていると、フォカヌポウ提督から通信が入った。


『全隊戦闘を停止せよ! これは正規軍からの命令であり、私も同意したものである! ……アマイ少将の停戦要求はブラフの可能性もあるが、同時にガイズに爆薬を仕掛けたのが事実である可能性もある。下手に刺激し、ガイズ市民の命を危険に晒すわけにはいかない。全戦闘部隊は各自の安全を確保しつつ、交渉の進展を待つように。以上』


 ……厄介なことになった。そして敵が劣勢にも関わらず抗戦していた理由も、先程のアマイ少将の通信でわかった。


 アマイ少将は、こちらが都市ガイズに軌道爆撃を加えないことを見越して、対空兵器の類をガイズ市内に設置しておいた。連邦軍がこれを排除するには、まず都市に隣接した要塞を無力化し、側面の安全を確保しなければならない。


 そうしてウォリアー隊や陸戦隊が要塞に侵攻し、十分に深入りしたタイミングで、都市爆破を示唆する。こうすることで、ウォリアー隊や陸戦隊を事実上無力化出来るのだ。何せ俺たちが降下するタイミングで持ち込めた弾薬や燃料――そして食料は限られている。


 補給を受けるには輸送シャトルを下ろす必要があるが、それはガイズに設置された対空兵器によって妨害を受ける。これを避けるためには対空兵器の射程外に着陸する必要があり、そこから陸路で前線に物資を運ばねばならない――しかし、艦隊は陸運機材をあまり持っていないのだ。


 その理由は、通常なら艦隊の陸戦隊が降下するのは、制宙権を握り軌道爆撃で対空砲を破壊した後なので、補給シャトルを陸戦部隊の近くに直接降ろせるからだ。


 しかし部隊と補給シャトルの着陸地点を離さざるを得ない現状、陸運機材が足りず前線各部隊への補給がままならなくなる。


 パラシュートで要塞付近に直接物資を投下という手もあるが、まだ要塞が持ちこたえている以上、これは空爆と見做されかねない。ガイズ爆破の口実を与えることになる。


 ……詰んでいる。俺たちが補給切れで動けなくなるのを避けるには、退却しかない。


「くそっ、最悪の奥の手だな……」


 少なくとも、前線のいち兵士である俺には打てる手立てが何もない。フォカヌポウ提督の言う通り、交渉の進展を待つしかないだろう。ウォリアーのシートにどっかりと身を投げ出し、待機を決め込んでいると、先程解放した捕虜が声をかけてきた。


「おーい、ウォリアーのパイロットさん! ちょっと話があるんだが……」

「なんだ?」


 ウォリアーを降り、彼らのところに向かった。


「さっきの放送、聞いてたぜ。あのアマイ少将とやら、とんだクソ野郎だな。ガイズを、俺たちの故郷を盾にしやがって……」

「ああ、心情は察する……」

「だがな、状況を打開する方法があるかもしれん」

「なんだって?」

「奴さん、ガイズの地下に爆薬を仕掛けたって言ってただろ? ガイズを吹っ飛ばせるような、大量の爆薬を仕掛けられる地下空間なんてのは限られている……建設中の地下市街地くらいのもんだ」

「ふむ……だが察するに、それはガイズの真下にあるんだろ? ガイズ市外から入り込めるルートがあるのか?」

「下水道なんかはあるが、当然それは警戒されてるだろうな……だがよ、俺たちは1つだけ、奴らが警戒してなさそうな侵入ルートを知ってるんだ」

「本当か、教えてくれ!」

「ここだよ。この要塞から、地下市街地へと伸びる非公式のルートがある。さっき入り口を確認したが、占領してた帝国軍が踏み荒らした様子もなかった」

「待ってくれ、それは有用そうだが……そんな都合の良いルートが本当にあるのか?」


 そう問うと、もと捕虜はニヤリと笑った。


「あるんだなぁ、これが。何せ俺たちの上官すら気づいていなかったからな。……実は俺たち要塞駐屯兵はな、勤務中にこっそりガイズに飲みにいくための秘密のルートを作っていたのよ。ウォリアーを使ってな」

「何やってるんだお前らは!?」


 撃破した民生用ウォリアー2機が持っていた、ショベルアームの用途がわかってしまった。あれ要塞拡張用じゃなかったのかよ!


「そう言うなよ、要塞勤務は暇なんだよ……」


 そんな勤務態度だからまともな抵抗も出来ずに要塞が落とされたんじゃないか? そう言いたくなったが、ぐっと堪えておいた。


「とにかくだ、そのルートなら無抵抗で地下市街に忍び込めるはずだ。これを使って爆弾を無力化出来ないか、あんたらの上官にかけあってみてくれ」


 秘密のルートとやらの建設経緯はクソだが、確かに彼の言う通りだ。試してみる価値はあると思う。俺はウォリアーに戻り、フォカヌポウ提督との通信を確立し、事情を話した。


「――というわけです。件のルートから突入し、爆弾を無力化することは可能なように思えます」

『確かに、本当なら魅力的な話ではあるが……野心的過ぎるな。問題が2つある。まず、アマイ少将が仕掛けた爆弾が、本当に地下市街に仕掛けられたのか不確定であること。そして2つめ、これが最大の問題なのだが……君たちの位置に送れる兵力がない』

「兵力が? 俺たちの後続の陸戦隊は?」

『まだ要塞外だ。そしてアマイ少将は先程、”これ以上の前進”を禁じてきた。前進すればガイズを爆破する、とな。そして要塞内に突入した他部隊も、帝国軍に道を塞がれていてそこには到達不可能だ』

「くそっ……」

『……だが、何もしないよりはマシなようにも思う。アマイ少将の狙いは、我々を一旦宇宙にまで退かせることだろう。そうして要塞を再建して抗戦を続けつつ、救援の艦隊を待つ……そういう心積もりであると読む。我々が退いてもガイズの爆弾がなくなるでもなし、そうなってしまえば状況は今よりも悪くなる』

「では」

『うむ……和唐瀬大尉、もし君が可能であると思うならば、その作戦を実行することを許可する。偵察にとどめ、不可能と思えば引き返してもよい。どのような結果になろうとも、全ての責任は私が取ろう』

「提督……」

『何の支援も出来ないことを心苦しく思う。新米士官である君にこのような大任を与えることも、軍人として不適切な判断だと思う。……しかし、どうしても賭けてみたいのだ。帝国軍に占領されたガイズ市民の苦しみを、今取り除くことが出来るかもしれない、その可能性に』

「はい、提督。俺も同じ気持ちです。……やれることを、やってみます」

『ああ、頼んだぞ、和唐瀬大尉』


 通信を切り、大きなため息をつく。提督は「偵察にとどめ、不可能と思えば引き返してもよい」と言ってくれたが、それでも危険な任務になる。


((ふふーん? 危険だと思っているくせに、やる気なんだぁ?))

「ああ。ガイズの市民を救えるかもしれないんだ、やってみる価値はある」

((うっわぁ、綺麗事~。もっと単純に考えようよぉ、あの気に食わないアマイ少将の鼻を明かしたい~とか、潜入中に帝国兵を殺して復讐心満たしたい~とかさぁ))

「勿論、そういう気持ちもあるさ。……だがな、お前に言われて気づいたんだよ。復讐なんて虚しいってな。それよりは、誰かを守るために戦うほうが余程有意義だ」

((気持ち悪ぅ……ヒーロー気取りってわけ? いい歳してそんなこと言って、恥ずかしくないのぉ?))

「恥ずかしいさ。だがな、生きる意味、そして命を賭ける意味としては上等だとも思う」

((くっだらない自尊心と承認欲求が満たされるだけだよ~?))

「そうかもな。いや、そうだろうな。これは俺のエゴだ。……復讐以外に生きる意味を見いだせなかった俺の、前向きなエゴだ。悪いが付き合って貰うぞ」

((まぁ構わないけどぉ……そういう時はちゃんと、お願いしなきゃねー? 地面に頭擦りつけてぇ……))

「黙れ、メスガキ」

((くふふふふ……))


 内なるメスガキは黙った。どこか満足そうに。


 俺はウォリアーから降り、ジェシカともと捕虜たちを呼んで作戦を説明した。危険な作戦だが、全員が「やってみよう」と頷いてくれた。無辜の市民を守るため。あるいは故郷を守るため。

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