2章 メスガキ対メスガキ

Section-1: 有翼メスガキは宙を駆けた

第19話「新型機コンペ」

 シャイロー星系を発ち1週間。俺たち表現の自由戦士隊艦隊は、チヨダ星系にたどり着いていた。恒星チヨダを中心に公転する4つの惑星がある。そのうちの1つ、第2惑星「ネオアキハバラ」が表現の自由戦士隊の母港だ。この惑星はエレクトロニクスを中心に発展した星であると同時に、サブカルチャーも盛んなことで有名だ。


 航宙母艦「ルイズタン」はネオアキハバラの衛星軌道上にあるドックに入港すると、修理と改修のため乗組員たちには退艦が命じられた。俺も手荷物をまとめて艦を降り、シャトルに乗り込んだ。


 向かいの席にはジェシカが座っている。全身包帯だらけで痛々しい姿だ。


「ジェシカ、お前はこれから病院行きか?」

「い、いえ、買い物を終えたら宿舎でのんびり過ごす予定です。骨折も殆ど治ってますし、軽くリハビリしつつ……ずっと観れなかったアニメとかを消化します」

「それは何よりだ。ゆっくり安めよ」


 現代医療とは凄いもので、複雑骨折でも1週間程度で完治してしまう。


「大尉はどうされるんですか?」

「俺は機体の選定が終わったあと……さて、どうしようかね。これいといって趣味がないからな、こういう時に困る」

「で、でしたら、これを機にサブカルチャーを試してみるのは如何でしょう……? ネオアキハバラなら、ハマッた作品のグッズもすぐに買えますし」


 今までの俺なら「興味ない」と一蹴していたところだが……フォカヌポウ提督にもらったメスガキもの作品のなかには、俺でも楽しめる作品が幾つかあった。少し触れてみるのも良いかもしれない。


「なら、何かオススメの作品を教えてくれ」

「……! はい、わかりました! すぐに送りますね!」


 そう言うやジェシカは物凄い勢いで携帯端末を操作し、次々と俺にウォッチリストを送りつけてきたのだが……その殆どがBLものだ。


「ちょっと待て、俺は異性愛者ストレートだ」

「いえ、これはストレートの方々でも楽しめる作品です! リストのトップ、この作品はスペースベースボールに青春をかける少年たちの物語でして、逆境から立ち上がる展開とか、厚い友情が織りなすチームプレイとかが……」


 ジェシカはオタク特有の早口で作品の概要とアツいポイントを説明し始めた。ちょくちょく「尊い」だの「心のチンポが勃つ」だのといったワードが飛び出すが、熱意だけは伝わった。


「わかった、わかったよ。観てみるよ」

「ありがとうございます! あ、ちなみにこの作品、いま劇場版やってるので早めに観終われば映画まで楽しめちゃいますよ!」

「わかった、わかったから……」


 そうこうしている内にシャトルはネオアキハバラの宙港に降り立った。ジェシカと別れ、俺は新機体選定コンペが行われる演習場――表現の自由戦士隊の訓練施設へと向かった。


 惑星と同名の都市ネオアキハバラの外れ、ヒビヤ・パーク。ここが表現の自由戦士隊の本拠地であり、訓練施設も備えている。宿舎の周りでは、歩兵課程の新兵たちが卑猥な行軍歌(なんらかのアニメのアレンジバージョン)を歌いながらランニングに励んでいる。


 屋外訓練場では、いつもならウォリアー訓練生たちがウォリアーの操縦を練習しているところだが……彼らは今、見学席に座って興味深そうに訓練場を眺めている。というのも、訓練場には訓練機ではない、コンペに使う新型機が幾つも置かれているからだろうか。


 フォカヌポウ提督が到着し、声をかけてきた。


「ごっめ~ん、待った?」

「今ついたところです」

「そこは『ううん全然♡』でござるよ大尉ィ~。まあ良いでござる、では早速機体コンペを始めるとするでござる」

「はい、お願いします」

「メーカー各社に実機を持ってきて貰ったでござるから、実際に操縦してから決めて貰いたいんでござるが……ついでといっては何でござるが、訓練生たちに『エースの動き』を見せてやって欲しいんでござる」

「ああ、それであんなに見学者が……」

「見るのも勉強でござるし、何より士気が上がるでござるからねぇ、集めておいたでござる」

「わかりました、善処します」

「よろぴく~」


 俺と提督は屋外訓練場に入ると、ウォリアーメーカーのセールスマンたちがやってきて挨拶した。ギャラティック・ダイナミクス社、ロンバス・ヘヴィインダストリ社、ツェペル・スペースクラフト社の3社だ。


 最初に、ギャラティック・ダイナミクス社の機体説明から始まった。テストパイロットが機体を立ち上げ、こちらに歩いてくる。俺が乗っているウォリアー、「SW-01A4」――通称「リンカーン」とほぼ同じ外見だ。強固な胴体前面装甲、細めだが素早く動く腕、そして少し太めの脚。


「こちらはSW-01B1、兵士の皆さんには『スーパーリンカーン』と呼ばれている機体です。和唐瀬大尉が乗っていらっしゃるリンカーンの強化改修版ですね。制式名称が与えられていることからわかりますように、既に正規軍でもエースパイロット向けに少数が納入され、運用実績があります」

「ふむふむ」

「特徴としましては、ずばり『リンカーンの正統進化』です。装甲厚はそのままに、応答速度や機動力を約30%強化してあります。操作感はややピーキーですが、リンカーンと操縦系統自体は同じですので、すぐに慣れるでしょう。あとはまあ、正規軍に納入実績がありますし、予備パーツが豊富にあるのもメリットと言えますね」

「なるほどね、運用面でも負担が少ないと。ひとまず乗ってみよう」


 俺は早速スーパーリンカーンに乗り込んでみた。コクピットの形状はリンカーンと変わらない。操縦系統が同じなのは好ましい、機種転換訓練が少なくて済むからな。

 インナーメスガキに身体を預け、少し操作させてみるとしよう(もちろん無線は切ってある)。


「んじゃ……いっくよー♡」


 インナーメスガキはホバーでの前進、ジェットでの跳躍や空中機動を試した後、訓練場に設置された標的に向けマシンガンを放った。激しい機動をしながらの射撃も、全弾が標的に命中。近接戦用の標的バルーンに接近し、振動剣を抜き放って斬り裂く。――その全ての動作が、今までより素早く、キレがあったように思える。


((どんな感じだ?))

「うんうん、良い感じ。面白味はないけど正統強化版~って感じで扱いやすくて良いねー」


 インナーメスガキも好感触を持ったようだ。セールスマンたちのところに戻って操作感を伝えてやると、ギャラティック・ダイナミクス社のセールスマンは満足そうに頷いた。反対に、不服そうに割り込んできたのはロンバス・ヘヴィインダストリ社のセールスマンだ。


「確かにギャラティック・ダイナミクスさんの製品は扱いやすくて良いでしょうがねェー、これからの時代は火力ですよ火力! 見てくださいよウチの製品を!」


 彼が指差す先で、ロンバス・ヘヴィインダストリ社のウォリアーが立ち上がった。相撲取りめいたずんぐりした胴体に、これまた丸太のような腕と脚。一目で重装甲が施されているとわかる上、両肩には巨大な砲が載っていた。そして背中から生えるサブアームには、10mを超す大剣が保持されている。


「こちらは通称『セキトリ』。超重装甲と大火力で敵を圧倒する漢のマシンです! 両腕にはガトリング砲、両足にはミサイルを内蔵! そして肩にはビーム砲を標準装備!」

「1つ聞きたいんだが、武器を内蔵する意味ってなんなんだ? ウォリアーは自在に武器を取り替えられる汎用性が強みだろ?」

「それはですねェ、内蔵武器は機体側の冷却装置が使えるので、砲身加熱を気にせず連射出来るというメリットがあるからですよ。特にこれは宇宙空間で顕著ですねェ」

「なるほどね」


 大気がない宇宙空間では熱の逃げ場がなく砲身の冷却速度が遅いため、あまり長時間連射し続けることは難しい。確かにそういう意味では、宇宙でも長時間連射出来るというのは火力の面で大きなメリットと言えた。


「それと、ご要望のあったオプション装備『オオタチ』もお持ちしましたよ。宇宙艦すら斬り裂ける大業物です!」


 セキトリが背負っている、10m超の大剣のことだろう。これは俺が興味を持って注文しておいたものだ。


「助かる、では早速乗ってみよう」


 俺はセキトリに乗り込み、メスガキに身体を預けた。先程と同じように機動しながら射撃してみたり、オオタチを振るってみたりしたが――遅い。遅すぎる。重装甲が邪魔をして、あらゆる挙動が遅いのだ。唯一、重い機体を推進させるために背部ジェット・パックは大出力になっており、直進性能だけはずば抜けているのだが、スラスターを使った細かい機動はかなりもったりしている。


((どうだ?))

「全然ダメ。まっすぐ敵の群れの中に突っ込んで、大火力をばら撒く~みたいなことは出来そうだけど、この腕の遅さじゃ照準を合わせる前に逃げられちゃうね~」

((ああ、俺もそんな気がするよ……))


 セールスマンのところに戻って使用感を伝えると、彼はしょんぼりと肩を落とした。ちなみにウォリアーメーカーは、前身が戦車メーカーか航空機・航宙機メーカーかでかなり機体の毛色が変わる。前者なら装甲を重視しがち、後者なら機動力を重視しがち、といった具合だ。


 今しがた乗ったセキトリを作ったロンバス・インダストリは戦車メーカー、ギャラティック・ダイナミクスは戦車・航宙機両方、そしてツェペル・スペースクラフトはその名の通り航宙機メーカーだ。


 最後に残ったツェペルのセールスマンが、自社製品の説明を始めた。


「私どもがお届けするのは、ずばり『圧倒的な機動力』。弊社の新製品『フザール』は極限まで装甲を削ぎ落とし、大出力の背部ジェットとスラスターで敵機の追従を許しません。脳波制御のほうも最新の量子コンピューターで処理し、圧倒的な反応速度を誇ります」


 新たに立ち上がったのは、かなり細身のウォリアー。優美な曲面をもつ胴体前面装甲、細身の手脚。そして一番目立つのは背部の、羽のように広がる複数本のジェットパックだ。


「あの羽のようなジェット・パック、『ウィング』は大尉のご要望でしたね。いやぁ嬉しいです、かなり機動力が上がる代物なのですが、扱いきれないのか誰も注文してくださらないんですよ」

「まあ、機動力が上がるってことは操縦が難しくなるってことだからな」

「ですねぇ。実際、弊社のテストパイロットたちも次々と衝突事故を起こした挙げ句『これは人類が扱える代物ではない』とか言ってましたからねぇ」

「クッソ不安になってきたが、素直なのは良いことだな、うん……まあ乗ってみるとしようか」


 俺はフザールに乗り込み、メスガキに身体を預けた。彼女は今までと同じようにジェットで飛行しようとしたが――


「うわわわわ、ナニコレ!? 感度が良すぎてッ……」


 空中で錐揉み回転。立て直そうとジェットを吹かすも、出力が強すぎて逆回転を始める。そんなことを複数回繰り返しているうちに、機体が安定してきた。


((だ、大丈夫か?))

「なんとかね……でもちょっとコツが理解ってきたよ。んじゃ、試してみよっか……なっ!」


 全力でジェットを吹かして標的に接近。マシンガンを叩き込むや、1本1本が独立して動く『ウィング』を使用し、複雑な軌道を描きながら離脱。再び突入し振動剣で標的バルーンを刺し貫いた。


「うんうん、良い感じ。使いこなせれば一番よく戦えるんじゃないかなー? Gはヤバいけどね!」

((ああ、Gだけは本当にヤバかったな……ちょっとだけで良いから抗慣性装置を強化してもらおう))


 セールスマンのところに戻り、使用感を伝えると彼は驚いていた。


「まさか本当に使えるとは思ってませんでしたよ。なんせテストパイロットの墜落率が80%を超える代物ですからね」

「なんでそんな製品売ろうと思ったの御社??」

「エースパイロットならもしかして、と思いまして……」


 その後は、宇宙空間に上がって同様に3機の試乗を行った。それが終わると、フォカヌポウ提督とセールスマンたちが集まってきた。


「さて、大尉。どの機体にするでござるか?」

「では――」


 俺とインナーメスガキは試乗中も話し合い、どれに乗りたいか意見を交わし合っていた。といっても、実際に操縦するのはインナーメスガキなので、彼女の意見を尊重するかたちになるが。


「――ツェペル・スペースクラフト社の『フザール』でお願いします。抗慣性装置は強化した上で、ですが」


 機動力を活かした戦いは、インナーメスガキの戦い方と最も相性が良い。そういうわけで、俺たちが選んだのは最も機動力が高い「フザール」だ。……まあ、インナーメスガキが細身のデザインを気に入ったというのも大きいが。デザイン面では俺は「セキトリ」が好きなので、人格の独立が進んでいるのかもしれないな。


「よろしい。んじゃセールスマン殿、フザール1機と予備機としてさらに2機、それと各種予備部品を3セットお願いするでござる。抗慣性装置の強化も含めて」

「ありがとうございます!!」

「提督、予備機2機も必要ですか……?」

「大尉、これは新型機でござるよ? しかも運用実績のない。稼働率は50%を下回ると踏んでいるでござる、故に機数を増やしていつでも出撃出来る機体を確保しておくんでござるよ」

「な、なるほど……ちなみにフザールの稼働率は?」

「先程もお話した通り、テストパイロットの墜落率が驚異の80%超えですので、基本的に毎回大規模な修理をしてからの運用になっているんですよねぇ。そういう意味では正確な稼働率は誰にもわかりませんね、HAHAHA!」

「HAHAHAじゃねぇ!?」

「ま、まあ納期はなるはやで頼むでござるよ~、いつ出撃命令が下るかわからんでござるからねぇ」


 ――こうして、俺に与えられる新機体はフザールに決まった。稼働率については大幅な不安が残るが、これでさらに戦果が上がると思うとワクワクしてくる。


 ……コンペが終わったあと、パイロット訓練生たちに囲まれてウォリアー操縦のコツを聞かれた。しかし俺はまさか「心にメスガキを宿せ」とは言えず、当たり障りのないことしか言えなかった。訓練生たちは「やはり基本が肝要ということか」「1日27時間ゲームに打ち込めた俺だ、同じように訓練すればいずれ和唐瀬大尉のように……」などと誤解してくれたので、まあ良しとしよう。基礎訓練は無駄にはならないだろうしな……。

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