第30話「偽のメスガキ」
『――リー大将に、命令されました。表現の自由戦士隊に潜入し、謎のエースの正体を探り、無力化しろと。……ね、ちゃんと命令通りでしょう? 和唐瀬大尉』
アビー少尉は確かにそう言った。何を言っているのか理解出来ない、したくない――そういう感情とは裏腹に、俺の中の冷静な部分が、生来持ち合わせた生真面目な気質が、無慈悲に理解を進めてしまう。
「じゃあ、やたらと俺を慕っていたのは」
「取り入るためです」
「強引に同衾を迫ったのも」
「ええ、ハニートラップです。……私が処女のまま情報を抜けたのは予想外でしたけどね。その点は大尉の理性に感謝しなければなりませんね」
「なるほどね、そうとは夢にも思わなかったよ。……功を焦っているように見せたのも演技か?」
「ええ。あの撃墜したパイロットには可哀想なことをしましたが……ああしておけば、よもや私がスパイだなんて思いもしなくなるでしょう? それに、パイロット1人の犠牲で貴方が無力化出来るなら安いものです」
「ああ、実に合理的だアビー少尉。……しかし幾つか気になることがある。どこまでが演技だった?」
「どこまで、とは」
「ラウール大尉の死を……仲間の死を嘆いていたことだ」
アビー少尉は、紆余曲折を経てラウール大尉含め小隊全員と仲睦まじくしていた。そしてラウール大尉の死を受けて流した涙。あれが演技だったとは思いたくなかった。
「勿論、演技です」
「嘘だ、アビー少尉」
俺がそう反論したのは、何も個人感情からだけではない。アビー少尉の声が僅かに震えていたからだ。彼女は人の心を捨てたわけではない。まだ、まだやり直せる。いや、16歳の少女にやり直す機会を与えねばならない。俺はそう信じて言葉を続ける。
「あんなに仲間たちと楽しそうにしていたじゃないか。目をかけてくれたラウール大尉にだって恩義を感じていたはずだ。お前はまだ……」
「うるさい!!」
アビー少尉の絶叫が響いた。
「……嫌ですよ、私だって。見知った人たちを裏切るなんて嫌ですよ。でも仕方ないじゃないですか、そうしないと領地が、領民が守れないんですから」
「なに……?」
「私はね、帝国貴族なんですよ。女ゆえに継承権はないですけどね。……父も兄も連邦との戦いで戦死して、継承者のいなくなった領地と領民は、名も知らぬ縁戚の手に渡るはずでした。でも私はそれが嫌だったんです。父や兄が努力して育て上げたそれらが、人の手に渡るのが嫌だった。だから私は皇帝陛下にかけあった。女の身である私にも継承権を与えてくれるようにと。なんでもするから、と」
「……そして求められたのが、これか」
「はい。最初はフォカヌポウ提督に対する密偵任務だったんですけどね。……そこに貴方が現れた。またたく間に十機を超すウォリアーを落とした和唐瀬大尉。これを無力化しろ、そうすれば帰還を許し、継承権を与える。そう言われました」
彼女は新米少尉に過ぎない。ずっと前――恐らくは6ヶ月は前に表現の自由戦士隊に入り、訓練を受けていたはずだ。艦隊に配属され、フォカヌポウ提督の動向を探るため。しかし途中で任務が切り替わったというわけか。恐らくフォカヌポウ提督より、俺のほうが危険――あるいは無力化した時に士気に与える影響が大きいと判断されたため。
「だがアビー少尉、それは無理な相談だ。俺の――インナーメスガキの力は知っているだろう。この状況からでもお前は負ける。悪いことは言わない、投降しろ。いま投降すれば、軍法会議でいくらか弁護してやることも出来る」
「それこそ無理な相談ですね。だって、本当の貴方は弱い。何故なら貴方はメスガキではないから。どんなに真似しても、別人格を作り出しても、貴方はメスガキではない」
「なに?」
「だって貴方は男じゃないですか! 私よりずっと大人じゃないですか! そして貴方はそれを行動によって証明してしまいました、私を抱かないという選択によって! 理性ある大人として振る舞っていた貴方が、いくら口調だけメスガキを真似ても、絶対にメスガキたり得ない!」
「なっ……」
((もういい和唐瀬、操縦代わって! 話はぶちのめした後にしよう!))
俺はインナーメスガキに促されるまま、身体の操縦権を彼女に手渡した。
「べらべら喋る時間は終わりだよぉ、アビーちゃん♡ 機体から引きずり出したあと、じっくり……ッ!?」
機体を動かそうとするインナーメスガキが驚愕する。メスガキ化による身体強化が、弱い。いつもより遥かに引き出せる力が少ないのだ。
「考えてみてインナーメスガキちゃん。いや、メスガキですらない別人格ちゃん? ちょっと年嵩かもしれないけど、和唐瀬大尉に子供と見做された私と、成人男性から生み出された人格で、しかも男の身体を使うしかない貴女。どっちのほうがより子供で、女の子で――メスガキかな? そう、メスガキっていうのはね」
アビー少尉は振動剣を構え、じりとにじり寄ってきた。
「私みたいな女の子のことを言うんだよ。成人男性を釣って! 気持ちを踏みにじって! 馬鹿にする! ――和唐瀬大尉、私は貴方のメスガキ化を受け入れると言いましたね……あれは嘘です。心底気持ち悪い。いい歳した大人がなにしてるんですか?」
((ッ……この、メスガキ……!))
「ば、ばか和唐瀬! それを認めちゃったら……!」
「そうだね。私の方がよりメスガキに近いって証明になっちゃうもんね? さあ和唐瀬大尉、インナーメスガキちゃん。リアルメスガキを目の前にして、自分たちは本当にメスガキだと言い切れるのかな? 言えるわけないよね、本物を前にして虚勢を張れるほど和唐瀬大尉は不真面目じゃないもんね♡」
アビー少尉の言葉がざくざくと俺の心に刺さってゆく。それに応じてインナーメスガキの力が弱まっていくのを感じる――そしてその隙を見逃すアビー少尉ではなかった。とうとう、振動剣を構えて突進してきた。
「くっ……!」
インナーメスガキがマシンガンを発砲。しかしアビー少尉はそれをひらりひらりと避ける――VRゲームで見たのと同じ動きで。そうだ、彼女のパイロット技能は高い。そして得意とするのは白兵戦だ。絶対に近づけてはならない。
そうわかっているというのに、マシンガンの弾は1発たりともアビー少尉の機体に当たらなかった。動体視力が平素の俺並に落ちているため、アビー少尉の機動を読みきれない。それに操作感がピーキーな「フザール」の特性も、平素の俺並に落ちた身体能力では負担となる。マシンガンの制御すらおぼつかない。
「どうやら無力化には成功したようですね。……なら、命まで奪う必要はないかな」
「ナメ……ないでよね!」
弾幕を掻い潜って接近してきたアビー少尉に、振動剣を振り下ろす。鍔迫り合い。そしてインナーメスガキは全力で、前進するようにジェットを吹かした。これなら簡単な操作で、機体の出力差でアビー少尉を押し切ることが出来る――そう考えた刹那、アビー少尉が半身を開いてインナーメスガキを受け流す。
「あっ……!? きゃあっ!?」
インナーメスガキは機体の制御を失い、スロープの床に激突した。「フザール」の両手がひしゃげる。そしてアビー少尉は、擱座した「フザール」の両足にマシンガンを撃ち込んで破壊した。
「弱いですね、和唐瀬大尉。本当の貴方はこんなに弱いんです。16歳の女の子にも勝てないくらい、弱いんです。……ならもう、追いかける価値もないですね。さようなら」
アビー少尉はそう言って、スロープを降りていった。姿が見えなくなる一瞬前、彼女は一瞬だけ足を止めた。
「……この手が通じるかは、大尉の真面目さにかかっていました。でも、通じたってことは本当に真面目で……理性的なんですね。そういうところは、好きでしたよ」
彼女はそう言ったきり、今度こそ去っていった。
「ち、畜生……」
俺はインナーメスガキから身体の操縦権を取り戻し、コクピットから這い出した。無事だったらしいジェシカも自機から脱出し、駆け寄ってきた。しかし俺はそれを気にもとめず、擱座した「フザール」の装甲板を叩いた。
「畜生ォーッ!!」
裏切られたこと。メスガキ化を否定されたこと。……自分の無力さ。それらが、どうしようもなく悔しかった。
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