第8話「星の瞬きにメスガキを見た」

 シャイロー第三惑星「ピッツバーグ」の前面で反転し帝国軍艦隊へと針路を向けた表現の自由戦士隊艦隊は、戦闘陣形を組んで前進していた。2隻の重巡航艦を先頭に、4隻の軽巡航艦に上下左右を囲まれた航宙母艦「ルイズタン」、2隻の軽巡航艦と続く、紡錘形の陣形だ。


 これは反航戦――相手とすれ違いながら砲撃を交わす戦い――のための陣形だ。宇宙艦の最高速度は時速400万kmにも達するが、今は時速4万km程度にまで減速している。速度が早すぎると、相手に照準を合わせることが出来ないからだ。


 そして俺たちウォリアー隊は、艦隊のはるか前面を飛翔していた。フォカヌポウ提督から通信が入る。


『ウォリアー隊、くれぐれもここで落ちてくれるなよ。諸君らが主役を飾るのはもっと後なのだからな』

「「「了解!」」」


 俺たちの今回の任務は、「義務的に襲撃すること」だ。こちらの艦隊は数的劣勢にも関わらず艦隊戦を挑むので、「その理由」を相手に誤認させておく必要がある。


 つまり「ウォリアー戦で勝って航宙優勢を取り、ウォリアーで何隻か艦を沈め、艦隊の数的優位を勝ち取る」腹積もりだと、帝国軍に誤認させるのだ。


 丁度、帝国軍の航宙母艦からウォリアーが次々と射出されてきたことが、レーダーからわかった。その数、40機。対する俺たちはわずか32機に過ぎない。まともに考えれば、こちらが負ける。


 敵ウォリアー隊との距離がぐんぐん縮まってくる中、ウォリアー戦隊長から通信が入る。


『良いかお前ら、俺の合図で撃てよ。そしたら後は……打ち合わせ通りに、だ!』

「「「了解!」」」


 敵ウォリアーは未だ肉眼では見えない。しかし武器の照準システムは敵を捉えている。広い宇宙では、人間の目よりも機械の目のほうが余程優秀だ。とはいえ、砲弾やミサイルは光よりも遥かに遅いので、あまり遠距離から撃っても「砲光を見てから避ける」という芸当が容易に出来てしまう――だというのに、戦隊長は号令をかけた。


『撃てッ!』


 キャノンの120mm砲弾、マシンガンの40mm砲弾、そしてパンツァーファウストの240mmロケットが一斉に放たれた。そして俺たちは各機がバラバラに、大きな円弧を描くようにして引き返し始めた。


『畜生、こんな無謀な戦いやってられっか!』

『おい、逃げるな! 敵前逃亡だぞ!』

『自殺命令なんかに従えるかよーッ!』


 ――などとオープン回線で叫びながら。


 敵ウォリアー隊は俺たちの初撃をたやすく回避すると、そのまま追ってきた。こちらは円弧を描いて引き返す運動、対する敵は直進運動から少々ベクトルを変えるだけ。追いつかれるのは必至だ。


 ――ただし、追いつかれる地点は味方艦隊の防空網の中だ。そうなるように計算し、射撃・離脱したのだ。


 前方に味方艦隊がぐんぐん近づいてくる。それと同時に、後方側面から敵ウォリアー隊も近づいてくる。


『ウォリアー隊、引き返すな! 戦え! 戦え! ――ええい仕方ない、艦隊防空網の中で体勢を立て直せッ!』


 そうフォカヌポウ提督から通信が入ると同時に、味方艦隊の防空火器が打ち上げられた。まるで混乱しているかのように、殆ど乱射状態だ。


「はは、対空班の奴らも演技が上手いな」


 ――そう、ここまでの動きは演技だ。「無謀な攻撃を命じられたウォリアー隊が抗命し、義務的な攻撃だけして引き返した」という。そしてここから先は、敵ウォリアー隊の出方次第だ。勝機と見てこちらの防空網の中に突っ込んでくるか、それともそれは無謀と見て逃げるか――敵はそのまま突っ込んできた!


「くそっ、こうなるか……!」

『少尉!』


 ジェシカ機が寄ってくる。バラバラに逃走したように見せておきつつ、引き返す機動の中で隊列を組み直しておいたのだ。


「ああ、やるぞ!」


 妨害電波は既に発せられており、極めて近傍でないと通信は不可能な状態にある。つまりメスガキロールプレイをしても、ジェシカや接近してくる敵以外にはバレない。丁度、俺とジェシカに向かって3機の帝国軍ウォリアーが向かってきていた。やるしか、ない。


「おじさんたち、あたしの……ッ」


 ――息が詰まった。裏声を出すのに失敗したのではない。羞恥心だ。羞恥心が邪魔し、喉の筋肉が緊張しているのだ!


 だっていくら理解してくれたとはいえ、ジェシカは女性だもん! やっぱり女性の前でメスガキロールプレイなんてしたくねぇよ!


『わ、和唐瀬少尉?』


 ジェシカが案ずるような声をかけてくる。お前が居るせいだ、とは言えなかった。彼女が俺のメスガキロールプレイを知ってしまったのは事故のようなものだ。彼女は悪くない。


 だがそれはそれとして、俺はここにきて羞恥心が勝ってしまった。「死ぬよりはマシだろ!?」と自分に言い聞かせるが、喉が上手く動いてくれないのだ。俺の根源的な尊厳が、死の恐怖に勝ってしまっているのだ。


 敵はぐんぐん迫ってくる。こちらは追われている側だ、装甲の薄い背部や下部を敵に向けている。そろそろ回避機動を取るか、相手に向き直らなければ為すすべなく落とされる。メスガキ化せずに戦う――いや、俺は素の状態ではジェシカよりも弱い。2対3という数的劣勢では勝ちの目はない。死のヴィジョンが見える。


 ――その時、あの声が脳内に響いた。


((和唐瀬))



 気づけば、俺はあの夢の中にいた。平服で、宇宙の中を漂っている。これは白昼夢、あるいは走馬灯か。そう思いながら周囲を見渡す。あの金色に輝く、小さな星を。


 見つけた。しかしその星は一際大きく輝きを放って消え去り、代わりに俺の目の前に1人の少女が現れた。その少女はセミショートの金髪をなびかせ、ニタニタと人を小馬鹿にするような表情を浮かべていた。


「くふふふふ、おバカだねぇ、和唐瀬」

「その声。ずっと夢の中で俺に呼びかけていたのはお前だな? お前は何者なんだ? そしてここはどこなんだ?」

「せっかちさんだなぁ♡ いいよぉ、順番に教えてあげる。そう、ずっと呼びかけていたのはあたし。あたしは貴方。そしてここは、貴方の心の中」

「い、意味がわからない……俺はお前のような少女ではない!」

「わっからないかなぁ? あたしは『メスガキロールプレイしたくない』っていう貴方のちっぽけでくそざこよわよわな心が産んだ、もう1つの人格。貴方はちっちゃい脳みそ頑張って使ってぇ、無意識の中で考えたんだろうねー? 『メスガキ人格に自分の身体を操作させれば、自分の尊厳は傷つかない』って」

「俺の身体を、操作……!?」

「そうだよぉ、あたしは貴方の脳内の同居人。主導権を貰えればぁ、あたしが貴方の身体を動かすことだって出来る。……くふふ、良かったねぇ? 言い訳出来るねぇ? あたしがどーんなにメスガキとして振る舞ってもぉ、それは自分では無い! って解釈出来るもんねぇ~?」


 この少女と話していると無性にイライラする。だが彼女は聞き捨てならないことを言った。主導権を与えれば、この少女が俺の身体を動かすことが出来る、と。確かにそれなら、彼女の言う通り、比較的俺の尊厳を傷つけぬままメスガキロールプレイが出来る。


「……主導権とやらは、俺が自由に取り返せるのか?」

「もっちろん! あたしはあくまで第二人格だからねぇ。……でも酷いなぁ、どーせあたし、戦うヤる時だけ呼び出されて、終わったらベッドに雑に転がされちゃうんだ。鬼畜ぅ~♡」

「マジでイラつくなお前?? ……だがお前のメスガキ性が本物だとはわかった」


 不安しかないが、俺が尊厳を保ったままメスガキ化するには、この少女に身体を委ねる……この言い方は倫理的にマズい気がするな……とにかく身体の操縦を任せる他なさそうだ。


 それも、今すぐに。この白昼夢が実時間でどれくらいの長さになっているのかは検討がつかない。


「よし、お前に俺の身体を預ける」

「マゾ豚みたいに犯されたいってことぉ?」

「違うわ!!」


 ツッコむと同時、視界が白く染まり始めた。少女の「冗談だよぉ」という声が耳に残った。



 俺はくるりと前転するようにして機体の向きを変えた。そしてすかさずパンツァーファウストを発射。敵ウォリアーが散開。うち一機に向けマシンガンを放つ。回避機動を読み切った正確な射撃で、右脚をもぐ。


「あはっ、おじさんなっさけなぁ~い♡ 女の子のお尻追いかけるのに夢中でぇ、反撃されるなんて思ってなかったんだぁ~? そうだよねぇ、こ~んなちっちゃい女の子が反撃してくるなんて思わないもんねー?」

『少尉……!』

「ジェシカおねーちゃん、挟み込むよぉ? 前よろしくね♡」


 俺は、否、俺の身体を動かす内なるインナーメスガキはそう言うや、機体を急減速した。高速で追いすがる敵機の間をすり抜け、後方に出る――その通過の瞬間に、振動剣で1機の胴体を真一文字に斬り裂いた。


『ぐわああああああああッ』

「ざーこ♡ ざーこ♡」

『こ、こいつ!? くっ!?』


 残った2機はジェシカのマシンガン乱射を受け回避機動を取り、速度が落ちた。内なるインナーメスガキは先程右脚を失った1機の背中へ向け、マシンガンを発射した。背部装甲が、ジェット・バックパックがひしゃげ、爆発を起こした。撃破。


「ねぇねぇ気分はどう? 綺麗なお姉さんと、かわいい女の子に挟まれて、幸せ?」

『ヒィィ、気持ち悪い!』


 最後の1機は悲鳴を上げながら逃走を開始するが、逃さない。接近しながらビーム砲の照準を合わせる。


「ひっどぉい♡ お目々腐ってるんじゃないの~?」

『腐りそうなのは耳だよぉ!』

「あはは意味わかんなーい」


 ビーム砲発射。狙い違わずコクピットブロックに命中。爆散。断末魔の悲鳴すら上がらない。


「よーし撃破―♡」

『わ、和唐瀬少尉……本当に凄いですね……』

「そーでもないよぉ? あっ、そうだ! ジェシカおねーちゃんも撃墜数稼ごうよぉ! ほら、敵はまだ一杯居るし! 逃げられちゃう前にいっぱい殺しヤッちゃお♡」


 防空網の中に突っ込んだ敵は、あらかた防空網の外縁部にまで押しやられていた。艦隊が密集陣形を取り、対空火力の密度を上げたためだ。味方ウォリアー隊は再編を終え、控えめに戦っている――好都合だ、結果的に距離が取れて通信が傍受される不安がなくなる。


「じゃあいくよー♡ あたしがおじさんたちを連れてくるから、おねーちゃんはそれを撃ってね♡」

『あっ、ちょっ、待ってくださーい!』


 内なるインナーメスガキはそう言うや敵集団に向けて加速し、ジェシカがそれに続いた。

 メスガキが前戯し、ジェシカが殺すヤる乱戦らんこうが始まった。

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