第9話「メスガキをください」

 2機の帝国軍ウォリアーをジェシカの前に誘導し撃破せしめたところで、帰投命令が下った。「深追いするな」ということだろう。


 俺とジェシカもルイズタンに帰投する途上にあるが、俺は既に身体の操縦権を取り戻していた。「そろそろ返せ」と言ったところ、内なるインナーメスガキはすんなりと応じたのだ。……内側に引っ込んで尚、脳内でネチネチと煽ってくるが。


((おばかさんだねぇ和唐瀬、撤退命令なんて無視して追撃してればもっともーっと殺せたのに))

((黙れメスガキ。俺は命令を無視する気はない。それにここで敵を落とし過ぎては作戦が台無しになる))

((くふふふふ、おっかしいねー? 復讐心より軍人としての役目を優先するんだー? 貴方の復讐心ってその程度の……))

((黙れと言っている!))

((…………))


 1つわかったことがある。この内なるインナーメスガキ、マジで性格悪い。俺から分かたれた人格だとは信じたくないくらいに性格が悪い。最悪の脳内同居人が出来てしまったという事実に気が重くなる。


 やがてルイズタンに辿り着き、ウォリアー隊は機体整備を受けつつ待機となった。戦闘の結果が通知されたので見てみれば、こちらは32機中4機被撃墜。対する帝国軍は40機中8機被撃墜というものだった。これでウォリアー戦力差は28対32になったわけだ。


 今回はこちらの防空網内部で戦ったため、味方機の残骸や生存者は手早く回収出来た――そして、艦隊は踵を返した。


 反航戦をするため敵と交差する針路を、第三惑星ピッツバーグへと引き返す針路に変更したのだ。ぐるりと大きな円弧を描き、Uターンする。


 これは「頼みの綱のウォリアー隊が抗命し、敵艦を沈める見込みが無くなったため退却を始めた」という印象を敵に与えるための艦隊運動だ。これで敵艦隊の追撃を誘発するのだ。


『オッ、敵さん戦場掃除ほったらかして追ってきたぜ』

『かかったな』


 味方ウォリアーパイロットたちが口々に揶揄するように、帝国軍艦隊は俺たちに追いすがる針路を取り始めていた。こちらはUターンするために大幅に減速しており、対する敵艦隊は緩やかなカーブを描き、減速なしで突っ込んでくる。このままでは、惑星ピッツバーグとワープベルトの間あたりで追いつかれてしまうだろう。


『次の作戦はおよそ24時間後だ、ウォリアーパイロットは待機解除。ゆっくり休んでおけ』


 そうアナウンスが下った。そう、24時間後――艦隊が惑星ピッツバーグの陰に隠れる時、俺たちウォリアー隊は出撃し待ち伏せを仕掛ける。そしてその間に艦隊がピッツバーグを回り込んで敵艦隊の背後を衝き、それと時を同じくして正規軍艦隊がこのシャイロー星系にやってくる手筈になっているのだ。


 作戦の成否は俺たちウォリアー隊にかかっている。十全の戦闘能力を発揮するため、今は英気を養うときだ。


「よし、俺たちも休むとしよう」

『は、はい。お疲れ様でした』


 ジェシカとわかれ、俺は部屋に戻ろうとしたのだが、整備班長に呼び止められた。


「おい和唐瀬少尉、提督がお呼びだ。ブリッジに上がってくれ」

「あ、はい。わかりました」


 はて、何用だろう。首をかしげながらブリッジに上がると、満面のニチャアとした笑みを浮かべたフォカヌポウ提督に出迎えられた。


「和唐瀬、順調に撃墜スコアを伸ばしているでござるなぁ」

「提督、俺は少尉ですが……」

「んもー察しが悪いでござるなぁ、昇進でござるよ昇進! 今回の戦いでも撃墜3を記録したんでござる、貴官は『ビギナーズラックで1度きりの大戦果を上げた』のでは無いと証明したんでござるよ。故に野戦昇進を、それも2階級特進を認めることにしたんでござる」

「な、なるほど……身に余る光栄です」

「……誤解されがちだが昇進というのは、軍が『その階級に見合った働きを期待している』時に起こる。大尉であれば小隊長級の戦術判断を期待する、ということになる」

「微力を尽くします」

「正直私は、中尉への昇進に留めるべきだと思っていたんだがね。貴官は確かにエースパイロットではあるが、部隊指揮官としての素養は未知数だ。大尉にするには未だ経験不足だと思うのだが、他の艦長たちの推薦が激しくてな……」

「そう、とは」

「……ま、今回みたいに僚機であるジェシカ准尉をちゃんと生還させたばかりか戦果を譲っているさまを見るに、ある程度安心しているがね? その調子で引き続き励んでくれ」

「はい!」

「んじゃ行って良いでござるよぉ~」

「ほんと急にキモオタに戻るのだけはやめて頂けませんかね??」


 デュフフと笑うフォカヌポウ提督に一礼し、俺はブリッジを去った。



 部屋に戻ってシャワーを浴びていると、脳内に声が響いてきた。


((ねぇねぇ、あたしメスガキものの映像とか漫画みたいんだけど))

「急に何言ってるんだ??」

((あたしのメスガキ性を高めるためだよー。ほら、あたしって所詮貴方のちっちゃい脳みそのくそざこ想像力の産物じゃん? 多分このままだとマンネリ化して、メスガキ性が失われていくと思うんだよねー))

「訳がわからない」

((煽り方とか振る舞いのバリエーションが少ないってこと! ……貴方ねー、あたしというものを生み出しておきながら、心の奥底で「これは本当にメスガキなのか?」って疑念を抱いているのよ。その疑念が大きくなって「これはメスガキではない」って思ったら最後、メスガキ化による身体能力の強化は出来なくなっちゃうよ?))

「そ、そうなのか……?」

((そうだよー。生真面目すぎるんだよ和唐瀬はー))


 むう。まあ俺は生真面目だとはよく言われるが……それが自分のメスガキ観念に疑問を生じさせることになるとは思いもしなかった。そして俺はメスガキ化による身体能力強化を失ったら、ただのニュービーパイロットにすぎない。これは死活問題である。


((だからメスガキもの作品で勉強しよって言ってるの!))

「すまんが俺にそういった持ち合わせは無いぞ」

((知ってるよぉ。唯一持ってるえっちな漫画、ベッドの裏に隠してある巨乳OLものだけだもんねー?))

「何故それを……いや、脳内同居人だもんな。畜生……ともかく、メスガキものなんて持っていないし、いま艦隊は銀河インターネットにも繋がっていないから手に入らんぞ」

((くふふ、おばかさんだねぇ和唐瀬は。ここをどこだと思っているの? 表現の自由戦士隊、オタクの集まりだよ?))

「……まさか」

((そのまさかだよ。同僚から貰えば良いじゃん♡))

「んな恥ずかしいこと出来るか!!」


 冷静に考えて欲しい、同僚に「メスガキもの作品くれ」と言ったらどんな目で見られるか。笑われるのはまだ良いが、軽蔑されるのだけは嫌だ。


((オタクはそのへん寛容だろうし、大丈夫だと思うけどなー? 特にほら、理解示してくれてる人を1人知ってるじゃん?))

「……なあ、まさか提督にかけあってみろとは言わんよな?」

((そのまさかだよ♡))

「却下!!」


 確かにフォカヌポウ提督なら、事情を話せば理解して適切なものを見繕ってくれるはずだ。


 だがしかし、提督は寛容なオタクであると同時に俺の上官なのだ。民兵とはいえ少将であり、本来なら俺のような尉官からすれば殿上人だ。民間の会社でいえば社長や重役にあたる。


 ヒラ社員が社長に向かって「メスガキもの作品ください」などと言えるだろうか? 言えるわけがない。


((だからー、生真面目すぎるんだよ和唐瀬は。提督みたいな優秀な軍人がなんで民兵隊なんかに席を置いていると思ってるの? 正規軍みたいなカッチリした組織じゃなくて、こういうアットホームで上下関係のユルいところが好きなんだよ。きっと許してくれるよ?))

「それはあまりにも都合の良い解釈じゃないか……?」

((ほら思い出してみなよ、提督は兵卒用食堂に顔を出しては二等兵とだってオタク談義に華を咲かせてたでしょ? 大丈夫だって!))


 確かにフォカヌポウ提督は暇さえあればブリッジを抜け出し、艦内を歩き回ってはクルー(殆どオタクだ)とアニメやら漫画やらの話をしているし、その姿は頻繁に確認している。


((いいのー? ここで躊躇ってあたしのメスガキ性が失われたら、あたしたち戦場で死んじゃうんだよー?))

「く、くそっ……」


 俺はシャワールームを出て身支度を整えると、ブリッジに上がった。フォカヌポウ提督に遮音フィールドを展開してもらい、意を決して頭を下げた。


「提督。大変不躾なお願いをすること、そしておそらく困惑させてしまうことをお許し下さい。……俺のメスガキ性を維持するために、メスガキものの作品が必要なんです。どうか恵んでいただけないでしょうか」

「……拙者、それなりに長くオタクやってきたつもりでござるが、そんなクソ生真面目な態度でメスガキものねだられたのは始めてでござるよ」


 だろうな! 本当に申し訳ない。


「まあ事情は察するでござる、ほら」


 そう言うと提督は、俺の携帯端末に「即落ち! 生意気ネコミミメイド少女(演者は全員成人です).wav」やら「ダウナー系メスガキといちゃいちゃする話(登場人物は合意の上で性交しています).pdf」やら、いかがわしいタイトルのファイルを複数送ってくれた。R-18作品ばかりなのが気になるが、こちらは恵んでもらう立場なので何も言わないでおいた。


「事情が事情ゆえに今回は法を無視するでござるが、これ立派な違法ダウンロードだから内密に頼むでござるよ? あと銀河インターネットに繋がったタイミングで、これらの作品の作者さんの販売サイトから直接作品を買うこと。これは最低限の礼儀として絶対にやるでござる。約束出来るでござるか?」

「命にかけて」

「大変結構でござる」

「ありがとう、ございます……!」


 俺は泣いた。フォカヌポウ提督の優しさと、羞恥心に打たれてだ。


 そして俺は部屋に戻り、内なるメスガキとともにメスガキ鑑賞会を始めた……。



「くそっ、ナメてたが意外と面白いじゃないか……」

((見事なメスガキミステリだったねぇ))


 俺と内なるインナーメスガキは感心していた。フォカヌポウ提督に貰った作品集の中にあった推理小説を読んでいたのだが、これが非オタの俺でも楽しめるものだったのだ。


 内容はこうだ。孤立した宇宙ステーションに集められた10人のメスガキが、何者かによって次々と理解わからせられてしまう。彼女らの共通点は「オリヴィア・グロリア・サン――O. G. サン」なる人物によってここに招待されたということだけ。1人また1人と理解わからせられる中、犯人探しが始まる――というクローズド・メスガキミステリ小説だ。


「……ただなぁ。トリックは巧妙なんだが、何故メスガキ要素を混ぜたのか。それだけがわからない」

((筆者の趣味でしょ))


 趣味なら仕方ない……のだろうか。創作の世界は、よくわからない。

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