第10話「メスガキはガイアの鎌の如く」

 メスガキ鑑賞会を終えた俺はたっぷりの食事と睡眠を摂りつつ、24時間を潰した。その間、連邦軍「表現の自由戦士隊」艦隊は惑星ピッツバーグ近傍まで逃走を続けていた。やがて「総員戦闘配備」のアナウンスがかかり、俺はウォリアーに乗り込んだ。


 自機の前には全長10mほどのミサイルが置かれていた。今回、俺とジェシカはこれを使う。整備班長が声をかけてくる。


『和唐瀬大尉、ジェシカ准尉。ぶっつけ本番で申し訳ないが、機体側にミサイルの操縦方法を読み込ませてある。基本的にはしがみついているだけで大丈夫だ』

「了解です」


 今回俺とジェシカは他のウォリアーとは別行動を取り、惑星ピッツバーグの大気圏内に投下される。ピッツバーグの雲の中に隠れ、そこからミサイルで飛翔、敵艦隊後方に襲撃を仕掛けるのだ。


『まったく、提督もよくこんな作戦思いつくよなぁ……だが決まれば大戦果間違いなしだ。期待してるぜ』

「その期待を裏切らないよう、微力を尽くしますとも」


 その時、艦が大きく軋むような音が響いた。重力が増したような感覚もある。おそらく艦隊が、ピッツバーグの陰に隠れるよう大きくベクトルを変えたのだろう。程なくして、ウォリアー隊に出撃命令が下った。


『ジョン少尉、いっきまーす!』

『ルイズタンのぺったんこな飛行甲板……ウッ、出る!』


 オタクパイロットたちが気持ち悪い声を上げながら、次々と機体を宇宙に投げ放ってゆく。彼らは出撃すると同時にステルス機能展開し、姿を隠した。惑星ピッツバーグの陰に隠れた俺たちを追ってくる敵艦隊に、真正面から奇襲を仕掛けるのだ。


『和唐瀬大尉、ジェシカ准尉、発進どうぞ』

「了解。……和唐瀬、出る!」

『ジェ、ジェシカ、出ます!』


 俺とジェシカの機体も宇宙に放り出された。そしてミサイルを伴って惑星ピッツバーグへと降りてゆく。


「ジェシカ、ミサイルの陰にちゃんと隠れろよ」

『は、はい!』


 機体とミサイルが大気圏に突入。圧縮断熱により高熱が発生するが、ミサイルの陰に隠れてやり過ごす。このミサイルは宙対地・地対宙両用で、圧縮断熱に耐えられるようコーティングが施されているのだ。


 コーティング剤が蒸発しながらミサイル本体と俺たちのウォリアーを守ること、しばし。俺たちはピッツバーグの雲の中に突入した。これで宇宙からこちらは見えないし、またこちらから宇宙も見えない。位置秘匿のためレーダーすら使わない。


「さて、敵さんはちゃんと追ってきてるかな……」

『お、追ってきてなければ、私たちこのまま降下して地面で待機ですもんね……』

「あるいは独断でミサイルを機動して宇宙に上がるかだな。その時敵艦隊の真正面にでも出ちまえば……いや、やめよう。信じるしかないさ」

『は、はい……』


 しかし幸運にも、悪い予想は裏切られた。艦隊から「行動開始されたし」と通信が入ったのだ。


「よし! ミサイル起動!」

『き、起動!』


 コンソールをいじり、ミサイルの制御システムを起動する。ミサイルは自動でスラスターを吹かして弾頭を宇宙に向けると、メインエンジンに点火した。自由落下から、脱出速度へ。ベクトルの急転換に機体が軋む。抗慣性システムを以てしても、強烈なGが身体を苛む。


「ぐううううううッ……」


 Gに耐えながらも空を睨む。先程上から突き抜けた雲がぐんぐん迫り――今度は下から突き抜けた。視界が晴れ、空の色が青から黒へと変わってゆく。そしてウォリアーの光学センサーが、敵艦隊を正面に捉えていた。既に味方ウォリアーが、その先頭に攻撃を仕掛けている。敵ウォリアーの姿はまだ見えない――奇襲に成功したのだ!


 惑星ピッツバーグの陰に隠れた味方艦隊を追って、敵艦隊はがむしゃらに追走していたのだろう、敵は速度の早い駆逐艦や軽巡航艦を先頭に押し出す円筒形陣形を取っていた。そしてそれら軽装甲の艦が、ウォリアー隊の襲撃をまともに喰らっている。丁度一隻の駆逐艦が爆沈するのが見えた。


「よし、なら俺たちの狙いは……最後尾のあの重巡航艦だ!」

『了解!』


 敵の艦列後方は、3隻の重巡航艦に守られた航宙母艦であった。そのうち、最後尾を進む重巡航艦を狙うようミサイルに指示を出す。ミサイルはスラスターを吹かし、その重巡航艦へと弾頭を向けた。


「パージ!」

『パージ!』


 ミサイルから手を放し、自機のジェットエンジンでの飛翔を開始。敵艦隊から対空砲火が上がってくるが、その数はまばらで、狙いも雑だ。混乱しているのだろう。


「ジェシカ、俺はメスガキ化する。敵艦を撹乱するぞ、付いてこい!」

『は、はい!』

((私の出番?))

((ああ、頼んだ!))

「――くふふ、じゃあ始めよっか♡」


 身体の操縦権をインナーメスガキに渡す。身体能力が研ぎ澄まされると同時に、内なるメスガキは自機をミサイルよりも前に出して対空火器の撹乱を始めた。


「あはは、そんなヒョロヒョロの対空砲火じゃ妊娠しあたらないよ? ほらほらもっと出せ♡ あたしの一番奥コクピット狙ってへこへこ~、ぴゅっぴゅってしろ♡ 出来ないならタマタマ潰しちゃうぞ♡」


 煽り散らかしながらマシンガンを発射し、対空砲座を1つ1つ破壊していく。砲口の中に砲弾を叩き込み、発射直前の弾薬を誘爆させるという曲芸射撃でだ。……気の所為かもしれないが、以前よりもインナーメスガキによる操縦が上手くなっている気がした。メスガキ鑑賞会を経てメスガキ性が高まったからか?


『1つ……2つ……3つ!』


 ジェシカもまた、キャノンで砲座を狙撃していった。インナーメスガキが対空砲火を一身に引き受けているため、安定して照準を定められているのだ。


 ――そうしているうちに、ミサイルを狙える対空砲座は全て破壊された。もはや重巡航艦は、屈辱的に股を広げてメスガキからの制裁ごほうびを待つ中年男性のように無防備だ。


「もう抵抗終わり? じゃあミサイルいっちゃうよ? 刺さっちゃうよ? さーん、にーい、いーち……ゼロ! ゼロ、ゼロ、ゼロ、ゼロ! イけ♡ イけ♡」


 2発のミサイルが、重巡航艦の艦尾に突き刺さった。直後に大爆発が起き、尻から爆ぜるようにして艦体が引き裂かれた。まるで尻に指を突っ込まれた中年男性のように!


『や、やった! 私たちだけで重巡航艦を!』

「あはは、まだまだ序の口だよぉ~? もっともーっと、一杯殺さ(ヤら)ないと!」

『し、しかし大尉。敵が体勢を整えつつあります。危険では?』


 見れば、航宙母艦からウォリアー隊が出撃を始めていた。そして敵艦隊も、速度を落として防空陣形を組み上げようとしている。足止め任務は果たした、ここが引き際だろう。


 しかしインナーメスガキはニタリと口角を釣り上げる。


「ぜんっぜん余裕だよぉ♡ 敵(おじ)さんたちいーっぱい絞って、いーっぱい殺さヤらないと♡」

((待て、ここが引き際だ! 作戦目標は達成している!))

「おばかさんだねぇ和唐瀬は。これは復讐なんだよ? 貴方の家族を殺したにっくぅ~い帝国軍を、自分の手でズタズタに引き裂くチャンスなんだよ? 」

((復讐したい気持ちはあるが……! ここに留まっていては、回り込んでくる味方艦隊の砲火に晒される!))

「そんなのあたしなら避けられるよ?」

((ジェシカはそうではない! 俺は大尉になったんだ、部下の命を無用な危険に晒すわけにはいかない!))

「まーた復讐より軍務ぅ~? くっだらなぁーい!」

((黙れ、メスガキ!))


 俺は身体の操縦権を、無理やりインナーメスガキから取り返した。途端にウォリアーの操縦がおぼつかなくなる。


『大尉……?』

「すまん、混乱していた。離脱するぞ!」


 俺とジェシカは、敵の防空網からの離脱を始めた。他の味方も離脱を始めている。敵ウォリアー隊も追撃してきているが、出撃直後で隊列が組めていない。簡単にいなされている。


 俺たちウォリアー隊はそのまま、ワープベルトへ向けて撤退を開始した。対艦襲撃という大仕事をこなした今、弾薬も推進剤も心もとない。敵ウォリアー隊もそれがわかっているのだろう、隊列を組み直しつつ追いすがってくる。


「まだか……? まだか……!?」


 前方のワープベルトを睨む。もちろん人間の目では何の変哲もない宇宙空間にしか見えないが、今はその虚空に祈りを捧げるしかない。


 ――焦れること、しばし。ホロディスプレイに「重力波検出」の文字が踊った――直後、連邦軍正規艦隊が姿を現した。航宙母艦2隻、重巡航艦4隻、そして軽巡航艦12隻を含む大艦隊だ。


「やった!」


 俺が歓声を上げると同時、俺たちを追う敵ウォリアー隊の背後で、彼らの航宙母艦が大爆発を起こした。惑星ピッツバーグをぐるりと回り込んだ表現の自由戦士隊艦隊が、帝国軍艦隊の尻に砲撃を加えたのだ。


 そして正規軍艦隊も敵艦隊に向けて艦砲射撃を始めた。通常なら避けられてしまうような距離だが、敵艦隊はいま速度を落としており、しかも防空用の密集陣形と取っていた。これでは回避運動もままならぬだろう――弾幕が、敵艦隊を引き裂いた。


『『『イヤッホォォオオゥ!』』』


 味方ウォリアー隊の歓声が上がる中、正規軍航宙母艦からもウォリアー隊が発進し始めた。帰るべき母艦を失い立ち往生する敵ウォリアー隊は、俺たちと入れ替わって襲撃を敢行した正規軍ウォリアー隊に次々と撃破され、あるいは降伏していった。――俺たちの、完全勝利だ!

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