第7話「戦いの前に」
シャイロー星系、第三惑星。星系に属する惑星は通常、恒星に近い順から数字で呼ばれる。だがそれと同時に、数字ではない固有名が与えられるのも常だ。人類の揺りかごである太陽系第三惑星が「地球」と呼ばれるのと同じだ。そしてシャイロー第三惑星の場合は「ピッツバーグ」と命名されている
この惑星ピッツバーグの前で、俺たちの艦隊は反転した。ワープベルトへと向かう針路を、追いすがる敵艦隊と交戦する針路に変えたのだ。
俺は士官用のロビーで、ジェシカと雑談していた。これから背中を預け合う仲間として親交を深めるのが目的だ。
「作戦の第一段階は俺たちの最初の出番か……初陣が奇襲を受ける側だったからな、こういう作戦に従事するのは始めてになる」
「わ、私もです。私も前回が初陣だったので……」
「お前もか。お互いなんというか、大変だな?」
「しょ、正直、初陣のときより緊張します」
フォカヌポウ提督の案に修正を加えて作成された今回の作戦――「誘い攻め・間男乱入作戦」というクソみたいな名前を付与された――では、ウォリアー隊が大きな役割を果たすことになる。第一段階では消極的な戦闘を行い、第三段階では敵艦隊に待ち伏せを仕掛け、足止めを行うのだ。しかも第三段階では俺とジェシカは独立班として、敵艦隊後方を襲撃する役割が与えられた。
たった2機での独立行動は危険ではあるが、同時に「敵艦隊後方に現れるだけで、十分な撹乱になる」のも事実だ。積極的な戦闘は仕掛けず、敵艦隊後方をウロウロしているだけでも圧力になる。
「まあ、第三段階でもそこそこに戦って離脱しようぜ。ガンガン斬り込んだは良いが防空火器で撃墜されました、は御免だ」
「そ、そうですね……私も、そう何度も撃墜されたく、ないですし」
そう言ってジェシカはにへらと笑った。うん、この前も無駄にネタを挟もうとしたあたりで察したが、冗談が好きなタイプのようだ。典型的な陰キャではなく、比較的付き合いやすい陰キャなのだ。
「あの、ところで少尉」
「なんだ?」
「少尉はど、どうして、戦争に身を投じたんですか?」
ああ、そういえばジェシカにはメスガキロールプレイをする理由、脳の神経シートの異常は話したが、神経シートを移植することになった原因までは話していなかった。
「帝国軍に家族を殺されたからだよ」
帝国軍。俺たちが所属する「ソル合衆国連邦」から分離独立した、封建制国家だ。正式名称を「アルファケンタウリ連合帝国」と言う。
連邦と帝国は、独立を巡って1年間戦争をしている。当初、この戦争は早期に終結するものと思われていた。というのも、連邦首都星系である太陽系と帝国首都星系であるアルファ・ケンタウリ星系は、1回のワープで行き来出来る「お隣さん」なのだ。
どちらかが速攻で首都星系を落とし――戦力で勝る連邦がそうするものと思われていた――早期終結する。誰もがそう思っていたのだ。
だが実際は、帝国は初戦で連邦軍に勝利した。そして太陽系とアルファ・ケンタウリ星系を繋ぐワープベルトの間で、熾烈な消耗戦が幾度も繰り返された。どちらも首都星系を落とされまいと強力な防衛網を築き上げたため、両者攻めあぐねた。
そしてこれでは埒が明かないと、両者とも主戦場を辺境星系へと移したのだ。連邦、あるいは帝国に加盟する星系を1つずつ削ぎ落とし、継戦能力を奪い合う戦いが始まり――俺が暮らしていた辺境星系、カツシカ星系は帝国軍の無差別爆撃を受けた。
「あの軌道爆撃はひどいものだった。奴ら、宙対地散弾まで持ち出して都市を爆撃したんだ。俺と家族が暮らしていたカメアリシティは壊滅した」
「……辛い、ですね」
「辛さはもう乗り越えたさ。今はただ、復讐がしたいだけだ。……心のどこかで、そんなことをしても虚しいだけだとはわかっているがね。だが、そうしなければ生きていけないような気がしたんだ。まあ、それで命を危険に晒しているんだから、どこか矛盾しているな」
「ひ、人の心って、そういうものだと思います。矛盾してるってわかっていても、突き進まなきゃいけない。そういう時って、あると思います」
「……お前も、そうなのか?」
「い、いえ。私はもっと卑近な理由で、戦っています。む、無差別爆撃で……推しBL作家が亡くなったのが、許せなくて」
「そ、そうなのか……」
本当に卑近な理由だな――とは言えなかった。いつもは陰気そうなジェシカの目に、暗い怒りの炎が灯っていたからだ。推しBL作家とやらへの思い入れが、あるいはそいつが生み出す作品への思い入れが伺えた。
「私たちは創作物、つまり空想のもので心が救われる、霞を食べて生きられるような人種です。……でも逆に、それが無いと生きていけないんです。非オタには霞にしか見えなくても、私たちにとっては大切な栄養なんです。もうこれ以上、大切な栄養を生み出してくれる人を失いたく、ない……だから私は、戦うことに、したんです」
「守るための戦いってわけか」
ジェシカはこくこくと頷いた。
「お前の、その……BL作品の重要性は正直理解出来ないが、尊重するよ、その戦う理由を」
「ありがとう、ございます」
「んじゃ、そろそろシミュレーションでもしようか。作戦前にお互いの動きを理解しておきたい」
「はい!」
そうして俺たちはシミュレーションルームに行き、ウォリアーの動きを訓練したのだが――素の状態だと、ジェシカの方が俺よりウォリアーの操縦が上手いことがわかった。
シミュレーションルームは人目があるので俺はメスガキロールプレイを封印していたのだが、機動・射撃・格闘、どれを取ってもジェシカの方がスコアが良いのだ。見学者たちが眉をひそめる。
「和唐瀬少尉、なんというか……平凡じゃないか?」
「本当に10機も落としたのか?」
「俺はもう戦闘データを見たぜ、確かに10機落としてた。だがなんというか、あの戦闘データと今では全くの別人みたいな動きだな」
まあ、そうだよな! 素の俺はバリバリのニュービーだからな! だが同僚に疑念を保たれるのはまずい、いくら俺とジェシカが独立運用されると言っても、同じ戦場で活動することには変わりがないのだ。疑念が不信を呼び、士気が下がってはコトだ。
かといってここでメスガキロールプレイを披露するのは論外だ。そんなことをしては俺の尊厳が、自尊心が死んでしまう。どうしたものかと思っていると、ジェシカが声をかけてきた。
「少尉、あの、もしかしてなんですけど……体調が優れなかったり、します?」
「……あ、ああ。そうかもしれない。大分疲労が溜まっている実感はある」
「じゃ、じゃあ今日のところは、やめにしませんか?」
「すまない、そうしよう」
ジェシカなりに気を使ってくれたのだろう。俺はシミュレーターから出てきたジェシカに、小さく会釈した。ジェシカは下手くそなウィンクを返してきた。美人台無しであるが、恩義があるので黙っておくことにした。
作戦開始まではまだ時間があるので、俺は部屋に戻って寝ることにした。ブリーフィング前に寝落ちしてしまったように、実際疲労は溜まっていたので、すんなりと眠ることが出来た――しかし、またしても夢を見た。宇宙の中で、声が響く。
((和唐瀬……))
「またお前か。一体誰なんだ?」
((あたしは、あなた))
「俺……?」
((もう少し、もう少しで会えるわ。くふふふ……))
不気味な、それでいて妖艶な笑い声が響いた。夢は、そこで途切れた。
◆
事前にかけておいた、アラートの音で目が覚めた。不気味な夢の記憶が尾を引くが、俺は強いてベッドから身体を起こしてシャワールームへと向かった。今日から困難な作戦が始まるのだ、気持ちを入れ替えておかねば。
熱いシャワーを浴び、士官用食堂で食事を摂り、ウォリアーの整備を手伝う。そうしているうちに、「総員戦闘配備」のアナウンスがかかった。
ついに「誘い攻め・間男乱入作戦」が始まるのだ。……マジでこの作戦名だけはどうにかならんのかね。ともあれ、作戦の第一段階では俺たちウォリアー隊も出撃することになっている。俺は格納庫横の、ウォリアーパイロット用のブリーフィングルームへと走った。
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