第22話「襲撃」

 1週間後。俺たち表現の自由戦士隊を含む連邦軍艦隊は、アンティータム星系に到着した。といっても全軍ではなく、まだごく一部が到着したに過ぎない。というのも、フォカヌポウ提督曰く「連邦軍は大規模な艦隊を運用する能力に欠けているでござるからなぁ……緒戦の消耗戦で優秀な提督や参謀をバンバン戦死させたからなんでござるが」とのことで、つまりは「艦隊を集結させる、適切な計画が立てられない」からこうなっているらしい。


 ……ハナから先行きが不安になってくるが、ひとまず状況を俯瞰してみよう。

 アンティータム星系は4つの惑星を抱える星系で、それぞれの惑星には強力な防衛設備がある。さらには第四惑星のさらに外側の公転軌道上に、宇宙要塞まで備えている。さらに悪いことに、この星系は全体がガス雲で覆われており光学センサーやレーダーが十分に機能しない。


 つまりは徹底的に防御に向いた星系なのだ。通常ならここを攻めるのは得策ではない。しかし俺たちの活躍でシャイロー星系の戦いが大勝に終わり、帝国軍の少なからぬ艦隊がシャイロー方面に移動した今、アンティータム星系の防備は手薄になっているはずだ。そういう目論見で、この侵攻作戦は実行されている。


 連邦軍が動員した艦隊は以下の通り。

・第一艦隊: 宙母1、重巡3、軽巡6。計10隻

・第二艦隊: 宙母1、重巡2、軽巡7。計10隻

・第三艦隊: 重巡3、軽巡6。計9隻

・第四艦隊: 重巡2、軽巡7。計9隻

・第五艦隊: 宙母2、重巡1、軽巡4、駆逐4。計11隻

・表現の自由戦士艦隊:宙母1、重巡2、軽巡6。計9隻


 総計58隻、その他揚陸艦・補給艦など多数。ウォリアーは240機を動員。対する帝国軍の勢力は「最大でも連邦軍の半数」とされている――ガス雲で見通せはしないが。


 しかし悪いことに連邦軍は第三・第五艦隊の到着が遅れている状態であり、連邦軍総司令官であるブリントン少将は攻撃開始を躊躇っているようだ。フォカヌポウ提督は迅速な攻撃を要求しているが、渋られているらしい。


「外郭の宇宙要塞くらいは落としておいたほうが良いと思うんだがね……どう思う、ジェシカ?」

「わ、私は第三・第五艦隊の到着を待った方が良いと思います……圧倒的な火力で叩いた方が、こちらの損害は少なくなりますし……」

「まあ、そう考えることも出来るよな。実際ブリントン少将はそう考えているんだろう」


 そう、ジェシカはこれまでの戦功が認められ少尉へと昇進を果たしていた。部下がついたりするワケではないが、これで他のウォリアーパイロットたちと階級の上で肩を並べたことになる(パイロットは基本的に少尉からキャリアスタートだ)。


 ――そんなことを話していた時。スクランブル警報が鳴り響いた。


『敵襲、敵襲! 航宙機とウォリアーの混成! 奴らガス雲の中から! 数は……24機!』


「ッ、ジェシカ、出るぞ!」

「はい!」


 俺とジェシカはウォリアーに飛び乗り、いの一番にカタパルトデッキへと上がった。俺の「フザール」の初陣というわけだ。


「和唐瀬、フザール、出るぞ!」


 電磁カタパルトがフザールを宇宙空間へと推し出すと同時、俺は身体をインナーメスガキに預けた。そして状況を俯瞰する。


((この規模と分散の仕方は……偵察、か?))

「っぽいねー」


 連邦軍は、四個艦隊それぞれが箱型の陣形をとり、さらにそれを上下左右等間隔に並べて大きな箱を形成する防御陣形を取っていた。そして帝国軍は4つの小さな箱型陣形それぞれに対し、6機ずつを割り振って襲撃を仕掛けていた。


((まずは表現の自由戦士艦隊に近づく奴らを仕留めるぞ))

「りょーかい! ジェシカおねーちゃん、援護よろしく♡」

『了解!』


 インナーメスガキは表現の自由戦士艦隊へと向かってくる帝国軍機――航宙機3機、ウォリアー3機を正面に見据えるや、ウィングを展開して爆発的な加速を開始した。そしてまずは航宙機に向けマシンガンを放つ。


『なにっ、こいつ……グワーッ!?』

「あはっ、急に飛び出して来たから驚いちゃったのかな~?」


 航宙機はこちらの急加速に面食らったのか、回避機動を取る間もなくマシンガンを機体全身に受け、爆散した。


『こ、このォ!』


 ウォリアーの1機がインナーメスガキに向かって突進しながらマシンガンを乱射した。さらに残る2機も囲むような機動を取ろうとするが、それはジェシカの援護射撃によって阻まれる。


 インナーメスガキはウィングを器用に動かし、スクリュー回転機動でマシンガンを避けつつ敵ウォリアーに接近した。


『ヒッ……なんだあの羽つきは!? 速すぎる! 人間業じゃあ……』

「ウンウン、人間離れしてるよねー? だって女の子は誰だってぇ、小さい時は天使だからね♡」

『イヤアアアアなんだこの裏声は!? 耳が腐る! お前のような天使がいるかーッ!?』

「うわひっどぉ……これはお仕置き確定だね」


 インナーメスガキは敵機と交錯するその瞬間、急減速した。そして敵機の胴体を自機の太腿で挟んだ。フザールは細身なため、殆ど中年おじさんに跨る幼女のような絵面になる。


「でもあたし天使だからぁ、最初は騎乗位で気持ちよくしてあげるね♡」

『ウワアアアア!?』


 インナーメスガキはマシンガンを単射で放ち、敵機の手脚を破壊した。宇宙空間ゆえ実際にパンパンと音が響かなかったのが救いだ――そしてインナーメスガキは抵抗する術を失った敵機を、今度は腰をグラインドさせシェイクした。ウィングのジェットも使って超高速かつ上下左右に機動しながらだ。


((なあ、この機動なんか意味あんのか?))

「跨っている間は誤射が怖くて撃ってこれないでしょー? まあそもそも、この機動に照準合わせられるとも思わないけどー」

((そうなじゃくて、何故さっさと落とさないのかだよ))

「くふふ、それはちょっと考えがあってねー……ってアレ、おじさんあたしのテクが凄すぎて気絶しちゃったのかなー?」


 気づけば、メスガキにグラインド騎乗位を喰らっていた敵機はがくりと力を失い、振り回されるままになっていた。強烈すぎるGでパイロットが失神したのだろう。


「まあいいや、1機鹵獲~♡ 残りは……」


 残る2機は、ジェシカの援護射撃を避けつつインナーメスガキに接近する機を伺っていたようだが、やがて退いていった。


 他の艦隊の方を見やれば、スクランブル発進したウォリアー隊の防衛が間に合ったようで、沈んだり大きく損傷した艦は無いようだった――そして敵機の群れは退いていった。


「うん、救援はいらなそうだね。んじゃ目的を果たそうっかなー。ジェシカおねーちゃん、一応警戒お願いね♡」

『は、はい。わかりました……?』


 インナーメスガキはコクピットハッチを開けると、マウントを取られた状態の敵機のコクピットへと向かった。


((何をする気だ……?))

「ふふん、通信暗号の入手だよ♡ パイロットを失神させたからー、データ消去する間もなかったでしょ?」

((いや、だからそれを使って何を……まさか))


 俺はネオアキハバラに滞在している間、いくつかインナーメスガキの買い物に付き合った。その中には、一体何に使うのかよくわからないものが幾つかあった。嫌な想像が膨らむ。


「くふふ、まあ和唐瀬が考えている方は二の次だから安心して♡ さーて御開帳~♡」


 インナーメスガキは敵機のコクピットハッチを開けた。そこには失神した敵パイロットがいるはずだが――コクピット内は真っ赤に染まっていた。確かにパイロットは乗っていたが、そのヘルメットはコンソール類にぶち当たったのかあちこち凹んでおり、フェイスシールドも砕け、そこから大量の血液が漏れ出していた。


「うえー……」

((……あー、うん。頭部に傷を負ったあと、Gで頭部に血が集まって噴き出したんだな、こりゃ))

「説明しなくて良いから……まあとりあえず、通信暗号が生きてるかだけ確かめなきゃ」


 インナーメスガキはコンソールを操作すると、この機体のパイロットが所属していた分隊の通信が聞こえてきた。


『――中尉殿、何故ニックを見捨てたのですか!?』

『馬鹿野郎、あんなんどうやって助けろってんだ!? だがニックは無駄死にじゃあないぞ。表現の自由戦士隊にはエースがいて、しかも新型機が配備されてるって情報はウラが取れた。偵察の成果としては十分過ぎる』

『ッ……くそっ、ニック……』


 ……そこで通信は途切れた。通信範囲外へと離脱したのだろう。


((やはり偵察か))

「みたいだねー。これは提督に知らせてあげた方が良いね」

((ああ、そうしよう))


 俺たちは「ルイズタン」に帰投し、早速フォカヌポウ提督に例の通信の件を報告した。


「やはり偵察か。強襲にしては数が少なすぎたし、攻撃も不徹底だったからな」

「はい。しかし敵は何故このタイミングで偵察を? 要塞砲の観測射撃に使うにしても、まだ距離が遠すぎますし」

「そこは私も疑問に思うところだが……『各艦隊の練度を確認しに来た』くらいしか思いつかんな」

「練度、ですか」

「ああ。航宙母艦からのスクランブル速度、対空砲火の密度、陣形転換の速度……先の攻撃で敵が何か読み取れるとしたら、それくらいしか無いからな。ちなみにスクランブル速度では貴官が、つまり我が艦隊が一番だったぞ。誇り給え大尉」

「誇って良いんでしょうか? 正規軍に不安を覚えてしまいますよ」

「それは全くもって同感だ。特に第二艦隊は遅かったからな……」


 そう言った瞬間、フォカヌポウ提督はハッとした表情になった。


「如何されました?」

「正規軍に不安を覚えるのは、何も我々民兵だけではない……畜生、そういうことか!? 通信手、ブリントン少将に繋げ!」


 通信手がコンソールをいじると、ホロ画面にブリントン少将の姿が写し出された。


「何用かねフォカヌポウ民兵少将?」

「ブリントン少将、即座に攻撃を仕掛けるべきです。なんなら我が艦隊を先鋒にして頂いても構いません」

「先鋒の申し出はありがたいことだが、却下する。今の戦闘でわかっただろう、我が軍の練度は期待していたほどではない。全艦隊の集結を待ち、練度の低さは数で補わねばならん」

「ブリントン少将、それが敵の狙いです。こちらを受け身の体勢にした上で、最も練度が低い部隊を攻撃してくる腹積もりかと思われます」

「敵は圧倒的に劣勢なのだぞ、考え難い……まあ、可能性としては考慮しておくがね? 忠言に感謝する、フォカヌポウ提督」

「少将――」


 ……そこで、通信は切られてしまった。


「くそっ、腰抜け野郎め……」

「提督……」

「ああ、すまない大尉。君が持ち帰った情報を上手く活かすことが出来なかった、私の不徳を許してくれ」

「いえ、提督のせいではないかと」

「そう言ってくれるとありがたいが……これで無駄死にする兵士が増えないことを祈るばかりだよ。大尉、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれたまえ」

「はっ!」


 俺はブリッジを後にしながら、フォカヌポウ提督の憂慮に共感していた。これはまずい事態が起きるのではないか、と。敵は名将と名高いリー大将なのだ、隙を見せたら付け込まれる可能性は高いはずだ。しかしブリントン少将は、ここで守りに入ることこそが隙を消す方法だと確信しているようだ。


 ……どちらが正しいのか、尉官に過ぎない俺にはわからない。俺に出来るのは、その場その場で全力で戦うことだけだ。そう思って格納庫に行き、初出撃を終えたフザールの様子を見に行ったのだが……アビー少尉が俺を見るや頬を膨らませて詰め寄ってきた。


「あーっ、和唐瀬大尉! 私の初陣をフイにしましたねー!」

「な、なんだって?」

「私、初陣楽しみにして張り切ってたんですよ! なのに大尉ったらいの一番に出撃しちゃって、あっという間に敵を追い返しちゃったじゃないですか! 私の出番は!?」

「エエ……? アビー少尉、お前戦いたかったのか……?」

「そりゃそうでしょう、っていうか新米パイロットは皆大尉の機体コンペ観てたんですからね、『自分もああなりたい』って気持ちは今マックスなんですよ? 戦意にあふれているんです!」


 そう言ってアビー少尉は腰に手を当て、平たい胸を張って俺を見上げた。戦場に夢を見ている新兵の目で。……これは危ういな、と感じた。


「少尉。あまり偉そうなことは言いたくないが、戦場は華々しいところではないぞ。俺だって最初はウォリアー乗りは戦場の華形だと思っていたし、はたから見ればそうなんだろうが……死の危険は常に隣にあるんだ。実際俺は初陣で死にかけた。功を焦らず、もっと慎重になれ」

「むー……あんな綺麗な機動で戦場駆け回ってる人に言われても、説得力が……いえ、尊敬する大尉のお言葉です。わかりました、慎重になります」


 そう言ってアビー少尉はぺこりと頭を下げ、去っていった。


((……やかましい娘だけど、意外と物わかり良いじゃん?))

((どうだかね……どこかで暴発しなきゃ良いが……))


 俺はアビー少尉に一抹の不安を覚えつつ、自機の整備班の手伝いを始めた。

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