第6話「作戦会議」


 ジェシカを自室から追い出した後、俺はそのままベッドに飛び込んだ。どっと疲れが襲ってきたのだ。


 今日は色々ありすぎた。初陣、メスガキ化、2度めの出撃、メスガキ化、敵の術策、メスガキバレ。肉体疲労もあるが、脳の処理能力が悲鳴を上げていた。


 ――ふと、戦場掃除の際に幻聴を聞いたことを思い出した。俺に回避運動を促したあの声は、一体何だったのだろう。だがそんな疑問も、疲労とともに押し寄せてきた眠気によって洗い流されてしまった。



 これは夢だな、と直感した。


 俺はパイロットスーツも着ない平服のまま、宇宙を漂っていた。現実であれば、1分と経たずに命を落とすことになるだろう。しかし今の俺は何の苦しみもなく、むしろ心地良さすら覚えながら無限の宇宙を漂っていた。


 ぐるりと360度見渡しても、俺以外の人は見当たらない。無数の星々が明滅し、己の存在を控えめに伝えてくるだけだ――いや、1つだけ主張の激しい星があった。一際小さく、黄金色に輝く星。その星は、光だけは他のどの星よりも強かった。俺は不思議とその星に心惹かれた。その星を眺めていると、身が引き裂かれるような恐怖を感じる。しかし同時にそれを心地よくも感じるのだ。不思議な感覚であった。


((和唐瀬))


 頭の中に声が響く。あの幻聴の声だ。少女を思わせる、鈴のような声。それは俺の頭の中から響いてくると同時に、あの輝く黄金色の星から発せられているように感じられた。


((和唐瀬))


「お前は誰なんだ? あの時、俺に警告を発して助けてくれたのはお前なんだろう?」


((そうよ。あたしは――))



 ブリーフィングを知らせる館内放送で俺は飛び起きた。時刻を確認すれば、ジェシカを追い出してから3時間は経過していた。いつの間にか眠りに落ちてしまっていたらしい。


「なんだったんだろうな、あの夢。幻聴が聞こえてきたばかりか、夢の中で幻聴と会話なんてな……」


 疲れているのかな。いや、実際疲れていたのだろう。神経シートの異常でメスガキロールプレイを強いられた挙げ句、幻聴まで聞こえるようになったとあれば救いがない。そう解釈することにした。


 鏡の前で身だしなみを整える。パイロットスーツのままなのは仕方ない、着替えている時間はない。髪の毛――柔らかめの金髪を撫で付けて寝癖を直す。やや険のある男の顔は、寝起きだからではなく生まれ持ったものだ。盛大な寝痕がついているが、これも仕方ないだろう。


 俺は部屋を飛び出し、ブリーフィングルームへと向かった。


 ブリーフィングルームには、フォカヌポウ提督を始めとして「ルイズタン」に座乗する全ての士官が集まっていた。それに、艦隊各艦の艦長もホロ映像でリモート出席している。幾人かがパイロットスーツ姿の俺を見て片眉を吊り上げたが、強いて気にしないことにする。


 俺が空いている席に腰掛けて程なく、ブリーフィングが始まった。フォカヌポウ提督が話しだしたのだ。


「さて諸君。始めようか」


 彼が言葉を向ける先は、艦長たちだ。これは艦長級会議なのだろう。だが「ルイズタン」の士官全員も集められているのは、フォカヌポウ提督曰く「教育」とのことだ。いつ誰が欠けても艦隊が統制を失わないように、下級士官にも艦長や提督クラスの上級士官の思考方法を学ばせておくという図らいだ。


「我が艦隊は現在、シャイロー第二惑星から第三惑星へと向けて撤退中だ」


 ブリーフィングルームの正面の壁にホロ宙図が表示される。第二惑星から第三惑星へと針路を取る矢印、これが俺たち連邦軍艦隊だろう――そしてこれを追う針路を取り、今現在第一惑星と第二惑星の間にあるのが帝国軍艦隊だ。


「敵は今や別働隊と合流し1つの艦隊となり、我々を追っている。戦力差は9対12、しかも火力で負けている状態だ」


 こちらは航宙母艦1隻、重巡航艦2隻、軽巡航艦6隻。相手は航宙母艦1隻、重巡航艦3隻、軽巡航艦4隻、駆逐艦4隻だ。


「以上を鑑みるに、本来ならシャイロー星系からの撤退を選ぶべきであるが――我々には援軍がある。正規軍の侵攻艦隊だ」


 シャイロー星系の宙図、第三惑星よりもさらに外縁に「ワープベルト」が表示され、そこから点線が伸び、隣の星系へと繋がった。その星系――ナッシュビル星系には、ワープベルトへと進行中の連邦軍艦隊が表示されている。航宙母艦2隻と重巡航艦4隻を含む、強力な艦隊だ。


「我々に与えられた任務は『前衛として機動し、敵艦隊を排除する』ことであった。しかし戦力においては敵方が優勢であり、敵艦隊の排除は困難に見える。――今回のブリーフィングの主題はこれだ、『では我々はどうすべきか?』」


 フォカヌポウ提督が問う。艦長たちは唸り、あるいは黙考し、そして挙手して各々の意見を述べ始めた。


「ナッシュビル星系まで退くべきと考えます。そこで正規軍艦隊と合流し、改めてシャイロー星系に侵入すれば宜しいかと」

「いや、一旦退いては敵に機雷敷設の時間を与えることになる。シャイロー星系に留まって遅延戦闘を行い、正規軍の来援を待つべきだ」

「しかし戦力差は無視しえないものがあります、遅延戦闘は相当危険なものになるでしょう。私は反対です」

「ここで退いては『オタクは軟弱だ』と思われてしまうぞ」

「突撃バカだと思われるよりはマシでは?」


 ……喧々囂々。議論が白熱する中、1人の艦長がぼやくようにして言う。


「せめてウォリアー戦力で勝っていればな……」


 そう言うや、他の艦長がポンと手を叩いた。


「確かにウォリアーの数では優勢とは言い難いが、こちらにはエースが誕生したのでは? ほら、初陣で9機……いや、その後の戦場掃除でさらに1機撃墜して、合計10機落としたとかいう」

「ああ、報告は聞いている。確か和唐瀬少尉だったか?」


 全員の視線が俺に向く。艦長級はみな佐官だ、つまり准尉を除いて最下級の士官である少尉の俺からしたら、殿上人のような人たち――その視線が俺の一身に集まったのだ。緊張で身体が硬直してしまう。


「彼の戦闘能力を利用して、航宙優勢を取ってしまえば戦いようはある」

「待て待て、個人の力量に頼るのは危険過ぎる。それに初陣を終えたばかりの新兵だぞ、先の戦果はビギナーズラックかもしれんのだ」

「だが10機撃墜というのは前代未聞だ、ビギナーズラックで片付けて良いものとは思えない。積極的に運用すべきでは?」


 話の焦点である俺を置いてきぼりにして、艦長たちは再び議論を始めた。おいおいおい、やめてくれよ。確かに俺は敵を沢山殺したいとは思っているが、いきなり作戦の成否を問うような、重大な責任を負うのはまっぴら御免だぞ……!


 そう思っていると、フォカヌポウ提督が一喝するようにして助け舟を出してくれた。


「諸君。いち少尉、いち新兵に作戦の成否を委ねようとするその態度。恥を知れ」


 途端に艦長たちが目を伏せた。俺は心の中でフォカヌポウ提督に感謝した。


「……しかしウォリアー隊を使うという着眼点は正しいように思える。ようは敵がやったのと同じだ、ウォリアー隊で艦隊の足を止める」


 彼はそう言って、ホロ宙図を操作した。連邦軍艦隊を、敵から見て第三惑星の陰に隠す。そしてそこからウォリアー隊を発進させた。


「惑星の陰に隠れた我々を追う敵、その鼻っ柱をウォリアーで叩く。その間に我が艦隊は惑星をぐるりと一周し、敵艦隊の尻へと接近する」

「提督、その作戦は2つ問題があります。1つめは惑星を周回する機動、その速度を少しでも誤ると失敗すること。もう1つは、ウォリアー隊の回収が困難なことです」


 1人の艦長がそう言うと、幾人かの艦長も追随するかのように頷いた。


 確かにこの作戦は困難な速度調整さえうまく行けば、ウォリアー隊と艦隊で敵艦隊を挟み撃ちに出来る。しかしこの位置取りは「ウォリアー隊と艦隊の間に敵艦隊が存在し、ウォリアー隊の帰投が困難である」とも言えるのだ。


 フォカヌポウ提督が反論する。


「確かに艦隊機動は非常に困難なものになるだろう。こちらの機動だけではなく、相手の機動まで読まねばならないからだ。しかしこれは、ブラフをかけることである程度誘導可能なように思う。ウォリアー隊に関しては――正規軍に回収してもらう他あるまい」


 彼は、正規軍が到着するまでの時間を表示した――あと72時間。


「つまり、私の案はこうだ。第一段階として艦隊運動による敵の誘導と時間稼ぎ。第二段階、艦隊を惑星の陰に隠しつつウォリアー隊による足止め。ウォリアー隊は交戦後、ワープベルトに向けて撤退。第三段階、我が艦隊の惑星回り込みによる背面攻撃。そして最終段階、正規軍の到着、ウォリアー隊の回収――そして敵艦隊を我が艦隊とともに挟み撃ちにする」


 野心的で、高度な艦隊運動を要する作戦だ。しかしフォカヌポウ提督の目には自信が宿っていた。それは過信や慢心ではなく、確かな経験に裏打ちされたものだった。少なくとも、俺にはそう感じられた。


 撤退派の艦長たちもその自信に押されたのか、控えめに頷いた。


「詳細に検討すべきと考えます」

「よろしい、始めよう」


 こうして、フォカヌポウ提督の作戦案を詰める作業が始まった。俺たち下級士官も、熱心にその様子を観察して学んだ。

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