第20話「ジェシカとデート?」

 機体選定が終わり、あてがわれた宿舎に入って荷解きをすることしばし。特段することもなくなってしまったので、ジェシカに教えてもらった『やおい坂高校・巨大弁当の星に触れる』という野球アニメを観ることにした。せっかく教えてもらったし、義理として観るか……程度の心持ちだったのだが。


「ウオオオオ熱い! いけっ! 打てーッ!」

((打ったァー!))

「泣くよな、そりゃ泣くよな! 友情の籠もった一打だもんな!」


 俺もインナーメスガキも、どハマりしていた。ガラにもなく涙を流し、気づけば4クール48話を19時間ぶっ続けで観てしまった。


「オイ、劇場版やってるって言ってたよな!? 明日観に行こうぜ!」

((行く行く! あっ、そうだジェシカおねーちゃんも誘おうよ! 感想共有したい!))

「そりゃ良い考えだ!」


 俺は深夜テンションの勢いのまま、ジェシカにメッセージを送った。


『観た。とても良かった』

『早いですね。どこまで観ました?』

『全部』

『もう!?』

『めちゃくちゃハマッて徹夜した。それで明日劇場版観に行くつもりなんだが、一緒に行かないか?』


 ……ここまで送った段階で、ジェシカからのメッセージが途絶え「入力中です」のポップアップが出たり消えたりしながら10分ほどが経過した。


「ああいかん、相手は女性かつ部下だったな……ちと配慮に欠けたか。異性の上官とじゃせっかくの映画も楽しめまい」


 そう思い誘いを取り消そうとした時。ジェシカから返信が来た。


『正直、そこまでハマッて頂けるとは思いませんでした。わかりました、一緒に劇場版観に行きましょう。そして沼に沈めた責任を取って、聖地巡礼にもお連れします。舞台となった場所を見て涙すること、覚悟しておいてください』

「おっと変化球が返ってきたぞ……まあいい、こりゃ楽しみだ」


 俺は明日に備えてベッドに飛び込み、泥のように眠った。


 翌朝、徹夜の疲れが残る身体を無理やり起こし、身支度を整えてからネオアキハバラの映画館へと出かけた。映画館の前には既にジェシカがいて、俺を待っていたようだ。


「すまん、待ったか?」

「え、えと……ううん、全然♡」

「オタクの間で流行ってるのかそれ??」

「まあ、伝統文化と言いますか……」


 ジェシカは、ばっちり化粧を施して髪も綺麗にまとめ、黒を基調にしたワンピースに身を包んでいた。


「……気を使わせてしまったかな?」

「えと……ううん、全然♡」

「はいはい。まあそうだよな。靴が合ってないもんな」


 ジェシカは服とは不釣り合いの、少しヨレた感じのスニーカーを履いていた。足元のおしゃれとは不思議なもので、これだけで色々と台無しに見えてくる。まあ俺もTシャツの上にジャケットを羽織り、下は細身のテックパンツと履き慣れたテックブーツという身なりなので、特段おしゃれをしたつもりはない。


「こ、これは聖地巡礼のため、動きやすさを重視したんです!」

「わかってるよ。んじゃそろそろ入ろうぜ」


 俺とジェシカは映画館に入り、ポップコーンやら飲み物やらを買って劇場に入った(チケットはない。生体認証で入館時に自動チェックされるのだ)。程なくして映画が始まり、俺たちは作品の世界へと入り込んでいった。



 上映終了後、俺とジェシカは道を歩きながら映画の感想戦をしていた。


「凄かったな……」

「ええ、本当に……特に7回表、タケシ君が相手4番との格闘戦を制して塁を守り切ったところは燃えました」

((わかる))

「インナーメスガキもわかると言っている。もちろん俺もな。ちなみに俺は9回裏、フルカウントからの展開にヤラれたね」

「あれは怒涛の展開でしたね。ピッチャーライナーでピッチャーをノックアウト、そこから2塁まで回って……」

「サードとの格闘戦を制し、キャッチャーに放った必殺キック……ベンチからの援護射撃……あれで燃えないヤツは居ないよ」


 そうこう話しているうちに、「聖地」とやらに辿り着いたようだ。それは大きな川にかかる橋で、ジェシカが両手を広げて説明する。


「ここですよ、アニメ2期9話でギアリー君が『オデ、もっと強くなりたいど』って言いながら走っていたところ」

「ここか! あれは感動したなぁ」

「ええ、つられて並走するタケシ君の姿も良かったです……ギア×タケしか勝たん……絶対あの後ホテル行ったでしょ……」

「そ、それはわからん」

((あたしはわかる))

「インナーメスガキはわかると言っている」

「インナーメスガキちゃん、腐女子の才能ありますね?」

「嫌な才能に開花しだしたな……」

「というか、さっきから『わかる』しか言っていないのウケますね。そういうの『語彙力死んでる』って言うんですよ」

((だってさぁ……))

「上手く感動を伝えられないから、肯定しか出来ない……だってさ。俺もそうだがね」

「人間、本当に感動したときはそうなるものですよ。ちゃんとした感想を言えるのは、ある種の才能、ですから」

「なるほどね……いやぁ奥が深いなサブカル……アニメでこんなに感動するとは思ってなかったよ」

「そうでしょうそうでしょう。侮られがちですけど、素敵な作品は沢山あるんです……ふふ」


 ジェシカはにへらと笑った。少しだけ、いつもより距離が近い気がする。


「大尉も、これで表現の自由戦士隊の一員ですね? ……あっ、いえっ、別に今まで部外者扱いしてたとか、そういうことでは……!」

「言わんとすることはわかるよ。今までの俺は、お前たちの大義がわからないまま、ただ武力を振るっているだけだったからな。……今ならわかるよ、お前たちが守りたかったのは、ああいう素晴らしい作品を作ってくれるクリエイターたちなんだな?」

「はい、そうです。ああいった方々を、戦火に晒してはいけません。皆、そう信じて戦っています」

「文化の担い手だもんな。……うん、そうだ。起きて、働いて、食べて、寝る。それだけじゃ人間らしいとは言えないもんな。文化を享受して、はじめて人間になれるんだ」

「ええ。もちろんアニメみたいな『作品』だけじゃなく、日常の些細なジョークなんかも文化に含みます。……そういうものを含めて、守りたいんです」


 俺は表現の自由戦士隊に入る前は、「人間らしい」人間ではなかった。宙港の労働者として働き、食べて寝るだけの生活だった。ジョークなんかも今一わからなかった。


 だが、昨日からのアニメ鑑賞を経て、作品中に出てきたジョークを言ってみたいという気持ちが湧き上がっていた。もっと作品を観て、感動したい。感情を揺り動かされる快感に身を任せたいという気持ちが湧き上がっていた。乾いた心に水が注がれ、それが茹だっていくような感覚。ああ、俺にもこんな感性が、感情があったんだな。


「……本当にありがとうな、ジェシカ」

「お礼を言われるようなことなんて、していないですよ。むしろ沼に沈めたことに対して、一抹の責任を感じているくらいです……さ、次に行きましょう。次はギアリー君がユニフォームに取り付けた、爆発反応装甲を買ったお店です」

「えっ、あれもネオアキハバラなのか。あれを使ったシーンも燃えたなぁ、走者をブロックした瞬間に爆炎に包まれるギアリーがさ……」


 俺たちはその後まる一日聖地巡礼に費やし、大衆食堂(これも聖地だ)で夕食を済ませ、それぞれ帰路についた。


 デートとは言い難い、色気にないものであったが……人生で一番、楽しい一日だったな。

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