第14話 火焔
肌色の面積が多い女が堂々と近付いて来る様子に、通りにいる者達は皆絶句した。
それは先程まで偉そうに騒いでいた
オレンジ色のボブヘアー。赤い瞳。身体の一部しか隠れていない特異な鎧。真っ赤なマント。腰に佩いた剣。
彼女の姿を初めて見た者は皆同じ反応をする。
ただ、水晶だけはその女の姿を見て安堵の表情を浮かべた。
「潘さん……!」
兵士に囲まれた水晶の呼び掛けに潘紅玉は気付いた。赤い瞳が水晶を見付けた。
「貴様……正気とは思えんな……何なんだその格好は? 娼婦か?」
張晏は余りに異常な光景に顔を強ばらせて訊く。全ての女が肌を隠し室内でひっそりと暮らす世界で、街中で堂々と半裸の女がいたら驚くのが普通の反応だ。
「これは
潘紅玉は落ち着いた声で淡々と答えた。その間も仕切りに水晶の様子をチラチラと赤い瞳が追う。
「撈月だと……?」
張晏は眉間に皺を寄せたまま、ズカズカと潘紅玉に近付き目の前に立つと、上から威圧的に見下ろした。水晶より背の高い潘紅玉と並んでも張晏の身体は大きい。
「ははは! そうか、貴様、撈月とか言う逆賊に憧れた頭の弱い女だな? 良く出来た鎧だな。男を誘っているとしか思えん」
張晏はニヤニヤ笑いながらその太い指で潘紅玉の小さな胸を覆う装甲をなぞる。
その行為にも潘紅玉は顔色一つ変えずに、張晏のだらしない顔を見上げている。
「汚い手でご先祖様の撈月甲に触れないで頂きたい」
怒る様子も不快な表情もなく、潘紅玉はただ淡々と真顔で拒絶を伝える。
「ご先祖様? 貴様、自分が撈月の子孫だとでも言うのか? 馬鹿らしい。例え子孫がいたとしても、またあの逆賊のような行為をしようと思う馬鹿はこの時代にはいないだろ。200年前と違って今
張晏が潘紅玉の鍛えられた凹凸のある腹を指でなぞりながら股を隠す細い布に指を掛けた時、潘紅玉はさすがに張晏のゴツゴツとした太い手首を掴み引き離した。
「それより、水晶を放してもらえないでしょうか? 私の連れなのです」
張晏の腕を振り払いながら潘紅玉は毅然とした態度で言う。
「貴様……、さっきからその態度気に入らねーな」
「何故ですか? ちゃんと礼儀を弁えて話していますよ?」
潘紅玉は顔が見る見る怒りで赤黒くなっていく張晏を見ても平然とした様子で首を傾げる。
その態度は恐らく挑発などではなく素だろう。張晏が何故怒っているのかきっと理解していない。
「1つ教えてください。何故水晶はこんな目に遭っているのでしょうか? 水晶が何かしましたか?」
潘紅玉の問に、兵達に囲まれていた燐風が顔を覗かせた。
「水晶は何もしてない! その男は水晶を息子の嫁にする為に因縁を吹っかけて来た! それだけだ! それだけの為に、楊譲さんまで巻き込んで……」
水晶の隣で兵士に両腕を掴まれている燐風が必死に叫ぶと、ようやく潘紅玉の表情が動いた。
「罪人が! ふざけた事を抜かすな! おい! 早くそのうるさい女を連れて行け! 目障りだ! 水晶は丁重に扱えよ。震の妻なんだからな」
張晏の言葉に、固まっていた兵達はまた水晶と燐風の腕を引っ張る。
尻もちを付いていた張震は、水晶も燐風も見ていない。その視線の先には淫らな格好をした潘紅玉がいた。
「やめて! 放して!」
「くそっ! こんな事、お前ら
水晶と燐風の抵抗は虚しく、屈強な肉体の兵達に腕を引かれたまま引きずられてしまう。足を踏ん張っても、地面に線が残るだけ。
「やめてくれ! お願いします、張晏将軍!」
涙を流し許しを乞う楊譲の声も張晏には届かない。
「よし、この撈月ごっこの女も連れて行け! こいつは俺の物にする」
張晏の命令に5人の兵士が潘紅玉の前に立ち塞がる。張晏程ではないが、賊とは比べ物にならないしっかりとした装備。屈強な身体付き。とても潘紅玉1人でどうにか出来るとは思えない。
「潘さん! この人達は賊じゃないから手を出したら駄目ですよ!! 私の事はいいから、逃げてください!!」
水晶の忠告に、潘紅玉がニコリと微笑んだのが兵達の隙間から見えた。その微笑みが何なのか、水晶には分からなかった。
「さあ、大人しくしろよ」
兵士の1人が潘紅玉の右手を掴むと、すぐにそれを振り払う。
突然の潘紅玉の反抗に狼狽える兵士。
「水晶。私の敵は、賊だけじゃないの」
「このアマ!」
振り払われた兵士は槍の柄で潘紅玉に殴り掛かる。それをヒラリと躱し膝の裏に
「貴様! 手を出したな!?」
張晏や兵達は潘紅玉の凶行にザワつく。
水晶と燐風を連行する兵達も動きを止めた。
「私の敵は、女を軽んじる嶺月帝国。だから、この人達は元から私の敵」
言った潘紅玉の瞳は怒りに燃えていた。
「何だと!? やはり貴様も逆賊か! 何をしてる! さっさと捕まえろ!!」
今度はさらに5人の兵士が一斉に潘紅玉へと槍を向ける。
「物騒ね。せっかく皆さんお集まりなのだから、お花見でもしませんか?」
潘紅玉は左手を自らの顔の前で開き、篭手に空いた無数の穴を兵達に向ける。
開いた指の間から覗く潘紅玉の赤い瞳が明るく光った。
「
潘紅玉の左の篭手の指先から肘までに空いた無数の穴がオレンジ色に発光し、そこからボッと
火の花びらが兵達に着火すると一気に燃え上がり、持っていた槍を投げ捨て悲鳴を上げて逃げ惑い地面を転げ回る。
宙を舞う火の花びらは、潘紅玉が左手を動かす方向へ自在に動き回り、それはまるで火が意思を持っているかのような不思議な光景だった。
「な、何だ!? これは?? 妖術か!?」
張晏は突然燃え出した兵達を見て恐れ戦き1歩
張震に至っては悲鳴を上げて真っ先に建物の陰まで逃げて行った。
すると潘紅玉は左手を火が点いて阿鼻叫喚の兵達へと向けた。
「
潘紅玉の一言で、兵達の手元を燃やしていた火はスっと消えた。
兵達は黒焦げになった鎧から白い煙を上げてぐったりと地面に倒れているが、死んだ者も苦しそうにしている者もいない。あまりの恐怖に完全に戦意を失ってしまったようだ。
「ば、化け物め……面妖な術を使いおって! 俺の兵に手を挙げた事、後悔させてやる!」
張晏は勢い良く腰に佩いていた剣を抜いた。
「では、この潘紅玉がお相手しましょう」
潘紅玉は一切焦りを見せず、ただ淡々と剣を抜いて応じた。
水晶も燐風も、その焔を操る不思議な女から目が離せなくなっていた。
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