第37話 牢獄襲撃作戦5

 日も暮れてきた頃、水晶すいしょう曼亭府まんていふの外の丘で待たせていた潘紅玉はんこうぎょく雷梅らいめいのもとに戻って来た。


「遅いんだよ! 燐風りんぷう……! あれ? 水晶さんだけ?」


 水晶が顔を見せるやいなや間髪入れずに文句を言ってきた雷梅は、水晶と一緒に出掛けたはずの燐風がいないのを見ると、あからさまに目を泳がせ、唇に指を当てて動揺しだした。そして、木に寄り掛かって休んでいる潘紅玉のところに行ってしゃがんでしまった。


「水晶、お帰り。燐風は?」


 軽いパニックになっている雷梅の代わりに、涼し気な顔をした潘紅玉が水晶に訊ねた。


「とりあえず、状況を説明しますね」





 ***




 その日の夜。

 宝石を散りばめたように美しい空の下。

 水晶は雷梅と共に牢獄の裏門の路地裏に息を潜めていた。

 元々人通りの少ない裏門前の通りは、深夜になると完全に出歩く人はいない。

 裏門には、昼間訪れた正門と同様に2人の門番の兵士が槍を携え石像のように直立している。

 塀の上にはやはり何人かの兵士が弓を持って巡回しており、夜間と言えど警備は厳重だ。

 雷梅はローブを着て、得物の銀色の三節棍を首に掛け両端をぎゅっと握り締めている。その眼光は門番の兵士や塀の上の兵士達に向けられている。

 水晶もローブの襟元を握り兵士達の動向を注視していた。

 明かりと言えば、門の両脇と塀の上の数箇所にある松明の火と月明かりだけである。


「怖い……ですか?」


「え? あ、はい。まあ」


 恐怖心が漏れていたのか、雷梅は水晶に気遣いの言葉を掛けてくれた。


「無理しないでくださいね。中に入ったら死ぬかもしれませんから」


「はい。でも、それは雷梅さんも同じですよ」


「あたしは、姉貴を救う為なら死んだって構わない。覚悟はとっくに出来てます」


「死ぬ覚悟……なんて、まだ言わないでください。雷梅さんは撈月ろうげつとしてこの国を変えるっていう重大な使命があるんですから。それまでは……死んじゃダメです」


「……そう……ですね。なら水晶さんも」


「私も死ぬつもりはありません。私は潘さんを撈月渠ろうげつきょへ連れて行く。だからここでは死にません」


 水晶が微笑むと雷梅も微笑み返してくれた。


 その時、水晶の視界が一際明るくなった。

 裏門とは丁度真逆にある正門の方で大きな火の手が上がったのだ。


「動いた」


 水晶と雷梅が同時に言った。

 火の手に気付いた塀の上の弓兵達は皆火の上がった方角を見た。気付いていないのは門番の2人だけだ。


「おいおい、火事かよ!」


「正門の方だ。ありゃ……結構派手に燃えてるぜ」


 塀の上の弓兵達は自分の持ち場から離れず互いに呑気に話している。まさに対岸の火事だ。


「おい! どうした? 火事? こっからじゃ見えねえよ」


 弓兵達の話が聞こえた下の門番が状況の説明を求めた。


「正門の方が燃えてるんだよ。だが、妙だな。あの辺で燃えそうなものはないはずだ。放火か?」


 そんな事を話していた呑気な弓兵達だったが、今度はその内の1人が別の何かを見付け騒ぎ出す。


「おい! 待て、敷地内に何かいるぞ!」


「何!? 脱走か!?」


「分からん! だが、あの正門の火事に乗じて動き出したに違いない! 逃がすな! 捕まえろ!」


 弓兵達は塀の上を移動し、敷地内を動き回る何かを追って皆走って行ってしまった。


 残されたのは門番の2人だけ。


「一体中で何が起きてるんだよ。ったく」


 門番の1人がボヤくと、その隣の門番の兵士がドサッと音を立てて倒れた。


「ん? 何だ? どうし──」


「疲れたんだと……よ!」


「ごふっ!?」


 門番の兵士は雷梅の接近に全く気付かず、腹に三節棍の尖端を打ち込まれ両脇を突いて倒れた。


「いいですよ。水晶さん」


 フードを被った雷梅が手招きしたので、水晶もフードで顔を隠して路地裏から門の所まで走った。


「さすが、流れるような三節棍。まさに“銀棍閃ぎんこんせん”ですね」


「い、いいですから、そういうの。……それじゃあ、よ、呼びますよ」


 雷梅は嬉しそうにニヤケながら三節棍で門を軽く3度叩いた。

 するとすぐに門は内側から開いた。


「計画通りだね、水晶」


 出て来たのは燐風。水晶や雷梅と同じくローブを纏いフードを被っている。


「ったくよぉ、無茶するよ。馬鹿燐風」


「あー、雷梅。あたしに会えなくて寂しかった?」


「ば、馬鹿じゃないの? 寂しいわけあるか!」


 雷梅は明らかに嬉しそうだった。怒ったフリをしているが、燐風に無事再開出来た時の顔は満面の笑みだったのを水晶は見逃さなかった。


「さ、それより、見張りが戻って来ないうちに地下牢へ急ぎましょう」


「頼んだよ、水晶。あたしはもう一仕事して来るから。潘さんも次から次へと順調に火点けてるみたい。もちろん、奴らの消火は追い付いてない」


 計画通りに事が運び、気を良くした燐風はニコリと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る