第36話 牢獄襲撃作戦4

 地上には10人程の男の囚人が、費煉師ひれんしと同じ赤褐色の襦袢を着て看守や衛兵と共に待っていた。

 囚人達は費煉師の姿を見るとまた歓声を上げた。


「こりゃ想像以上にいい女だ! はは! 腕が鳴るぜ!」


 囚人達は楽しそうに凶悪な笑みを浮かべ騒いでいる。


「あ、あの、手合わせって、そんな事していいんですか?」


 水晶すいしょうは背後から押してくる門番の男に訊いた。


「本来は駄目だが、典獄てんごくが認めてるなら問題ないだろ。いいからさっさと歩け」


「あ、あの! 少し見てっていいですか? 姉さんが戦うところ見たいんです!……最後かも……知れないから」


 突然、門番の男の袖を掴み燐風りんぷうは哀しそうな顔で強請る。同時に水晶に目配せしたので水晶も哀しげな顔で門番のもう片方の袖を掴んだ。


「チッ……まぁ、少しだけならいいだろう。だが、見なかった方が良かったと後悔する事になるぞ。囚人の男共の目的は腕試しなんかじゃない。本当の目的はその先にある。費煉師に限らず、女の囚人が入ったと知ると奴らは何処からともなく金を集め、看守や典獄を買収してその女と直接会えるように仕向けるんだ。ふん、その後どうなるかは……言わなくても分かるな」


 その話を聞いた燐風は不快そうな顔をして門番から手を離した。水晶も手を離し一歩後ずさる。


 そうこうしているうちに、費煉師は看守に広場の中央へと押し出されていった。そして、手枷を外されると、久しぶりに開放された自らの手を動かしその具合を確かめニンマリと笑った。

 費煉師の向かい側には10人の男が横一列に並ばされ、その内の1人の手枷が向こうの看守によって外された。

 手枷を外された男は屈強な体付きの大男。口や顎にはゴワゴワとした黒い髭を蓄え費煉師を見てニヤリと笑った。


「皆の者静粛に」


 広場の端にある看守塔の上から上等な着物を着た中年の偉そうな男が2人の衛兵を左右に従え話し始めた。おそらくこの牢獄の典獄だろう。


「これより、囚人・謝英しゃえい他、9名の者の求めに応じ、囚人・費煉師との武術による仕合を執り行う」


 典獄が宣言すると囚人達は歓声を上げた。周りの衛兵や看守達もどこか楽しそうに笑顔を浮かべている。


「費煉師からも常日頃から外で身体を動かしたいとの申し出があった為、その気持ちを汲んで開催するものであって、決して同意を得ていない不当な行為ではない」


 典獄の話が一区切りする度に囚人達は歓声を上げる。


「あらあら、都合の良い事を仰いますね」


 費煉師がクスリと笑いながら言うと、看守に「黙れ」と髪を引かれた。


「ただし、囚人一同、次に述べる規則だけは厳守する事」


 典獄が隣の衛兵の1人に合図すると、衛兵は頷き1歩前へ出て持っていた紙を広げた。


「1つ、武器は棒のみとする。2つ、仕合相手を殺してはならない。3つ、仕合相手以外に危害を加えてはならない。4つ、逃亡を図ってはならない。5つ、敗者は勝者の願いを1つ聞くこと。以上、これらを破る者はその場で射殺する」


 衛兵が手で指し示した方を見ると、塀の上には衛兵が弓を装備して囚人達に目を光らせていた。


「燐風さん、これ、不味いんじゃ」


 水晶は小声で燐風に言う。


「うん、今の話だと、費煉師は10人の男達に連続で勝たないと10人全員の言う事を聞かないといけなくなるね……」


 燐風は額に汗を浮かべている。

 費煉師に一方的に不利な条件の仕合。これがこの国の男尊女卑の実態。水晶は悔しくとも何も出来ない無力な自分に腹が立ち歯軋りをした。


「それでは両者、棒を持ち前へ!」


 看守塔の衛兵が声を掛ける。


 費煉師は看守から棒を渡されると、向こう側からやって来た棒をブンブンと振り回す大男に対峙する。


「囚人の奴らは元軍人だ。軍律を破り投獄された。可哀想に、お前らの従姉妹も今夜は慰みものだな」


 隣の門番が他人事のように言った。


「そんな……」


 水晶はローブの胸元をギュッと握った。


 大男、謝英が棒を構える。


「へへへ、いい女だ。久しぶりに楽しめそうだぜ」


「私も、久しぶりに身体が動かせるので昂ります」


 費煉師は身長差が2倍はあろうかという巨大を目の前にしても笑っている。


「始め!!」


 看守の掛け声と共に謝英が仕掛けた。

 謝英は棒を右から左からと振り回す。費煉師は冷静にそれを棒で的確に防ぐ。


「はは! 武挙に通ったくらいで偉そうに! この謝英に女が適うとでも思ったのか!!」


「こんなに大きな方と闘うのは初めてでどんなものかと思ってましたが、なるほど、分かりました」


「何が分かったって──」


 謝英が開いた大きな口を費煉師の棒が下から叩き上げる。

 そして、そのまま膝の裏を打ち膝を突かせた所で腹を容赦なく叩いた。

 あまりの衝撃でその棒はバキっと音を立ててへし折れ、同時に謝英は苦しそうに前のめりに倒れ悶えたまま地面を転げ回った。

 すぐに衛兵が謝英をその場から引きずり出し控えていた医者が手当を始めた。


「もしも棒が大刀なら、貴方は真っ二つでしたね。さ、次の相手はどなたです?」


 費煉師は黒髪を片手でふわりと払うと折れた棒の先を囚人達に向けて言い放った。


「この……つ、次は俺が行く!」


 囚人達の中で1番大柄の謝英があっさりやられてしまった事で、囚人達は明らかに動揺していた。


 2番手の男にも棒が渡され、衛兵の合図で費煉師に突っ込んだ。費煉師は折れた棒を捨て、謝英の落とした棒を拾い上げて構える。


「ふふ、既に臆病風に吹かれた者ほど闘い甲斐のない事はないですね」


 費煉師は男の棒の横払いを屈んで躱すと、一瞬で懐に入り、鳩尾へと棒を突き出し、隙が出来たところでまた膝裏を棒で叩き地面に倒すとその背中を踏み付けた。


「次!」


「この女がぁ!!」


 3番手が来るかと思いきや、残りの囚人達全員が一斉に棒を持って飛び掛ってきた。それを慌てて周りの衛兵が止めに入る。


「殺してやる!! 費煉師!!」


「1対1で勝てないからと言って数を頼りにするなんて情けない! 臆病者!!」


 費煉師の挑発に激昂した囚人達は棒をデタラメに振り回し、それを止めに入った衛兵達とも乱闘になった。水晶の隣にいた門番も慌ててその乱闘の鎮圧に加わった。その間にも費煉師は次々と襲い来る囚人達を薙ぎ倒している。


「水晶! 耳貸して」


 ヒソヒソと話した始めた燐風の話の内容に水晶は目を見開いた。


「じゃ、頼んだよ」


「危険ですよ! 一旦一緒に戻りましょう」


「水晶には大金を払わせといて、あたしだけ何も貢献出来ずに皆のところに戻るなんて出来ないね! あたしも撈月ろうげつの一員なんだから」


 そう言って燐風は微笑むと、混乱に乗じて、器用にも近くの建物の屋根に飛び上がりながら牢獄の奥へと消えてしまった。


 水晶はそれを見届けると急いで牢獄の出口へと走った。

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