第16話 ローブ
何が起きたのか、
それは馬上からの落下の恐怖に怯え叫び続けていた時に突然起きた。馬を操っていた
***
「あ! 水晶目ぇ覚めた?」
聞き覚えのある声に水晶は身体を起こした。
そこは飛脚屋の奥の部屋。美味しそうな香りが鼻腔を刺激する。窓の外は真っ暗で部屋は燭台の明かりで照らされていた。
部屋の真ん中の食卓にはニコリと微笑む
「あれ? 私、どうして眠ってたんですか? 確か、張震に連れ去られてから……」
「その後、燐風が追い掛けて君を助けたのじゃよ、水晶」
楊譲が立ち上がり食卓の空の湯呑みに茶を注ぎながら言った。
「あ……誰かに助けてもらったような感じは覚えてましたが、燐風さんだったんですか。ありがとうございます」
「いいよ、改まってそんな。あたし達は水晶の連れに助けてもらったし。ね? 楊譲さん」
「そうじゃな。食事を振る舞うくらいしか恩返しが出来ないのが心苦しい。金は要らんと言うし。ほら、水晶もこっちに来てお食べ」
楊譲は空いている席に湯気の立った湯呑みを置くと水晶を手招いた。
「ありがとうございます」
水晶が席に座ろうと椅子を引くと、頬杖を付いた燐風がこちらを見て不敵に笑う。
「その前に水晶。キミ、潘さんに渡すものがあるんじゃないの?」
燐風に指摘されて、水晶はずっと懐に入れていた灰色のローブを取り出した。
「そうだ。潘さん、これ。楊譲さんに頂きました。それと、
すると、咥えていたおやきを一旦皿に置いて急に立ち上がると、向かいの楊譲に
「感謝します。楊譲殿。これで水晶と旅が続けられます」
水晶は潘紅玉の言葉に胸が熱くなるのを感じた。それは、ただローブを貰えた事に対する感謝のみならず、“水晶と旅を続けられる”と言う言葉を聞いたからだ。
馬にも1人で乗れず、敵に襲われてばかりの足手まといの自分をまだ旅の仲間として認識してくれている事がたまらなく嬉しかった。
しかし、水晶が差し出した銀子を潘紅玉は受け取らず、ローブだけを受け取り広げてどんな具合か見始めた。
「お金は要らない。頂いたならお返しするのも悪いから、水晶が管理して」
両手に1つずつ銀子を持った水晶は、ローブをバサッと羽織った潘紅玉を怪訝そうに見た。
「貴女の役目は2つ。1つは私を
「……はい」
水晶は潘紅玉の冷たい声色に無意識に視線を落とす。
「そして私の役目は、水晶を全力で守る事」
その言葉を聞いた水晶は潘紅玉の顔に視線を戻した。
「だから水晶にお金の管理も任せるよ。私が持ってたら失くしたり無駄な物買ったりしてしまうかもしれないから。……あと、いつも危険な目に遭わせて……ごめん」
水晶は堪らずローブを纏った潘紅玉に抱きついた。
「いいえ、私はちゃんと守ってもらってますよ。それより、潘さん大事な仕事忘れてます」
「え?」
首を傾げる潘紅玉を見上げて水晶は微笑む。
「
潘紅玉はニコリと笑った。優しい潘紅玉の笑顔。滅多に見せないが、だからこそ、たまに見せる心からの笑顔はとても可愛い。
「そうね。それは任せて。それより、額の怪我。大丈夫? 楊譲殿に転んで怪我したって聞いたけど……」
「大丈夫です。傷は浅いって……それより、ローブ似合ってますよ」
「ああー! もう! そういう話は食べながらしようよ! あたしの前でイチャイチャしないでくれない?」
2人の仲の良さそうなやり取りに嫉妬したのか、燐風は頬を膨らませて不服そうに言った。
「ははは、燐風は同年代の女の子の友達がいないから2人が羨ましいんだろ。さあ、冷めない内にお食べ」
「別に……、羨ましくないし!」
楊譲の言葉に燐風は顔を赤くしながら食卓の
「それじゃあ、頂きます」
水晶が言うと、潘紅玉も席に戻り、お互いローブを脱いで出された料理を美味しそうに食べ始めた。
♢
「へぇー、潘さんは撈月の子孫なんだ」
燐風は左手で
「そう。でも私は2ヶ月前に
「え!? 潘さん、黒双山から来たんですか? 初耳!」
「何で? だから初め貴女に会った時に黒双山は安全だって教えてあげたでしょ?」
水晶が何故驚いているのか、やはり方向音痴の潘紅玉は気付いていない。呑気に顔を赤らめて盃に満たした酒を呷っている。
「黒双山から馬で旅してたんなら、2ヶ月もあればとっくに撈月渠には辿り着いてるわな。崔霞村も経由する必要はないし」
水晶の驚きの理由を燐風が代弁した。
潘紅玉はムッとしてまた酒を呷った。
「まぁ、でも潘殿が崔霞村に立ち寄ったお陰で水晶が峨山賊の手から救われ、撈月渠へ確実に向かえるようになったのじゃろ? 潘殿が水晶と出会ったのは偶然ではないかもしれんな」
「出会いは必然……って事か。潘さんが撈月渠に辿り着いて、撈月を復活させてくれれば、男尊女卑のこの世界も変わるかもしれないね。水晶はそんな救世主を導く重要な役目を担ったってわけか。あたしは応援してるよ。女として」
燐風は食べるのをやめて微笑んだ。
「任せてください! 必ず潘さんを撈月渠にお連れします!」
水晶はそう言うと小さな口で焼き饅頭にかじりついた。
潘紅玉は黙々と酒を呑み、おやきをかじり続けている。少食のはずなのに、こんなに食べている潘紅玉を見るのは初めてだったが、どこか微笑ましかった。
「御免下さい」
水晶達が食事を楽しんでいる最中、不意に女の声と共に店の戸を叩く音が聞こえた。
真夜中の女の来客に一同は顔を見合せた。
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