第22話 銀棍閃・雷梅《らいめい》

 薄暗い道を撈月甲ろうげつこうを纏った女が近付いて来る。

 潘紅玉はんこうぎょくは灰色のローブを纏ったまま女の方へと歩いて行った。

 水晶すいしょうはその様子を固唾を呑んで見守る。

 街の2人の男は馬から下りずに水晶の後ろの方で撈月甲の女を親の仇でも見るような目で睨み付けていた。


「あの女です! あの女が山賊狩りを名乗る賊です!」


 礼儀正しい男が叫んだ。


「見たところそれは撈月甲。貴女はもしや撈月の子孫か?」


 潘紅玉は得体の知れない女を前にしても怯む事はなく堂々とした態度で問う。


「撈月の子孫……。いや、違う。あたしは銀棍閃ぎんこんせん雷梅らいめい。お前こそ何者だ? 賊の仲間には見えないけど」


 雷梅と名乗った女は潘紅玉の前に立つと水晶達を見回しながら言った。


「私は潘紅玉。賊ではない。私は貴女が山賊狩りと名乗り、この道を通る民を殺戮していると聞いて真偽を確かめに来ました。この死体の山は貴女の仕業ですか? 雷梅さん」


「……そういや何日か前もお前のような女が1人ここを通ったな」


 雷梅は潘紅玉の質問に答えずに潘紅玉のローブで身体を隠すその姿を見て思い出したように言った。


「もしや、その方は朱燦莉しゅさんりと名乗っていませんでしたか?」


「さあな、忘れたね。あたしの撈月甲に興味を示していたが、ただの旅人だったからさっさと通してやった。だが、お前はそうはいかない。だってなぁ、ただの旅人じゃないもんなぁ。賊の男達と一緒にいるんだもんなぁ。言い訳できねーよなぁ」


「ん? 賊の男達? 何の事でしょう? 彼らは曼亭府まんていふの民……」


「賊は皆殺しだ!!」


 潘紅玉の話を最後まで聞かずに、雷梅は突如、その首に掛けていた銀色の三節棍で殴り掛かって来た。

 潘紅玉は咄嗟に銀の棍を躱す。だが、もう一方の手の鎖で繋がった棍が休む間もなく襲い掛かり潘紅玉に剣を抜く暇すらない。


「水晶! 烈火を連れて下がってて!」


 潘紅玉の指示に、水晶は烈火の手綱を力いっぱい引いて道の端に避難した。

 街の男達も水晶の方へ馬を寄せた。

 すると礼儀正しい男の方が馬から下りて水晶の肩に手を置いた。突然の接触に驚いた水晶は、思わず男から距離を取る。


「あの女やるな……まさか武術の心得があったとは……」


 馬上の粗暴な男が感心して言った。


「ああ、だが残念ながらあの女は殺される。三節棍を防ぐのが精一杯のようだ。君は今のうちに俺達と一緒に逃げよう」


 礼儀正しい男は優しく言った。


「……潘さんは負けません。今まで負けた事ありませんから」


 水晶が小さな声で返すと礼儀正しい男は鼻で笑った。


「君はあの山賊狩りの女の強さを知らないからそんな事が言えるんだ。あの山賊狩りの女は、数十人の男を相手に無傷で戦い抜いた女だ。それを、あんな細くて可愛い姉ちゃんが勝てるとは到底思えない。確かに多少はやるようだが、攻めあぐねている。俺は説得さえしてくれれば良かったんだが、まさか女の説得も聞く耳を持たないとはな。もうどうしようもない。悪いが君の連れは助からない」


「潘さんは負けません」


 男が何を言おうと、水晶は潘紅玉を信じた。ついさっき出会ったばかりの男が潘紅玉の強さを知るはずがないし、教える筋合いもない。


「ああ、そうですか。なら俺達も少し見物させてもらうか。負けそうになったら、俺達は逃げるけどね」


 水晶は男の言葉に返事を返さなかった。逃げるならさっさと逃げればいい。男達が信用出来なくても潘紅玉は絶対に負けない。水晶はそう信じながら潘紅玉と雷梅の闘いを見守った。



 ♢



 銀色の棍が何度も空を裂き、潘紅玉の頭上や耳元を通り過ぎる。躱した先で地面を勢い良く叩く棍は土塊と土煙を巻き上げ、また潘紅玉へと襲いかかって来る。


「あたしの三節棍を何度も躱すとは、お前只者じゃないな。やはり賊の仲間か! 潘紅玉!」


「賊は貴女だと聞いています。山賊狩りを名乗り、善良な街の民を殺戮したと」


「ほざけっ! あたしが殺したのは峨山賊がざんぞくだ! 罪なき民を殺すわけないだろ! 撈月・・はそんな事はしない!」


 “撈月”という言葉に、潘紅玉は剣を抜いた。

 両手で握ったその剣で雷梅の三節棍を受け止める。雷梅の筋肉のついたごつい腕から繰り出される打撃は剣が折れてしまうのではと思う程に重い。


「ほらな、やっぱりお前も賊だったんだ。ただの旅人や商人がそんな立派な剣を持っているはずはない。女が峨山賊の手下に成り下がるなど、お前は撈月の志を侮辱した! この場で身体中の骨を砕いてやるわ!」


 雷梅は笑いながら潘紅玉の剣から棍を離し、瞬時に足元へともう片方の棍を振る。

 ──だが、潘紅玉は少し跳ねただけでその足元への攻撃を躱すと同時に棍を踏み付け、上から襲い来る次の棍を剣で受け止めた。


「この女……!」


 雷梅は歯軋りした。


「貴女は今“撈月の意志”と言いましたが、先程は“撈月の子孫ではない”と言いました。どういう事でしょう? 貴女は撈月の関係者?」


「口ばっかり動かしてねーで、少しは手を動かしたらどうだ? あたしは見ての通り、撈月の意志を受け継いだ女! この国で女を蔑む奴は悪党だ! 誰だろうがぶち殺す! 相手が同じ女でもな!!」


 雷梅の顔は憎悪が満ち、剣を押す腕にも力が宿る。潘紅玉の細腕は徐々に押されていた。力では雷梅に勝てない。しかし、話も通じない。


「話を聞いて頂けないなら、いいものをお見せしましょう」


 潘紅玉は額から汗を流し、引き攣った笑みを浮かべながら言った。


「ごちゃごちゃと何言ってやがる! 賊はさっさと死ねよぉ!!」


 雷梅は吼えながら潘紅玉の脚を蹴り、踏み付けられていた棍を手に取ると、三節棍を2本の剣のように振り回す。その動きは相当訓練された動き。だが、潘紅玉も剣を振り、確実に棍を捌いていく。

 そして、潘紅玉が足元を払う蹴りを出し、雷梅がそれに反応して視線を下に落としたその瞬間──


「クソっ!」


 僅かな隙を突き、灰色のローブを片手で脱ぎ雷梅の視界を遮った。


「勝てねーからって、小賢し真似を……! ……なっ!?」


 雷梅の目の前には撈月甲を纏い肌を晒した潘紅玉。

 その姿を目の当たりにした雷梅は、三節棍を持ったまま口をぽかんと開けて固まってしまった。


「私は撈月第5位・潘僑零はんきょうれいの末孫、潘紅玉。話を聞かない貴女でも、これを見ればお分かりか?」


 格式高い撈月甲を左手で示し、潘紅玉は不敵に微笑んだ。

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