第23話 潘紅玉、戦いを拒む

 潘紅玉はんこうぎょくの身体を目の当たりにした雷梅らいめいは、まさに絶句と言う言葉以外当てはまらないくらいにピタリと言葉が途絶えた。

 雷梅は明らかに潘紅玉が身に付ける撈月甲ろうげつこうに目を奪われている。銀色の三節棍を両手で構え硬直したまま動かない。街の2人の男も同様に雷梅に続く2人目の撈月甲を着た潘紅玉のその身体に言葉を失い見とれていた。


「潘……僑零きょうれいの子孫……潘紅玉……?」


 ようやく絞り出した言葉は潘僑零と潘紅玉の名前。それ以外に言葉が出て来ない程に雷梅は驚愕しているようだ。


「そうです。この撈月甲が何よりの証拠。雷梅さん、貴女は──」


「ははは! 撈月甲に似た鎧など簡単に作れるわ! 現にこの私の撈月甲も村の鍛冶屋で作らせた物。まさか、あの“橙火焔とうかえん潘僑零はんきょうれい”様の名を利用するとは……! おまけに“赤マント”まで用意しやがって! 不届き者め!」


 雷梅は言葉を取り戻すやいなや、またしても潘紅玉へ罵声を浴びせる。


「貴女、撈月に詳しいのですね。撈月のメンバーは一般的には首領の賈美嬢かびじょうしか知られていないはず。“赤マント”の事も知っているようで。何故そんなに撈月の事を?」


 冷静に赤いマントを手で触って靡かせる潘紅玉の問いに雷梅は歯軋りをしてその場で三節棍をまるで子供が駄々をこねるようにブンブンと振り回す。


「そんなの! 決まってんだろ! あたしは血筋こそ関係ないけど、撈月の意志を受け継ぐ女なんだ! 姉貴と約束したんだ! この腐った国を一緒に変えようって! かつて撈月が成し遂げられなかった事をあたし達でやり遂げようってな!」


「なるほど、理解しました。ならば貴女と私は敵ではありません。武器を置いてください。雷梅さん」


 言いながら潘紅玉はあっけなく剣を納めた。

 それを見た雷梅は何とも言えない表情を浮かべ構えを解くかどうするかと思案している。


「敵じゃない……? じゃあ聞くがお前、何故賊の男を連れてるんだよ? 説明してみろ!」


「さっきから賊の男と言いますが、あの2人は曼亭府まんていふの民です。勘違いしてますよ」


「お前……馬鹿なのか? アイツらが自分で賊じゃないと言ったのか知らねーけど、このご時世に見ず知らずの奴の言葉をそんな簡単に信じるのかよ?」


 呆れたように雷梅は武器を構えたまま言う。

 潘紅玉は返す言葉もなく男2人に視線をやる。いつの間にか2人は水晶のそばにいた。手を伸ばせば水晶を襲える距離だ。


「そ、そいつの言う事に騙されちゃ駄目です! 奴はそうやって騙し討ちして俺達の仲間を殺したんですよ!」


 礼儀正しい男は口の横に両手を添えて叫ぶ。その様子には焦りが見える。

 潘紅玉は答えずに水晶を見た。

 不安そうな表情。遠目からでも身体が震えているのが分かる。

 雷梅は鼻で笑った。


「賊か民かも見抜けないようじゃ、やっぱお前が潘僑零様の子孫だと言うのも疑わしいな。そもそも潘僑零様の子孫だと言う証拠も示せないだろ? 撈月の戦士達は賊に惑わされず、悪を見抜いて戦ったんだ。お前なんかはただの間抜けだ。撈月の名を語る逆賊はあたしが成敗してやるわ!」


「ちょ、待って! 私は貴女と闘いたくない! 話を聞いてください! 」


 また襲い掛かって来た雷梅の攻撃を潘紅玉は剣を抜かずに咄嗟に躱した。頭上から振り下ろされた棍が髪を掠り、ヒヤッとする程冷たい風が頬を撫でる。

 潘紅玉は地面を転がりながら雷梅から距離を取る。


「ははは! あたしに勝てないからって今度は剣も抜かずに逃げの一手かよ情けねーな! 手加減はしねー! 討ち取ってやる!」


「やめてください!」


 潘紅玉はまた剣を抜き襲い来る棍を受けた。


「やる気になった? 武器なしじゃ、あたしから逃げられもしないからな? 潘紅玉」


 雷梅は腰を深く落とし三節棍を構えた。

 潘紅玉は剣を構えるしかなかった。



 ♢



 潘紅玉は雷梅の攻撃を剣で防ぎ、そして躱す。

 まともに戦えば雷梅を倒せるかもしれない。しかし、雷梅がどうやら敵ではないと分かると潘紅玉は闘いを拒否した。

 水晶は背後にいる街の男達の気配を常に気にかけていた。気付かれない程ゆっとくりと男達から離れ、いつでも逃げられる準備は整えてある。烈火の手綱は握ったまま。その手は汗でびしょびしょだ。

 この男達が峨山賊がざんぞくである、と言われたら水晶にはそうとしか思えなくなっていた。初めから嫌な感じはしていた。水晶にとって峨山賊は避けるべき存在。今まで峨山賊を避けて生きてきたので、出会った時から本能でこの男達が峨山賊なのだと分かったのだろう。しかし、確信が持てなかったのでそれを潘紅玉に強く伝える事は出来なかった。


「なあ水晶ちゃん」


 礼儀正しい男がいつの間にかまた距離を詰めて水晶の肩に手を置いた。名乗った覚えはなかったが、潘紅玉との会話の中で勝手にその名を知り馴れ馴れしく呼んだのだ。

 粗暴な男も馬から下りて水晶の背後にいる。


「さっきから少しずつ俺達から離れてるようだけど、まさか、あの雷梅とかいう山賊狩りの女の言ってる事を信じるのかい? 俺達が峨山賊だとでも?」


 まさにそう思っていた。だが証拠はない。最も証拠と呼べそうなのは粗暴な男が短刀を持っていたという事だが、護身用として携帯している民もこの国には多くいるので確たる証拠にはならない。


 それでも水晶は2人が峨山賊だと確信していた。本能がそう告げるのだ。


 水晶は2人の方へ身体の正面を向け、1歩、また1歩と後退し距離を取る。


「おや〜? そういう態度は良くないぞ? 人を疑うなんて。これは……お仕置が必要だな」


 礼儀正しい男の顔が悪意に満ちた笑みに変わり、水晶の腕を掴んだ。


「放してください!!」


 腹の底から絞り出した大きな拒絶の声。

 だが──


「うっ……」


 首筋に痛みを感じたと同時に水晶の目の前からは徐々に光が消えていった。光が完全に失われる直前、潘紅玉と雷梅はこちらを見て驚いた顔をしていた。

 その後どうなったのか、水晶には分からない。


 ただ真っ暗な闇に呑まれた。

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