第24話 潘家の証

 水晶すいしょうの首に手刀を入れ気絶させた礼儀正しい男は、手際良く粗暴な男と協力して馬に乗せると足早に相徳鎮しょうとくちんとは別の道へと潘紅玉はんこうぎょくの脇を通り過ぎ駆け去った。


「待ちなさい!」


 潘紅玉が追い掛けようとすると、雷梅らいめいはその行く手を遮るように銀色の三節棍を突き出す。


「邪魔しないで! 見ていたでしょ? 連れが……水晶が男達に」


「ああ、見てたよ? 残念だったな、だが、自業自得ってやつだ。峨山賊がざんぞくを街の人間だと疑わず、大切な仲間を奴らの近くに放置していたんだからな」


「何ですって!?」


 潘紅玉は声を荒らげて剣を構える。


「あたしとは、闘いたくないんじゃなかったのか?」


 雷梅はニヤリと笑う。


「雷梅さん。確かに私はあの男達を賊だと見抜けませんでした。でも、連れ去られたのは私の連れ。紛れもない善良な民です。それを助けに行く私を邪魔するのなら、貴女は私の敵という事になります」


 潘紅玉の赤い瞳が雷梅の黒い瞳を見つめる。


「はは、あたしにはお前の連れがどうなろうが関係ない。お前が峨山賊の仲間ではない事は分かったが、あたしはお前が潘僑零はんきょうれい様の名を語る不届き者だという事を許してはいない!」


 掛け声を上げ、雷梅は三節棍の両端を二刀流の剣術のように振り回し潘紅玉に襲いかかった。右から左から絶え間ない棍の攻撃。それは頭、胴、脚と次々に標的を変え、潘紅玉を殺しに掛かる。

 潘紅玉はその攻撃を見極め、剣で確実に防ぐ。


「だが、お前のその強さは気に入った。あたしの言う事を聞けば、命だけは助けてやる! お前にはやってもらいたい事がある」


「やってもらいたい事……?」


「そうだ。だからまずは剣をしまえ。潘紅玉」


 言いながらも容赦のない三節棍の打撃は潘紅玉を襲い続ける。剣で防ぐ度に甲高い音が街道に響き、オレンジ色の火花が薄暗い崖の間を照らす。


「私は、貴女のような自分勝手で乱暴な人の言う事なんて聞きません。それに私は一月ひとつきの内に撈月渠ろうげつきょに行かなければなりません」


 剣と棍がぶつかり鍔迫り合いとなった。


「お前、今……何て?」


 交差する武器越しに目を見開いた雷梅。潘紅玉はその僅かな隙を突き、がら空きになった雷梅の腹を蹴飛ばした。


「うっ……」


 よろけはしたが倒れる事はなく雷梅は持ち堪え三節棍を構えたまま距離を取った潘紅玉を睨みつける。


「このアマ……!!」


「潘僑零様の子孫だという証……そんなに見たいなら見せてあげましょう」


 潘紅玉は剣を持った右手を額の前で握り、鉄製の篭手に空いた無数の穴を雷梅へと向ける。


「何の真似だ……潘紅玉!!!」


 雷梅は怒りに満ちた顔で三節棍を振り上げて駆けて来た。

 潘紅玉の赤い瞳が明るく光る。


火焔かえん業火城壁ごうかじょうへき


 その口上と共に、潘紅玉の篭手の穴からは勢い良くほのおが噴き出し、たちまち潘紅玉の目の前に焔の壁を形成した。潘紅玉の身長の2倍程の高さの焔の壁が道幅いっぱいに広がり雷梅の行く手を阻む。


「……こ、これは……そんな、まさか……!!?」


 焔の壁の隙間から明るく照らされた雷梅が戦慄しているのが見える。三節棍を手から落とし両膝を突いて放心している。


終焔しゅうえん


 その一言で、焔の壁は潘紅玉の右手の篭手へと吸い込まれるようして一瞬で消え失せた。

 そこには地面を焼いた微かな焦げ臭さと白い煙が残っているだけだ。


 潘紅玉は剣を腰の鞘へと納めた。


「分かりましたか? 雷梅さん」


「あ……姉上……」


「え?」


 雷梅の微かな声に潘紅玉は首を傾げる。

 すると雷梅は突然潘紅玉の足元に這って来て、拱手こうしゅしながらその手を天高く掲げ、仰々しく何度も頭を地に付けながら拝礼し始めた。腰まで長い黒髪のポニーテールがビュンビュンと上下に靡いている。


「姉上! どうか、あたしの無礼をお許しください! 貴女は紛れもなく潘僑零様のご子孫。“火の礎”を宿した選ばれし者はまさに潘家の血筋! ならば撈月の志を受け継いだあたしは貴女の妹分! この雷梅、その事も見抜けず無礼な言動、行動の数々、万死に値します」


 人が変わったかのように何度も頭を下げる雷梅。潘紅玉は片膝を突き、雷梅の肩に手を置き拝礼をやめさせた。


「分かればいいです。雷梅さん。私は水晶を助けに行きます。いいですね?」


「もちろんです、姉上。いえ、むしろお供させてください! あの賊共にこの三節棍を食らわせてやります!」


「本当? それは助かります」


 潘紅玉は微笑み雷梅に手を差し出すと、雷梅はその手を取り共に立ち上がった。


 乱暴で話を聞かない雷梅という謎の山賊狩りの女。

 ただ1つ確かなのは、雷梅が撈月を絶対的に崇拝しているという事。

 空にはいつの間にか綺麗な月が顔を出していた。

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