第2章-3 帝国に眠る同志 《曼亭府編》

第33話 牢獄襲撃作戦1

 千馬道せんばどうの三叉路から5日程ひた走ると、ようやく大きな都市、曼亭府が見えてきた。

 近くの小高い丘に上り、水晶すいしょう潘紅玉はんこうぎょくの馬の後ろからその街の全容を見渡した。隣には雷梅らいめい燐風りんぷうも同じく馬上から街を眺めている。

 吹き抜ける風が4人の髪をふわっと揺らした。空は抜けるような青空である。


「つーかさー、何でお前ずっとあたしの馬に乗ってんだよ? 馬より速いなら自分で走れよ、燐風」


「うるさいなー、走ると体力使う事には変わりないんだから、必要な時以外あたしは走らないって決めてんの」


「何だそりゃ? 本当に速いのかよ? そういやあたし、お前が走ってんの見たことないわ」


「能ある鷹は爪を隠す……ってね」


 燐風は三叉路で合流して以来、ずっと雷梅の馬に乗せてもらっていたが、燐風の友好的な態度に徐々に慣れていった雷梅は、今ではすっかりまともな会話が成り立つようになっていた。

 ただ、仲良くなり過ぎたのか、すぐに雷梅が燐風に喧嘩を売り、燐風がそれを買って口論になるという事が常態化していた。


「はは! 自分でそれ言うとか恥ずかしい奴だな。さすが、脳にも胸にも栄養がいってないだけあるな」


「な、何だと……この……! 潘さん! こいつ口悪過ぎ! 何とか言ってやってよ!」


 燐風は顔を真っ赤にして潘紅玉に助けを求める。しかし、潘紅玉は一度燐風を見るとまた曼亭府の街へと視線を戻した。


「まあまあ、燐風さん、そんな雷梅さんの言う事いちいち気にしてたら心が壊れちゃいますよ」


 潘紅玉に変わって水晶が燐風を宥める。


「水晶は雷梅に馬鹿にされないから平気な顔してられるんだよ! でも、良く考えてみなよ? あたしが貧乳って馬鹿にされてるって事は、あたしより小さい水晶はもっと馬鹿にされてるって事だよ?」


「……は……」


 水晶の聞いた事のないような低い声に燐風と雷梅は唾を飲む。


「今のは燐風が悪いね。てか貴女達、曼亭府に到着したんだからそろそろ真面目に作戦考えようよ」


 潘紅玉が冷静に言うと雷梅と燐風はバツが悪そうに肩を竦めた。


費煉師ひれんしが囚われている牢獄というのは何処なの? 雷梅」


「ああ、街の西側にある大きな建物ですよ。あそこに捕まってるはずです。あたしも実際にそこにいるのかは見たわけじゃないから絶対とは言えませんが、この街の犯罪者は皆あそこに連れて行かれます」


 3人は雷梅の指さす方を見た。


「何だ、本当に入ってるか分からないの? それじゃあいないかもしれないじゃん? 別の街に護送されたかもしれないし、流刑になってるかもしれない」


 燐風が雷梅の背中越しに言った。確かにその通りだと水晶も潘紅玉も頷いた。


「そ、そうなんですか? あたしは、姉貴が曼亭府の兵達に捕まったのを見たからてっきりここにいるものだと……」


「じゃ、じゃあまずは、ここに費煉師さんが本当に捕まってるかどうか確かめる必要がありますね」


 水晶が言うと潘紅玉が頷いた。


「そうだね、水晶。助け出そうとしても牢獄の中にいなかったってなったら意味ないからね」


「そもそもなんですが、牢獄の中に見付からずに入る事なんて出来るでしょうか?」


 水晶が唇に指を添えて言うと、雷梅の後ろの燐風が手を挙げた。


「あたしなら多分入れる」


「へぇ面白い。猿みたいに塀を飛び越え屋根を走るのか?」


「雷梅、少し黙って」


 潘紅玉に叱られ雷梅はあからさまに落ち込んで俯いた。


「多分侵入は余裕だと思う。念の為、一旦牢獄の周りを見てみたい」


「よし、じゃあ私達も牢獄へ」


「待ってください、潘さん。ローブ姿で固まって動くのは目立ちます。まずは下見だけですから、潘さんと雷梅さんはここで待っていてください。私が一緒に行きます」


「え? 水晶が?」


「はい。だって潘さんと雷梅さんはローブの下は撈月甲じゃないですか。何かの拍子でローブがめくれて撈月甲が見えてしまったら大騒ぎになりますよ」


「でも、2人だけじゃ危険じゃない?」


 潘紅玉が言うと燐風が馬から下りた。


「大丈夫! いざとなったらあたしが水晶背負ってここまで逃げて来るからさ!」


 言いながら燐風は馬上の水晶へと手を伸ばす。水晶はその手を取り烈火から下りた。

 振り返ると潘紅玉の心配そうな表情。


「潘さん、そんな心配しないでください。絶対に燐風さんと離れません。今回はまだ危険な事をするわけじゃないんですから」


「分かったよ。そこまで言うなら任せるよ。水晶、燐風」


 水晶は微笑みで応えた。


「では、ちょっくら行ってきます」


 燐風は潘紅玉に拱手こうしゅすると、水晶を引き連れ丘を下り曼亭府へと向かった。

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