第6話 緑の中の鮮血

 潘紅玉はんこうぎょくが手にするのは1本の真っ直ぐな剣。

 5騎の賊は、潘紅玉が剣を抜いたのを見て槍を構え、馬の速度を緩め互いに距離を取りつつ様子を窺うようにゆっくりと近付いてくる。


「剣を抜いたな。あの女。よく見ると厄介者の撈月ろうげつの格好をしてやがる」


「孟の小親分に突き出す前に俺達でいたぶろうぜ。あの後ろに隠れた奴も女かどうか調べねえとな」


 賊の男達は下卑た笑い声を上げながら徐々に潘紅玉と水晶すいしょうのもとへ近付いてくる。


 1騎の賊が潘紅玉を槍の間合いに捉えた。潘紅玉は動かず馬上の賊の男を見ているだけだ。それは恐怖で動けないわけではない。ただ賊の男の様子を窺っているようだ。

 ゆっくりと槍の切っ先が潘紅玉へと向けられる。


「おい女。何故撈月なんかの格好をしている? お前俺達にられたいのか?」


 槍の切っ先は潘紅玉の細い首筋に触れるか触れないかの所で止まっている。


「やれるものならやってみてくださいよ。大前提として、貴方達は私を捕らえる事は出来ませんけど」


 潘紅玉は馬上の賊を睨み付けて挑発するような言葉を吐く。


「ははははは! 随分な自信だなクソ女。この状況で逃げられると思ってんのか? 女の分際で男に逆らうなよ?」


「なら捕まえてください」


 潘紅玉はそう言ったかと思うと、素早い動きで剣を振り上げ槍を弾き、地面を転がり賊の左側面に出ると馬の手網を賊の左側に思いっ切り引っ張り馬の重心を傾ける。


「おっ!? てめっ!? うおっ!」


 そのまま賊の男は馬から滑り落ち地面に転がり仰向けに倒れた。


「あはははは!」


 潘紅玉はその光景を見て楽しそうに笑い声を上げる。そしてそのまま賊の腹を躊躇なく鉄の装甲を纏った足で踏み付けた。


「うごぉっ……!?」


 踏み付けられた賊の男は苦しそうに呻き声を上げると草むらの中で丸まってしまった。


「1人目! 討伐!」


「このアマ! 調子に乗りやが──」


 近くで潘紅玉の様子を窺っていた賊の男が槍を頭上に構えたその瞬間に、潘紅玉は馬上のその賊を袈裟斬りで鎧ごと斬り捨てた。傷口から真っ赤な血が噴き出すのが目に入り水晶は思わず目を逸らす。


「2人目! 討伐!」


 斬られた男は馬からずり落ちて草むらに消えた。

 あまりに素早く華麗な身のこなしに他の賊の男達はたじろぐ。


「気を付けろ! この女、ただもんじゃねぇ! ……本当に撈月かもしれねぇ」


「じょ、冗談じゃね。撈月がこの時代にいるわけねぇだろ」


 残り3人の賊共は馬上で槍を低く構え、潘紅玉を取り囲むようにジリジリと距離を詰める。


「貴方達の目は節穴ですか? どこからどう見ても、撈月でしょ?」


 潘紅玉は剣を下ろし、左手で胸元を示しくるりと回転して身に纏う撈月の証“撈月甲ろうげつこう”を見せ付ける。


「へっ……、何でもいいけどよぉ、その身体、早く舐め回してぇぜ」


 賊の1人が舌を出してニヤリと笑って言うと、潘紅玉は何故か嬉しそうに微笑み、剣の柄を両手で握りその賊のもとへ突っ込んでいった。


 ──と、水晶が潘紅玉の俊敏な動きに見とれていると、不意に足首を掴まれたので思わず甲高い声を上げて足下を見る。


「へへへ……やっぱりお前も女だったか」


 それは先程潘紅玉に腹を踏まれ悶えていた男だった。草むらを這って隙だらけだった水晶に狙いを変えていたのだ。


「放して!」


 咄嗟に水晶は賊の男の頭を兜ごと蹴り飛ばす。


「このガキ……!」


 這いつくばっている賊の男は水晶の足首を掴んでいた手こそ放したが、蹴りのダメージはないようで、ふらふらしながら立ち上がった。

 水晶は身を隠していた木の枝を掴み、足場にして、あっという間に賊の男が立っても届かない程の高さまで登った。


「何だコイツ、猿みたいなやつだな……まあいい。そこでじっとしてろよクソガキ」


 賊の男はニヤつきながら落とした槍を草むらから拾い上げ、木の上で震えている水晶の方にゆっくりと伸ばす。


「やめて! 危ないって!」


「ほらほら、大人しく下りて来たら痛くしないよお嬢ちゃん! ははははは!」


 楽しそうに木の下で賊の男が笑いながら槍で水晶のローブの裾を捲り、その下に穿いているスカートをも捲ろうとしてくる。


「やだ! やめて! 助けて! 潘さん!!」


 水晶が涙ぐみながら叫ぶと、足下の槍が急に引かれた。

 どうしたのかと涙を袖で拭い下を見ると、賊の男は身体から血を噴き出し槍を落とした。真っ赤な鮮血が森の緑をおぞましい色に染める。赤を撒き散らす身体はドシャリと草むらに沈んだ。

 その隣には剣の血を振り払い鞘に納める潘紅玉。あっという間に5人の賊を倒していた。主を失い残された5頭の馬が足下の草を食んでいる。


「もう大丈夫だよ! 下りておいで」


 潘紅玉はオレンジ色の髪をふわりと揺らし木の上の水晶を見てニコリと微笑んだ。

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