第12話 隠せない絆

 通りへ飛び出した燐風りんぷうを追って水晶すいしょうは恐る恐る路地裏から顔を出した。

 燐風は着ていたローブを脱ぎ捨てた。


張晏ちょうあん! 若い女ってのはあたしの事だ! 姿を見せてやったんだから楊譲ようじょうさんを解放してくれ!」


 燐風の行動に張晏達はもちろん、通りの街の人々もざわついた。だが、一番驚いていたのはやはり楊譲だった。


「貴様、この街の者か? 見かけない顔だな」


 張晏は馬上から居丈高な態度で訊く。

 隣の張震ちょうしんは興味深そうに燐風を遠目から見ている。


「あたしは1人で旅をしていてたまたまここへ来た! 飛脚屋へは荷物を運んでもらおうと思って寄っただけだ!」


 燐風の言葉を聞き水晶は悟った。燐風は水晶の身代わりになるつもりだ。確かに住人にその存在が露見したのは水晶だけ。飛脚屋の燐風の存在は露見していない。もし燐風が飛脚屋で働いていた事まで露見したら楊譲の罪はより重くなってしまう。そう考えて燐風は楊譲を助け、さらには水晶までも助けようと考え水晶の咎を背負ったのだ。

 水晶は自分のせいで燐風と楊譲の幸せな生活を壊してしまった事にいたたまれなくなり顔を手で覆う。


「はは、ははははは!」


 燐風の話を聞いた張晏は突然笑い出した。


「確かに若い女だ! 名乗り出た事は立派だ。褒めてやろう。だが、妙なんだよな」


「え?」


 張晏はニヤニヤとしながら怪訝そうに首を傾げる燐風へと馬を寄せる。


「若い女は若い女だが、髪の毛も、瞳の色も違う。旅の女は茶色い髪と水色の瞳だと、布屋から聞いているが?」


 その特徴を聞いた燐風は返す言葉に詰まり不自然な間を作ってしまった。


 路地裏に隠れて聞いていた水晶も、その特徴がまさに自分の事だと気付いた。初めから飛脚屋に入ったのが水晶だという事が知られていたのだ。つまり、燐風が水晶の身代わりになる事は逆にもう1人の若い女がいたという事実を張晏に教えてしまった事に他ならない。


「そ、それは布屋の見間違いだろ。若い女はあたし1人だ」


「妙な事はまだある。何故貴様は旅人の癖に俺が張晏だと知っている? そして、面識のないはずの楊譲を身を呈して庇う?」


「……そ、それは……」


 燐風の頭は混乱しているだろう。水晶だって同じだ。こうなってしまってはいよいよお終いだ。残された方法は1つ。水晶も出て行き嘘をついた事を謝罪する事。それだけだ。だが、それで許されるとは到底思えない。

 水晶は震える身体に両手で爪を立て、他の方法を模索するが恐怖で頭が真っ白で何も考えられなかった。


「貴様に一度だけ機会を与えよう。貴様の正体は知らんが、茶色の髪で水色の瞳の女を連れて来れば、今回の楊譲の罪はなかった事にしてやる」


「だから、そんな女はいない。旅の女は、あたしだ」


「ほう、ならば貴様も楊譲も仲良く牢獄だ。いいのか?」


 燐風は黙って俯いた。


 路地裏から様子を窺う事しか出来ない水晶は、燐風にとっての選択肢が水晶を張晏に差し出す事しかない事だけは理解した。

 燐風はちらりと楊譲を見た。楊譲は首を横に振っている。

 燐風は楊譲を助けたい。水晶が出て行けば燐風も楊譲も助かる。ならばもう、燐風にも水晶にも選択肢は1つしかない。


 水晶は深呼吸して覚悟を決める。


はんさん……ごめんなさい。私、撈月渠ろうげつきょには行けません」


 水晶は涙を流し、そこにいない潘紅玉へ謝罪を述べると路地裏から1歩足を踏み出した────その瞬間だった。

 通りで水晶に背を向けていた燐風の姿が突如として消えて、楊譲を捕らえている兵士へ拳を打ち込み蹴りを放ち暴れ出した。


「このクソ野郎!! 楊譲さんを放せ!!」


 突然の風のような速さに驚いた兵士はつい楊譲の手枷に繋いでいた紐を放した。

 だが、燐風の非力な徒手空拳は鎧を纏った鍛え抜かれた兵士には通じるはずもなく、すぐに周りの兵士達に取り押さえられ地面に倒されてしまった。


「放せ!! 放せ!! 逃げて楊譲さん!!」


 燐風の絶叫が通りに響き渡る。

 楊譲を捕まえていた兵士は殴られた腹いせに既に無抵抗の燐風の背中を何度も踏み付ける。


「やめろ!」


 その燐風の憐れな姿に耐え切れなくなった楊譲が燐風を踏み付ける兵士を突き飛ばし、押さえ付けている他の兵士達の間に割って入った。


「おい、燐風。お前どうして出て来た? 1人で逃げれば良かったのに、何故こんな馬鹿な事を……」


「楊譲さん……貴方を置いて逃げられるはずないでしょ……貴方は、私のたった1人の……“家族”なんだから」


 楊譲は地面に這い蹲る燐風を見て唇を噛み締めた。

 そこへ張晏が馬を下りて近付く。


「おい、楊譲。やはりその女はお前の知り合いか。一体何者だ?」


 楊譲は顔を上げ張晏を見る。


「儂のじゃ」


 燐風はその言葉を聞き涙を流す。楊譲の顔にも涙が光った。

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