第13話 私はここにいる

 楊譲ようじょう燐風りんぷうを娘と認めた。

 だがその事が張晏ちょうあんの同情を誘う事はなかった。

 水晶すいしょうは路地裏で息を殺し、燐風と楊譲の様子を窺う。見ているだけで何もする事は出来ない。助け出す方法さえ思い付かない。


「成程な。それで合点がいった。それは身体を張ってでも助けたいはずだ。だが、いずれにせよ、俺に嘘をついていた事に変わりはない。それに、その女は俺の兵に手を上げた。このままだと、どちらも牢獄……その女に関しては殺威棒さついぼうによる棒叩き20回が待っている……が」


 張晏は不敵な笑みを浮かべ言葉を溜めた。


「茶色い髪と水色の瞳の女を連れて来れば、許してやらん事もない。どうする?」


 張晏の提案を聞き楊譲は鼻で笑う。


「張晏将軍。そんな女はおらん。布屋の見間違いだ。この子の分の殺威棒も儂が受ける。全ての元凶は儂じゃ。この子は許してやってくれんか。お主も人の親じゃろ」


「ほう、そうか。ならば、布屋の男は褒賞目当てに虚偽の報告をした事になるな。俺は嘘が嫌いだ。おい、誰か! 布屋の男を捕らえ棒で打て! 男の家族も捕らえ牢にぶち込め!」


「なっ!? そこまでしなくても……」


 楊譲があまりの厳罰に抗議するが張晏は右手でそれを制した。


「いいか! 民達よ! 俺の納めるこの街で嘘は断じて許さん! 貴様からが峨山賊がざんぞくの脅威から守られているのはこの張晏のお陰なのだぞ! さあ、まずは犯罪者の布屋の男を──」


「私は! ここにいる!!!!」


 張晏の声をかき消す程の大声が通りに響き渡り、その声の主に視線が一斉に集まる。


 茶色い髪の毛。水色の瞳。

 水晶はついに声を上げ名乗り出た。全ては自分の不注意から生まれた不幸の連鎖。自分1人の身体でどうにかなるなら、と、恐怖と戦いながら水晶は覚悟を決めた。


「おお! いたぞ! 本当にいたぞ! ほら、こっちへ来い」


 張晏は嬉しそうに水晶を手招きする。

 まだ震えている身体に鞭打って、水晶は恐る恐る張晏のもとへ歩いて行く。


「名は?」


「水晶です」


「水晶か。おい、震。どうだ、この娘は? 楊譲の娘とどちらが好みだ? 好きな方を選べ」


 張晏は息子の張震ちょうしんを呼んだ。すると、着物の若い男が馬から下りて水晶の前に立ち、まじまじと水晶の容姿を品定めを始めた。


「父上。この娘の方が好みです。水晶を私の妻にします」


 張震は目を輝かせて言うと、水晶の頭を気安く撫でた。


「よし! 決まりだ。では早速式の日取りを決めようか。よし、戻るぞ!」


 何の説明もないまま、水晶は燐風の言った通り張震の妻として即決された。水晶に選択の余地はなかった。


「この野郎……水晶に触るな!」


 張晏が兵をまとめて引き上げようとすると、地面に頬を付けるように倒され押さえ込まれていた燐風が水晶と張震の間に割り込み、満足そうな顔をしている張震を蹴り飛ばした。

 情けない声を上げ張震は地面に倒れた。


「燐風……! やめろ、そんな事したら、お前」


「こんな理不尽な事が許されるはずない! 権力があったら何したって許されるのかよ!?」


 楊譲の静止に耳を貸さず、燐風は水晶を庇うように立ちはだかる。


「燐風さん……」


「水晶、何で出て来たのよ。せっかく逃げられるチャンスを作ってあげたのに」


「貴様! よくも俺の息子に手を出してくれたな!? 者共! 楊譲の馬鹿娘を捕らえろ!! 殺威棒100叩きだ!!」


 張晏の怒号と共に兵士達が燐風と水晶を捕まえようとむらがる。


「いや! やめてーー!!」


 無力な水晶はただ叫ぶ事しか出来ない。

 燐風は抵抗しているがその抵抗が無意味である事はすぐに分かった。燐風は兵士に顔を殴られ、水晶もそれに巻き込まれ髪やローブを乱暴に引っ張られた。


「や、やめてくれ張晏将軍!」


 楊譲の必死の叫びは届かない。


「ち、張晏将軍! 女……女です!!」


 そんな中で1人の兵士が狼狽えたように通りの先を指差し張晏を呼ぶ。


やかましい!! 女がなんだと言う……あぁ?? な、何だ!?」


 張晏の視線の先をその場の全員が見た。


「あんまり遅いから、ちょっと様子を見に来てみたら……一体何の騒ぎなの?」


 兵達の動きが止まり皆同じ方向を見ている。水晶も兵達の間から顔を覗かせて視線の先を見る。


「……あ」


 そこには、裸同然の格好の女が真っ赤なマントを風に靡かせゆっくりと歩いて来る姿があった。

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