第28話 目指すは撈月渠か牢獄か

 日が昇った。

 空は澄み渡る青空。清々しい空気が水晶すいしょうを心地好く眠りから起こしてくれた。

 雷梅らいめいはまだ寝息を立てて眠っている。寝相も良く、こうして見ると凶暴な山賊狩りの面影はない。潘紅玉はんこうぎょくと同じ普通の女の子だ。

 焚き火は寝ている間に消えたようで燃えていた枝は黒い炭になっていた。

 烈火と雷梅の馬は近くで草を食んでいる。


「あれ? ……潘さんは?」


 寝ぼけ眼を擦り辺りを見回すが潘紅玉の姿が見えない。昨晩雷梅が打ち殺した賊の男の死体も見当たらない。視界には断崖絶壁に挟まれた一本道、そして反対側の拓けた大地に森が広がっているだけ。

 潘紅玉が寝ていた場所には水晶のローブだけが昨日と同じ丸めた状態で置いてある。

 水晶は立ち上がり辺りをキョロキョロと念入りに見回す。烈火がいるのだから潘紅玉1人で遠くへ行ったわけではないだろう。

 すると、烈火は首を上げ耳をピクリと動かして森の方を見た。

 水晶も連られて森の方を見る。


「あ! 潘さん!」


 森の方からはこちらへ歩いて来るローブを纏った潘紅玉の姿が。

 どこかスッキリとした顔をしていて調子が良さそうだ。


「おはよう、水晶」


「おはようございます……って! 急にいなくならないでください! ……心配しました。身体はもう大丈夫なんですか? 」


 水晶は潘紅玉のそばに駆け寄るとその血色の良い顔を見て訊ねる。


「あ、ごめん。もう大丈夫。火の礎はね、火を使い過ぎると、その後物凄い倦怠感と眠気に襲われるんだよね。でも、大抵一晩寝れば元気になるから心配しないで」


 潘紅玉は頬を染めながらポリポリと頬を掻いて言う。


「ごめんなさい、私を助ける為にそんな辛い思いさせてしまって」


「ん? ああ、いいのいいの。私が火力間違えたのが悪いんだから。普段の焚き火の着火とかなら全然問題ないから」


「そうなんですか。でも、そうだと分かったら私もあんまり潘さんに頼って火を使い過ぎないようにしないとですね。ところで、一体森で何してたんですか? こんな朝早く」


「ああ……賊の死体を火葬・・してた。水晶、死体見るの嫌がってたから」


「え、あ、ありがとうございます……でもそんな、回復したばかりなのにまたそんな火を使うような事……!」


「心配し過ぎだって、ちょっとなら全然平気。それに定期的に火を使わないと逆に体調悪くなったりするんだよ」


 潘紅玉は水晶の心配そうな顔を見て必死に弁明をする。


「そうですか。でも、無茶は絶対にしないでくださいね。私ももう二度と賊に捕まるような事はしないように気を付けますから」


「分かったよ、水晶。約束」


 素直に頷いた潘紅玉はオレンジ色の髪を揺らして微笑んだ。


「そ、それじゃあ私、ちょっと森の方で……その……お花摘んで来ますので」


「ああ、ごゆっくり」


「いえ、すぐ戻ります。戻ったら朝ごはん作りますので」


 水晶は潘紅玉に手を振ると森の方へいそいそと走った。


 ♢


 水晶もスッキリとした顔をして森から戻ると、雷梅も起きていて潘紅玉と何やら話をしていた。


「戻りました」


「お帰り。今雷梅からお姉さんの話を聞いたよ。お姉さんを助け出す為に私に力を貸して欲しいって」


 潘紅玉は雷梅から貰ったであろう干し肉をかじりながら言った。同じく雷梅も干し肉をかじっている。


「もう、朝ごはん作るって言ったのに……それで、潘さんはどうするつもりですか?」


 水晶は腰を下ろして潘紅玉に訊ねる。潘紅玉に与えられた選択肢は『このまま撈月渠へ向かう』か『雷梅の姉、費煉師ひれんし曼亭府まんていふの牢獄から助け出してから撈月渠ろうげつきょへ向かう』か。


「私は費煉師を助けようと思う」


 潘紅玉の迷いのない回答に、水晶は目を背ける。


「潘さん、貴女、費煉師さんがどこの誰に捕まってるか聞きましたか?」


「曼亭府の牢獄。軍に捕まったって聞いた」


「そうです、軍に捕まったんです。峨山賊がざんぞくに捕まったならともかく、相手は軍隊です。軍に捕まった人を助け出すと言う事は、つまりは国に逆らって戦うって事です。完全に私達は国の敵になってしまうんですよ? 撈月渠に到着する前にそんな事になったら不味いですよ」


「分かってる」


 事の重大さが分かっていないのか、潘紅玉は平然と答える。雷梅はただ無言で水晶を見つめている。


「分かってるのに、そんな危険な事をしようって言うんですか?」


「うん。水晶の言いたい事は分かるけど、水晶は費煉師の事を聞いた? どんな人で、何で軍に捕まったのか?」


「え……いや、それはまだ」


 潘紅玉がムッとして言い返したので水晶は口篭る。

 すると雷梅が口にくわえていた干し肉を手に取り、息を吐いた。


「姉貴……費煉師は、あたしの実の姉じゃありません。紅州こうしゅう九柳村きゅうりゅうむらの孤児院で出会った他人でしたが、あたしを妹のように可愛がってくれた優しい人でした」


 雷梅は深刻な顔をして費煉師の事を語り始めた。

 水晶は潘紅玉の隣に腰を下ろし、その話に耳を傾けた。

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