第2章-2 帝国に眠る同志 《千馬道編》

第20話 千馬道の山賊狩り

 相徳鎮しょうとくちんから北北西へ半日程馬で駆けると、大きな街道に出た。

 街道の両脇は平原が広がり建物は見当たらない。街道の先、地平線の彼方には小さな山々が見えるだけだ。


「ここが千馬道せんばどうみたいです。で、あの山の向こうが曼亭府まんていふ。さらにその先が北京開臨府ほっけいかいりんふ。そしてその先に撈月渠ろうげつきょがあります。順調にいけば、撈月渠までは3週間てところですかね」


 水晶は潘紅玉の後ろから地図を出し、指で街から街へと道をなぞって見せた。


「ほんと、水晶がいてくれて助かるよ。私1人じゃ永遠に辿り着けなかったから」


 潘紅玉は嬉しそうに微笑んだ。


「いいえ。私は、潘さんがいなかったら峨山賊がざんぞくに捕まって慰みものにされていたか殺されてましたから、このくらい何でもありません」


「お互い出会えて良かったって事だね。よし、じゃあ一気に駆け抜けるよ! 」


「はい」


 潘紅玉は掛け声を上げ烈火の腹を蹴ると、烈火は軽快な馬蹄の音を響かせ千馬道を駆け始めた。

 大きな街道なのに人っ子一人見当たらない。その事に潘紅玉が違和感を感じているのかは分からないが、水晶は烈火に揺られながら妙な胸騒ぎを感じていた。



 ♢



 20里 (約78km)ほど駆けると低い山の麓に到着した。街道はその山の真ん中を割ったように突き抜けて真っ直ぐ続いている。道の両脇は切り立った崖が聳えたっていて、脇道などはなく果てしなく一本道が続く。


 日は西に傾いている。


「この山の中の道もまだ10里くらいありますね……。今から入ったら途中で真っ暗になっちゃいます。今日はこの辺で休みません?」


 水晶は地図を見ながら提案する。


「分かった。水晶がそう言うならそうしよう」


 潘紅玉は素直にそう言い烈火から下りようとしたが、動きを止め山の中の道の先を覗き込んだ。


「どうしました?」


「人が来る」


 水晶も潘紅玉の背中越しに道の先を覗き込むと確かに人影がこちらに近付いて来ているのが見えた。

 それは2人の男だった。どちらも何かから逃げるように慌てながら馬で走って来る。身なりを見たところ、どうやらどこかの街の民のようだ。

 水晶は咄嗟にフードを被り顔を隠す。潘紅玉は明るいオレンジ色の髪の毛を隠す様子がないのでフードを後ろから勝手に被せてやった。


「そんなに慌てて、何があったのですか?」


 潘紅玉は慌てふためく男に声をかけた。せっかく顔を隠したのに潘紅玉の綺麗な声で女だという事がすぐにバレてしまった。


「お、女??」


 馬を隣で止めた2人の男は灰色のローブを纏った潘紅玉を見て目をしばたかせる。女が滅多に出歩かないこの国では当然の疑問だ。


「女ですが、何か問題でもありますか?」


 潘紅玉はその態度にイラついたのか、こちらの質問に答えない2人の男に冷たい声色で言った。


「はっ! 強気な女はまだこの国にいたんだな。さっきの奴・・・・・と同じだ。くそっ!」


「さっきの奴?」


 潘紅玉が首を傾げると、もう1人の男が馬を一歩前に出した。


「ええ。この先の道を2里 (約8km)ほど行ったところに、三叉路があります。そこに山賊狩りと名乗る妙な奴がいまして」


 後から喋った男は礼儀正しく潘紅玉の質問に答え始めた。 潘紅玉はその男の話に相槌を打つ。


「良いではないですか。ならばこの道は峨山賊が通れない」


「そ、そうなんですが、そいつは山賊狩りと名乗っておきながら、我々善良な民にまで襲いかかって来るんです」


「え?」


 黙って話を聴いていた水晶は思わず声を出してしまった。

 2人の男が同時に水晶へ視線を向けたので、水晶は潘紅玉の背中に顔を隠す。潘紅玉がいるのだから、女だとい事を隠す必要はないというのに、これまでの生活で隠れて生きる事が身に付いてしまったので自然とそういった行動を取ってしまう。堂々としている潘紅玉に対して少し申し訳ない気持ちになった。


「後ろの連れの方も女ですか?」


「そうですが、今は関係ありません。それで、その山賊狩りは何故、民まで襲うのですか?」


 水晶に興味を示した礼儀正しい男の質問に短く答えると、潘紅玉はすぐに本題に戻した。

 粗暴な男は水晶の方を凝視している。

 水晶は潘紅玉の背中に隠れるように顔を伏せた。


「さあ……、分かりませんが、恐らく銭や食料を持っている者を片っ端から襲っているのでしょう。これじゃあ山賊狩りではなく、奴自身が賊ですよ」


「なるほど、賊ですか。その山賊狩りはどんな容姿ですか?」


「それが、聞いて驚かないでください。奴は貴女と同じ女です」


「女? 女が山賊狩りと名乗って民を襲っているんですか?」


 驚くなというのは無理な相談だった。この国で“女が何かをしている”という話題はほとんど聞く事はない。それなのに、女が1人で民を襲っているときた。

 顔を伏せている水晶もさすがに耳を疑った。


「そうですよ。しかも相当腕が立つ。銀色の鉄製の三節棍を振り回し、我々の仲間も相当殺されました。我々は曼亭府から来たのですが、何とか隙をついてここまで通り抜けて来たのです」


「そんなに強いのですか……」


 潘紅玉が顎に指を当ててううむと唸る。


「しかも、その女頭がおかしいのか、撈月ろうげつの女共が着たと言われる“撈月甲ろうげつこう”なんかを着て大胆にも肌を晒してやがるんだぜ!?」


 粗暴な男の“撈月甲”という言葉に潘紅玉も水晶も反応した。潘紅玉の赤い瞳が粗暴な男を睨むが決して怒る事はなく、ただ静かに口を開く。


「それは、少し興味がありますね。なるほど、朱燦莉しゅさんり姉様が言っていた“面白いもの”というのはその山賊狩りの事か。水晶、2里ならすぐだから、ちょっと見て来ていいかな?」


「そう言うと思いました……。まあ、どの道、ここを通らなくちゃいけませんからね」


 水晶が承諾すると潘紅玉は頷き微笑んだ。


「馬鹿か!? 物見遊山気分で行くと殺されるぞ??」


「いや」


 礼儀正しい男は顎に少し生えた髭を指で弄りながらもう片方の手で粗暴な男を制した。


「もしかしたら、ここを通る者が女なら奴も襲って来ないかもしれない……すみません。もし賊の女に会うのならば、この千馬道から立ち退くように説得してもらえませんか?」


 礼儀正しい男は潘紅玉に拱手こうしゅして言った。


「もちろんです」


「おお! 本当ですか! ありがとうございます。上手く行けば仲間達も安心してこの千馬道を通る事が出来ます」


 礼儀正しい男は拱手しながら深々と頭を下げた。粗暴な男は頭を下げる相棒をムスッとした態度で見ているだけだ。


「それじゃあ水晶、行くよ。掴まって」


「あの、我々もついて行っても良いでしょうか?」


「別に構いませんよ」


 潘紅玉は大して気にもせずに二つ返事で2人の男の同行を承諾すると、すぐに烈火を駆けさせた。

 2人の男も掛け声と共に後を追って来た。


「潘さん、もしその山賊狩りの人が賈南天(かなんてん)さんの召集に応じた撈月の仲間だったらどうするつもりですか?」


 背中越しに水晶は潘紅玉に問う。


「撈月の志を持っている者なら善良な民を理由もなく殺したりしない。とにかく、会って話してみる。ただの賊なら討伐するまで」


 潘紅玉はキッパリと言い切った。

 水晶の胸騒ぎは収まらない。気を紛らわす為に、水晶は潘紅玉の背中に頬を付けてしっかりとしがみついた。潘紅玉の体温がローブ越しにも伝わってくる。

 しかし、後ろから追ってくる馬蹄の音が水晶の不安な心を掻き乱し、やはり心が完全に平穏を取り戻す事はなかった。

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