第27話 エイロンの秘密

 学園祭が終わって、特に何か問題が起きる事もなく平和な学園生活を送っていて、今は次の学力テストに向けて魔法の練習中。


 学園祭の準備に集中して魔法の練習をすっかり忘れていたから気をつけないとまた暴発しそう。


「失礼。エグレット・ミュレー様ですね」


 今日も校舎裏にある魔法練習場にいたら知らない人に声をかけられた。

 知らない人というか、頭から黒いローブ被って顔も見えない完全に怪しい人。


 ……何か、こういうのゲームだと何処かのギルドの幹部とか暗殺者とかそんな感じがする。


 いや、待って、この人もしかして本当に暗殺者なんじゃ……。


 だって、周りに人いない時に話しかけてきたし顔見せないし。

 まさか理事長!? とうとう理事長が暗殺者雇って仕掛けてきたの!?


「実は貴女に大事な話がありまして。きっと気に入ってくれますよ」


 ほらこれもう他のゲームでよく聞いた暗殺者のセリフ!

 今日が私の命日なんですね、分かります! 前世といい今回といい私はこの歳になると死ぬ運命でもあるの……? お父さん、お母さん、また死ぬのは嫌だ……。


「実はこの国の王子であるエイロン様には王族の血が流れていないんです。落胤などではなく完全に平民の子という事です」

「……それで?」

「つまり……は?」

「だから、大事な話とは何ですか。そんな前フリはいりませんから早く言ってください」

「え、いや、だからエイロン様は王族でも何でもないただの平民だと……」

「何だそんな事ですか」

「そんな事……!?」


 良かったー、この人暗殺者じゃなかったのか。それなら私はまだ生きていける。


「それなら話はこれで終わりですよね。今は魔法の練習で忙しいのでもういいですか?」

「あ、はい」


 それにしても、わざわざそんな事を言う為だけにあんな怪しい恰好をするなんて紛らわしい。


 ……。


 …………?


 あれ、待って。今エイロン様が平民って言った? 何であの人知ってるの!


 今更事の重大さに気づいたけどもう遅い。あの怪しい人は何処にもいない。


 まずいまずい。

 これ他の人に言い触らされたら大変な事になる。


 どうしよう、とにかくあの怪しい人を見つけて、いやまず誰かに知らせてって誰に。

 ああああ! どうしたらいいの! 落ち着いてる時間もないから誰か! とりあえず動かないと!


 ******


「ビオロ様!! 大事な話があるので今すぐ来てください!!」


 咄嗟に浮かんだのはビオロ様。

 とにかく緊急事態になりふり構わず学園内を全力で走って大声で叫んだから周りの視線がすごい事になってる。でも今はそんな事に構っていられない。


「エグレット、そんな大声を出してどうしたんですか?」

「今はそれどころじゃないんです! ああもう! とにかく来てください!」


 ここで話すわけにはいかないからビオロ様の手を引っ張ってとりあえず人のいない所を探して走り出した。


「? 本当にどうしたんですか」


 私は全力で走って息切れ起こしているのにビオロ様はこんな時でも余裕。

 早く話さなきゃいけないのに話す余裕がないから丁度目についた空き教室にビオロ様を連れ込んだ。


「こ、ここなら……誰も、いませんよねっ……」

「大丈夫ですか? それで、大事な話とは?」

「さ、先程怪しい人が現れまして……。っ、その、エイロン様は……王族の血が流れていないと……」


 激しい息切れで言葉は途切れ途切れでもビオロ様は分かってくれたみたいで顔つきが変わった。


「エグレット、それは本当ですか?」

「っはーー。はい、あっ、こんなあからさまな嘘とはいえ周りに広まれば混乱を招くと思って伝えに来ただけで……」


 しまった、ゲームだとビオロ様はエイロン様と血が繋がっていないのを知らないんだった。


 慌てて訂正したけど現実のビオロ様がどうなのか私は知らない。


「ビオロ様……?」

「まずは理事長に報告しに行きましょう、不審者が学園に侵入していると。あとはその不審者を確保、出来ればエイロンも見つけておきたいですね」


 そう言って理事長室へ走り出したビオロ様を追って私もまた走り出した。


「……その怪しい人物が言った事は本当です。ですが一体どうやって知ったのか……」


 走りながらビオロ様が話してくれた。小さい頃に親が話しているのを偶然聞いてしまったと。

 最初から全部知っていたのか……。


「理事長! 大変です! 不審者が……」


 理事長室に着いて、ドアを開けて目に入ったのは不審者の胸ぐらを掴み上げている理事長。


「それで? ただでさえ王族関係は尋常じゃない程仕事が増えて忙しいというのにエイロン様が王族でない事を広めろと? 何で俺がそんな自ら仕事を増やすよう事をしないといけないんだ」

「あ……ぐっ」

「しかもエイロン様はビオロ様の弟だ。つまりビオロ様の方にも書類を訂正する必要が出て作業が倍どころではなくなる。お前は国を混乱させたいのではなく俺を過労死させる為に動いているんじゃないのか? 暗殺者か? 暗殺者なのか? それなら俺が身を守る為に何をしても罪に問われる事はないな」

「た、助けてっ……」


 あ、まずい。不審者がこっちに気づいて助けを求めてきた。


「失礼しました」


 と思ったらビオロ様が静かにドアを閉めた。ナイス判断です、ビオロ様。


「……不審者の方は大丈夫ですね。僕達はエイロンを探しましょう」

「ええ、そうですね」


 何も見なかった事にしてエイロン様を探そうとしたらバァン!! って大きな音がしてドアが開いた。


「これはビオロ様、丁度いいところに」


 怖い怖い怖い!!

 手をついてる壁ミシミシいってるし後ろの不審者倒れてピクピクしてるし! 何より顔が! 何で今笑顔!? 完全に悪役の笑顔! 魔王! 魔王降臨!!


「り、理事長……」


 これには流石のビオロ様も恐怖で顔を引き攣らせてる。


「たった今あらぬ噂を流し国を混乱させようとした不届き者を捕まえまして……私はこの者を王宮へ引き渡しに行くところです。ビオロ様にも……」

「ビオロ」


 静かな声に振り返ればそこには探していたエイロン様がいた。

 でもいつもと違って神妙な表情をしている。


 もしかして……。


「ビオロとエグレットが真剣な顔で理事長室へ向かってたから気になって……それで……」


 後ろで盛大に舌打ちする音が聞こえた。


「っ!!」

「エイロン!!」

「ビオロ様! すみません理事長! 失礼します!!」


 何処かへ走り出したエイロン様にビオロ様と私は慌てて後を追いかけた。


 ******


「エイロン!!」


 エイロン様の足は早くて校舎裏の奥のところでようやくビオロ様が追いついたけど、私はもう限界。息を整えるのに必死で話すことも出来ない。


「……前から思ってたんだ、俺は本当に父上と母上の子供なのかって。ビオロは父上と顔立ちが似ているし周りにも言われているのを聞いている、でも俺はどちらにも似ていない。瞳の色だってそうだ! 周りは皆青いのに俺だけ緑色で……先々代国王が緑だったと父上は言ってくれたがそれでも不安は消えなかった。王族でないと知った今……俺は……俺は、一体誰なんだ……?」

「君は僕の弟です!!」

「っ!!」

「誰の子だとか血なんて関係ありません。赤ん坊の頃から側にいて、ずっと一緒にいたのは他でもないエイロン、君です。誰が何と言おうと貴方は僕の弟のエイロンだというのは変わりません」

「ビオロ……」


 な、何にも話せなくて見ている事しか出来なかったけど、何とか落ち着いたみたいで良かった……。


******

 その日、エイロンは自身の出生を知った事を王妃へ報告した。


「ごめんなさいエイロン……私の心が弱かったばかりに貴方をこんなに思い詰めさせてしまって……。……最初こそ私は貴方を亡くなった子供の代わりとして育てていました。ですが今は貴方もかけがえのない本当の息子と思っています、もうずっと前から」

「母上……ありがとう、ございます。……あの、一つお願いあるのですがいいですか?」

「ええ、勿論。何でも言っていいのよ」

「本物のエイロンのお墓参りに、行きたいです」

「え?」

「ビオロも母上も父上も、皆が俺を家族だと言ってくれました。なら赤ん坊の頃に亡くなってしまったという本物のエイロンも俺にとっては家族であり兄です。だから……」


 エイロンの言葉に今まで俯き泣いていた王妃は顔を上げ、エイロンをギュッと抱きしめた。


「エイロン……。……私はあの時その事実を受け入れる事が出来ずにずっと目を逸らし続けていました……私もちゃんと前を向いて生きなければなりませんね。エイロン、貴方のように強く真っ直ぐに。今度行きましょう、家族皆で」

「母上……はい!」

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