第32話 庶民派宰相ジルベール・ルグラン
こんにちは、私はこの国の宰相をしているジルベール・ルグラン、三十四歳独身です。
自分で言うのもなんですが国民から人気があります。
平民の私がこの歳で宰相になり、更に優秀ですから。
当然やっかみはあります。
特に貴族のやっかみが多いですね。といっても煩いのは普通の貴族だけで王宮で働く人達ーー主に大臣ですねーーは好意的といっていいでしょう。
下心があるんじゃないか? 自分の提案した政策を採用されやすくする為なのでは? 最初こそ疑っていましたが、大臣の中にそんな浅い考えをお持ちの方はいませんし、私もそんな事で流される程柔くありません。
普通に気を遣われているだけです、労われているとも言えますね。
ご自身が提案された政策を私が却下した時は流石に不満を口にされますが。
『平民のくせに』『若造が知った風な口を聞くな』『失脚させてやる』
なんて事は一切なく、ご自身の政策がどれほど有用でどんな利点があり国にどれほどの利益が生まれるかを懇切丁寧に説明していただけるので、私も全力でその政策の欠点、それを放置した場合どのような影響があり国にどんな被害が出るかを話しますのでそれぞれ改善改良案を大臣全員でとことん話し合います。
おかげで国内は平和です。
とまあこんな感じでして。仕事は順調高収入、身長だって平均より少しあり、顔だって整っていると王宮で働いている女性達から言われていますので悪くはないと思います。
なのに、何で私には結婚どころか恋人すらいないんでしょう。
いや、いたんですよ? 過去に付き合った女性は複数いるんですが、どれも長続きしません。
大体三日、長くて一週間で向こうから音信不通、もう会わないと言われます。
何で? 怒らせるような事も何も『お付き合いしましょう』『よろしくお願いします』とその日は別れてその翌日に『さようなら』と言われた私のどこが悪かったのでしょうか。
大臣からお見合いの話も一切ありません。最初こそ大臣ではない貴族から繋がり目当てのお見合いで娘と食事をと言われた事はありますが、やはり翌日にはなかった事にされていました。
いや、本当何で?
ちゃんと喜んでと返事をして翌日にその話をすれば「なんのこと?」って……揶揄われたにしては相手はその話題を一切出されませんし他の方に話した様子もありません。
おかげで私は結婚どころか恋人も出来ず今も独身。
泣いていいですか?
まあ大臣や貴族からお見合いの話が出ない原因に心当たりはありますが。そして皆さんが私に気を使ってくれる理由も。
「やあやあジルベール君、元気にしているかい?」
軽い挨拶とともに肩に手を回してきた人は……大臣の一人? にしては背が高い。あの人はもっと小柄です。
あとこんな軽く話す人でもありません。そうなるとこういう事をするのは一人しかいません。
「……ギーメイ様。国に戻っていらしたのですね」
「あ、やっと気づいた? いやぁやっぱり自分の顔と声で過ごせる自国はいいね。気をつけないとうっかり忘れちゃいそうになるよ」
そういって自分の顔を掴むと表面が剥がれていき下から現れたのはギーメイ様ご本人の顔。声も大臣の声から元に戻りました。
いつもながら魔法もなしによく出来るとそこだけは尊敬します。
ギーメイ様。
この人こそ大臣貴族が私に優しくしつつもお見合いの話を出してこない原因。
この人の肩書きは……何と言いますか、長くて複雑で理解に苦しみます。
マジックエコールの創立者で初代理事長。ここまでなら立派な方です。でもその前がギャンブラーで今はスパイってどういう反応をしたらいいんですかね。
更に性格がこの肩書き以上に理解不能なので私はお近づきになりたくないのに、この人からぐいぐい来るおかげで逃げられません。
大臣方もこの人は避けているみたいなので私にお見合い話をくれないんです。万が一娘と結婚なんてなったらギーメイ様との繋がりが出来てしまいますからね。
流石は先代国王の数多ある良策の一つであり最悪の策とされている『ギーメイの採用』
王座を退かれた今でも私にまで効果抜群です。
「そんな嫌な顔をしなくていいじゃないか、僕と君の仲だろう」
「どのような仲かは私には分かりかねますが……少なくとも友好的な関係にはならないかと」
「僕が友好的だからいいんだよ。ウィリアム君をマジックエコールの理事長にしたかった僕と、それを妨害してくれた君。こんなに綺麗で正反対な敵対は中々ないよ」
「……ウィリアムは本気で嫌がっていましたから。友を助けるのは当然でしょう」
対立じゃなくて敵対と言い切りましたよこの人。
なのにこの人は王に私を宰相にするよう推薦して、今がこうなのでこの人のおかげで私は宰相になれたと言えますしこの人のせいでとも言えます。複雑です。
とりあえず王に「正気ですか?」と言わなかった自分を褒めましょう。「何か弱みでも握られているんですか?」と聞かなかった事も。
「それだよそれ。友を助ける為に当時既にスパイとして働いていた僕に敵対する事を臆せず、しかもただの時間稼ぎにしかならなかっただけの意味のない妨害とはいえそれなりに手こずらせてくれた君をただの平民としておくのは勿体ない! それに、僕はただ王宮で働くよう進言しただけでそこから宰相にまでなったのは紛れもない君の実力だよ」
「……ありがとうございます」
称賛されながらも煽られて私の表情筋は迷子になっています。
それより、さっきから体重かけてきて重い……。あれ、この人足を引きずっているような……。
「どこか怪我でもされたのですか?」
決して味方ではない、むしろ個人的には敵だと思う方ですが、それでも心配はします。
「ああ、久しぶりにウィリアム君の顔を見に行ってたんだよ。それでちょっと揶揄って頭踏みつけただけなのにボール投げられて腰に当っちゃった。あそこの壁跳弾しないから完全に油断しちゃってたよ、硬球は跳ね返るんだよね。とはいっても威力は落ちるから骨折まではいかなかったけど痛いもんは痛いし歩くのが大変」
前言撤回。私はウィリアムの方が胃も含めて心配です。
「それにしても、銃も魔法も使わず投擲で僕に怪我を負わせられるのはウィリアム君くらいだよ。相変わらずウィリアム君は面白いね、飽きないよ」
ウィリアム……!
厄介な相手に気に入られて……私も人の事は言えませんがウィリアム程ではありません。
だってこの人理事長就任以外にウィリアムを養子にしようとしていましたからね。流石にこちらは本人がいないと受理されなかったので何とか落ち着きましたがいつまたやらかすか……。
「医務室まで運びますので治療を受けてください」
「ありがとう、助かるよ」
素直にお礼を言える人なのに何故こんなに歪んだ性格をされているんでしょう。
******
「ジルベール」
今日の仕事も終わり家に帰る途中、久しぶりに聞く声に振り向けばやはりウィリアム。と、知らない男。
「ウィリアム、久しぶりと言いたいところだけど……その人誰」
「貴族じゃないか? 俺に憎いジルベールを失脚させる為に手を組もうと言い出してきたからとりあえず気絶させて連れてきた」
「……ありがとう、とりあえず牢に放り込んでくるよ。明日詳しく調べる」
時々いるんだよな、理事長就任を妨害した私はマジックエコール理事長のウィリアムと険悪だと勘違いしてこういう事を企む人が。
ウィリアムは毎回律儀にこうして届けてくれるから申し訳ない。
「時間があるなら今から飲みに行かないか? このお礼も含めて奢るよ」
「……兄さんが帰ってくるまでなら」
「よし。にしても相変わらずジェロームさんが大事なんだな」
「唯一の家族だからな、当然だ」
ウィリアムは小さい頃に父親を亡くし、更に母親もその数年後に病で亡くしている。
両親を亡くした子供は孤児院に送られるが年齢の関係でウィリアムだけが送られかけたのをジェロームさんが引き止め、二人で暮らしてきた。
「……悪い」
「もう昔の事だ、気にしていない。それより兄さんだ。明日は俺が朝食当番だから寝坊も手抜きもしたくない。飲むのはいいが酒は飲まないからな」
「……いいよ」
それにしても会う度お兄さん大好きが加速しているなあ……ジェロームさんもウィリアムを大事にしているし本当仲の良い兄弟だな、羨ましい。
******
「何で、何で私には彼女が出来ないんだよー……」
仕事は終わり完全に気の抜けたジルベールはたった一杯の酒で酔い潰れひたすら彼女が欲しい、結婚したいと嘆いていた。
それをウィリアムは隣でノンアルコールのモスコミュールを飲みながら静かに話を聞いている。
「実は今日フラれててさ。しかも今回は手紙で一言『さようなら』って、家のポストに……なあ信じられるか? 昨日の夜にお付き合いしましょう明日からよろしくね、でその明日である今日の朝一番にコレって……しかも顔さえ見せず! 何で? おかげで最速記録更新したよ、でもこればっかりは心当たりがない……何がダメだったのかなぁ……」
ほとんど泣きながら酒を飲み続け、とうとう完全に潰れて眠ってしまったジルベールを残っていたモスコミュールを飲み干してからウィリアムは担ぎ上げた。
「…………」
さて、どうするべきかとウィリアムは考えた。
ジルベールの家は自分の家とは真反対にある。
馬車を使ったところでジルベールが起きるか分からずそのまま御者に任せるのも心配だが、ジルベールの家まで送って自宅に帰るには時間がかかり過ぎてジェロームより遅く帰宅してしまう可能性が高い。
「……冷蔵庫に余裕はあるから問題ないな」
一人増えたところで困るような生活はしていない。
ジルベールの分の代金も払いながらウィリアムは明日の朝食は何を作ろうか考えながら帰路へ着いた。
******
「ジルベール君の彼女ちゃん、ゲーーット!」
「んーー! んん゛ーー!!」
ギーメイの足元には手足を括られ猿轡をかまされている一人の女性がいた。
「あの子は相変わらず女の子に弱くてチョロいね、見ていて楽しくなるぐらいポンポン悪い子にばかり引っ掛かっちゃってさ。でも今回は小物だね、ただ男に貢ぐだけ貢がせて相手のお金がなくなったらポイって、何処ぞのスパイだとか暗殺者に比べれば全然弱い、つまらないっ、失格! せめて結婚詐欺くらいはしといてよね」
自身の過去を暴かれ逃げようとしているのか女はもがいているが、縄が解ける気配はない。
「ジルベール君の稼ぎを考えれば一生貢げる程あるから放っておいて問題なかったとはいえ、宰相が女に騙されているのを何もせずに見るだけってのは勿体ないしなあ。さてどうしよう、僕が動く程の大物じゃないし……うん、君には奉仕活動をしてもらおうか。君は今まで男達に沢山貢がせて豊かな生活を送っていただろう? だから今度は君の番。君が沢山臓器や血液を国の医療機関に貢いで、医療発展に貢献して国を豊かにしよう!」
縛られた状態で必死に逃げようとする女性の足を掴み、引きずりながらギーメイは歩き出した。
「おめでとう、君は働かずにただベッドで寝ているだけで美味しい食事が出されて清潔な空間で過ごせる生活を手に入れたんだよ。夢のような話だろう? でもこれは現実、覚める事はないから安心してこの先長く生きていけるね」
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