第20話 ジェロームさんが学園に来ました

 今学園は混乱の極みに陥っていた。

 原因は私。


 誰にもバレないようにしなければと思っていたのに……。


「エグレット、今回のこの騒動は君が原因なんですね」

「何でこんな事しやがったんだ」


 ビオロ様とエイロン様にすぐバレてしまい、今は馴染みになった調理室で絶賛問い詰めら中。


「わ、私はただ良かれと思って……」


 悪役令嬢はやめたのに、これじゃあ悪役どころか更に上の真のラスボスというか黒幕じゃない。そんなつもりは本当になかったのに。


「ジェロームさんに、理事長の働く姿を見に学園へ来られてはと言っただけで、まさかこんな事になるなんて思いもしませんでした……!」


 ******


 昨日久しぶりにジェロームさんに会って、普通に話していたら近況の話になった。


 ジェロームさんは働いていた研究所の職員達に戻ってきてほしいと言われて、再び所長になったらしい。

 私のせいで仕事を辞めていて、今もそのままだったらどうしようと思っていたからそれを聞いて一安心。ライスクッカーの改良と量産も研究所で続けられるようになって、倭国のレイジさんとも連絡取れやすくなってといい事だらけ。


「全てはエグレット様のおかげでございます」


 そういえばこの間お父様からライスクッカーの資金をどうするか聞かれて、色んな種類のライスクッカーが開発されている今資金が減ったりなくなったりしたら大変だから、思わず可能な限りライスクッカーに回してほしいと言ったら何度も「本当にいいのか?」と確認された。

 物の開発ってお金かかるみたいだし、もしかしてそのせいで家が傾きかけているのかと思ったらそういうわけでもないみたい。


 アレどういう意味だったのかな。


 と、脱線。


 そのままジェロームさんとはライスクッカーの話を続けて、ふと理事長の事を聞いてみたら思った以上に長い話になった。


「ウィリアムはわたくしと違って運動も出来ますし文武両道、謹厳実直、質実剛健とはまさに弟のような者の為にある言葉でございますね。本当ならこういった称賛の言葉は一つに留めるべきなのですが……こうしてウィリアムの事となると話が止まらなくなるのを許してくださいまし。弟は素晴らしい人物である事を伝えたいという思いがどうしても止められないのでございます」


 理事長もだけど、ジェロームさんも中々のブラコンだった。

 でも理事長のお兄さん大好きは手遅れ感がするのに、ジェロームさんの弟大好きは普通に弟思いだなぁと好感が持てる。


 何だろう、この違いは。


「そうそう、ウィリアムは料理も上手なのですよ。わたくしは人並みといったところですが、それでもウィリアムは笑顔で美味しいと言ってあと片付けも手伝ってくれて……本当にわたくしには勿体ない程の心優しい弟でございます」


 そしてジェロームさんの話す理事長の話が私の知っている理事長とあまりに違いすぎて、本当に同一人物なのか分からなくなって、思わず働く理事長の姿を見に学園へ来てみませんかと言ってしまった。


 ******


 まさかジェロームさんに学園を見たいと言われた理事長が独断で翌日に即決行するなんて誰が思うだろうか。


 そして理事長、いくらお兄さんがいるとはいえいつもの無表情鉄面皮でいると思っていたのに。


「理事長のあんな嬉しそうな顔初めて見ましたよ……」

「俺あの人の笑顔初めて見たっつうか、あの人笑えたんだな……」


 はい、私理事長のお兄さん大好きっぷりを甘く見ていました。

 理事長、笑顔でお兄さんを案内しています。

 この笑顔がゲームのエンディングで見た微笑みじゃなくて満面の笑み。にっこにこ。もはや別人。


 それを目撃した生徒や教師は例外なく騒いで学園内は大混乱。

 流石に理事長の前では皆大人しくしているけどそうじゃない場所ではこの話で盛り上がりまくり。

 明日は嵐だ槍が降ってくるとか、世界の終わりだ滅亡だなんて騒いでいる人もいる。


 流石に理事長怖がられすぎじゃない? というか、生徒だけでなく教師からも怖がられててこの学園よくなりたってるなって思っちゃった。


 というか理事長、表情筋死んでいるわけじゃなかったのね。そんな笑顔出来るのに何で普段あんなに無表情なの。


「あ、エグレット。それに皆も、ここにいたんだ」

「フィンク様、それにアズマも」


 会話が聞こえてきたのかフィンク様とアズマも調理室に来てくれた。二人は私達と違っていつものように平然としている。


 まだ理事長を見ていないのかな。


「そうだ。エグレット様、ジェロームさんが学園に来ていましたよ。理事長が案内していて今は実験室におられます」

「ジェロームさんってあのジェロームさんだよね、ライスクッカーの。理事長のお兄さんなんだって、お兄さんが来たから理事長とっても嬉しそうだったよ」


 もう会っていた。しかもあの笑顔を見てこの反応。


 心が強い。


「すごいなお前ら、理事長のあの顔見て何とも思わないのか?」

「顔、ですか? 確かに理事長のあんなに嬉しそうな顔は初めて見ましたね」

「誰かが嬉しいと僕も嬉しい!」


 うーん、純粋。

 そう言えば二人は最初から理事長を優しいと言っていたからそんなに衝撃じゃないのか。


 ゲームで理事長には散々トラウマを植えつけられていたからどうしても怖いと思ってしまう……あ、でもよく考えれば何もされていないから私が必要以上に怯えすぎているだけな気もしてきた。

 見た目だけで怖いと思っていた私の方が問題……いや理事長から恨まれていたよ、そういえば。


 でも入学した時から今まで何もされずに学園生活を送れているし、この間の時も一応庇ってはくれていたような気がするし、やっぱり見た目で判断するのはよくないよね。


「今からジェロームさんのところへ挨拶に行きませんか?」

「兄弟水いらずの時間を邪魔したくないので遠慮します」

「あ、それもそうですね」


 見た目で判断するのはよくないとはいえやっぱり怖いものは怖い。

 あと理事長の事だからジェロームさんとの時間を邪魔したら絶対怒って更に恨みを買っちゃう。


 アズマの誘いを断りたくはなかったけど、私はまだ死にたくない。


******


これは数日前のエグレットと父親の会話。


「ライスクッカーの開発資金を援助したから入ってくる金額が凄まじいな。エグレットのおかげだからこの金の使い道は娘に委ねるとしよう……エグレット」

「はい、何ですか」

「ライスクッカーの開発資金(で得た利益)はどうするか決めているのかい?」

「可能な限りライスクッカーの予算に当ててください!」

「て、つまり全額という事か? 本当にいいのか?」

「はい!」


この時ちょっとしたすれ違いが起きている事にエグレットと父親は勿論、それに気づく人は誰もいなかったか。


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