第4話 悪役令嬢は和食に飢えています③

 ぼそぼそご飯の失敗から一ヵ月。


 あの後本当に大変だった。

 消化不良を起こしてお父様とお母様に心配されて、医者まで呼ばれかけたのをただの食べ過ぎだから寝てれば治ると力説して半日寝込んで完治。

 お米を一切知らない両親に知られたらお米は危険な食べ物と認識されそうだったから、それはもう必死に隠して誤魔化した。


 全ては私の知識不足による自業自得だもんね。


 あれからポールが凄く協力的になってくれて、私と一緒になって新たな料理を学ぶという名目でお父様を説得して倭国から料理人を呼ぶ事に成功した。


 そして今目の前にいるのは見慣れていた黒い髪に黒い瞳をした四十代ぐらいの男性と、私と同じ年の男の子。


「お初にお目にかかります、私はカイデン……いえ、レイジ・カイデンと申します。こちらは息子のアズマ・カイデンです」

「よ、よろしくお願いします」

「私はこの屋敷の料理長を務めさせていただいているポールと申します。今回はそちらの国の料理を教えていただきたくお呼びしました。これから一ヵ月よろしくお願い致します」


 最初から食材と一緒に料理人も呼んでいれば失敗する事もなかったのに。


 まあでもこれで毎日ご飯が食べれる!


 と、思っていたんだけど……。


「……これで完成です」

「おお……! 何て綺麗なんでしょう! これがご飯ですか」


 確かにレイジさんの炊いたご飯は前世で私がいつも食べていた真っ白のご飯で、前に私が失敗したご飯とは比べ物にならないぐらいツヤツヤしているし匂いだってとっても美味しそう。


 ポールを筆頭に料理人達も感動しているけれど、炊飯器を使わずにご飯を炊くのってこんなに大変だったのね。

 これを毎日毎食、しかもおかずもとなると流石に大変すぎない?

 いくら悪役令嬢といえどこれを毎日作りなさいってのはやり過ぎでしょ。


 やっぱり炊飯器が欲しい。

 話を聞いた限りじゃ倭国にもそれらしいものはない。


「………………」


 ないなら作ればいいんじゃない?

 勿論私は仕組みとか全く分からないから作れない。でも科学者とか何か頭の良い人に頼めばいけそうな気がする。幸い今ならご飯の炊き方に詳しい料理人もいるし。


 といってもレイジさんには料理長達にご飯の炊き方以外にも倭国の料理を教えてほしいから、連れて行くとしたら。


「あの、アズマ君。ちょっとお願いがあるのだけどいいかしら」


 怪しくないようになるべく優しい声で優しい笑顔を意識しているけど、何だろうこの、小さい子を誘拐しようとしている不審者みたいな気分は。別に悪い事をしようとしているわけじゃないのに。


 きっと年齢よね。

 私もアズマ君と同じ十歳だけど、中身は十五歳だし。

 あとあれ、私の方が少しだけ背が高いのも関係あるかも。


 とにかくアズマ君に私の目的を話してみたら快諾してくれた。

 素直で可愛い良い子だなあ、と思わず頭を撫でたらきょとんとした顔をされた。

 別にやましい心は持っていない筈だったんだけど、あまりに純粋な目で見つめられて思わずごめんなさいと謝ってしまった。


 だって懐かしい黒髪黒目だったから、つい。


 それでも嫌な顔せず許してくれたアズマ君と軽くお喋りしながら連れて来たのは魔道具研究所。


 ここなら炊飯器を作ってくれそうだし、ご飯の炊き方云々はアズマ君がいるからきっと何とかなる!


 ******


「うーん、それはちょっと私には難しいですね……申し訳ありません」

「そうですか……」


 研究所の人に片っ端から声をかけてみたけどこんな感じで断られてしまった。やっぱり何も知らないものをイチどころかゼロから作るというのは大変だもんね、ご飯が何なのかを知らない人にご飯を作る道具を作ってくれってのが無理なのかな。


「アズマ君ごめんなさい、せっかく来てもらったのに」

「いえそんな! 俺の国にこういった場所はありませんし、魔道具というものも知れて十分楽しいです。ありがとうございます」


 逆にお礼を言われちゃった。アズマ君てすごくいい子。

 あんまり連れ回すのも可哀想だし帰ろうかな。


 前はお金さえあれば何でも出来ると思っていたけど、あってもなくても出来る出来ないに特に変わりはないのね。


「おや、このような所で座り込んで……どうされましたか?」


 別に毎日食べられなくても、一週間に一回、いや三日に一回ぐらいの頻度なら大丈夫かなと諦めて家に帰ろうとしたら金髪細身の三十代くらいの男の人が話しかけてきた。


 おお、何だか物凄く賢そうだし優しそう。


「ああ、いきなり失礼致しました。わたくし、この研究所の所長をしておりますジェローム・シモンと申します」

「私はエグレット・ミュレーです」

「えっとカイデン……違った、アズマ・カイデン、です」


 その人、ジェロームさんにもご飯の事を話すと今までの人とは違って興味津々に話を聞いてくれた。


「ちなみにご飯というのはどのような食べ物なのでございましょうか?」

「あ、丁度そのご飯で作ったおにぎりがありますので良かったら食べてみていただけますか?」


 こんな事もあろうかと、さっき炊いてくれたご飯でおにぎりを作ってて良かった。私もちょっとは賢くなってきている。


「これがご飯、ですか……。他にはない食感ですが大変美味しゅうございますね。そしてこれを自動に調理する魔道具が欲しい、と……ふむ」


 さっきまで優しそうな穏やかな表情を浮かべていたジェロームさんの顔が真剣なものに変わった。

 これ知ってる。いわゆるスイッチが入った顔だ。


「エグレット様にアズマ様、わたくしもこのご飯というものが大変気に入りましたので更に詳しくお話しを聞かせていただけますか?」

「はい、是非!」


 私が思わず返事をしたけど、実際詳しいのはアズマ君で、私はただ聞いているだけ。


 そしてアズマ君もご飯については詳しいけれど、機械にはさっぱりなのでジェロームさんとの話が中々進まない。

 それでもジェロームさんは怒ったりする事なく丁寧に分かりやすく説明してくれて、アズマ君も一生懸命理解しようとしてくれている。


 うう、事の発端は私なのに何も出来ないってなんか居た堪れない。でも私が入っても逆に迷惑になるだけだから大人しく二人の話を聞くだけに徹した。


 そのままアズマ君とジェロームさんが話し込むのを聞いていたけど、当然ながら今日明日で出来る物じゃない。


 大丈夫、分かっていたから。


 流石の私もそこまでバカじゃない。 


「成る程、ではこのご飯が調理する前のお米というものがどのような物なのか知りたいのですが今お持ちでございましょうか」

「えっ。あ……」

「今すぐ持ってきます! すぐ帰って来ますので少々お待ちください!」

「あ、エグレット様!」


 そうだよね、お米を炊く道具が欲しいんだから調理前のお米も必要だって何で気づかなかったんだろう。


 ああもう私のバカ!


 自分のバカさ加減にうんざりしつつも私はお米を取りに屋敷へと走った。

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