第29話 大人も子供もない裏世界①

「ふんふん、なるほどなるほど。幼い頃に両親が死に姉と二人で貧しいながらも必死に暮らしていたと。で、弟君は敵国の人間にこの仕事をすれば一生遊んで暮らせる程の大金をあげると甘い言葉にほいほい乗せられて取り返しのつかない事をしちゃったんだね」


 部下に調べさせた報告書を読み上げているギーメイの目の前にいるのはマジックエコールに侵入していたあの不審者とその姉だった。床に座り込んだ弟はただ震えるばかりで何も言わず、姉はそんな弟を庇うように前に出てギーメイを見上げている。


「さーて、どうしよっかなー。国をひっくり返そうとしておいて無罪放免とはいかないし、でもだからといって無慈悲に処刑しちゃうのもなあ。うん、間を取って二人にはちょっとした実験に付き合ってもらおうか。二人にはそれぞれ違う実験を……そうだね、四日間受けてもらう。で、それを無事終えたら処刑はなし、何なら今後僕の下で働かせてあげよう、お給料は保証するよ」

「ギーメイ様!」


 諌めるように名を呼ばれるもギーメイは振り向かずに軽く手を払い、部下はまだ何か言いたそうにしていたが静かに従った。


「……もし、受けなかったら?」

「そのまま処刑だね」

「っ! そんなの! 受ける以外に選択肢なんかないじゃないか!」

「何を言っているんだい、君は既に選んだじゃないか。お金の為に自分の国を売るか売らないか。そして君はお金を選んだからこの結果になったんだよ、むしろこの状況でも選択肢を作ってあげた僕は優しいよね」

「あの……実験は何をすればいいんですか?」

「一つは少し難しくて実験材料の調達と作成、これにかかる時間が四日間。もう一つは簡単で、その出来上がった物の配達。場所はまだ言えないけど自国内で三十分以内に着くところだよ。両方ともに監視下とはいえ実験中の食事や生活は保証するからそこは安心してね。そうそう、途中で実験止めたら二人は揃って即処刑だから」

「分かりました。でしたら私は実験材料の調達と作成の方を選びます」

「姉さん!」

「すんなり決まるのは気持ちいいね。あ、実験中二人は別々に過ごしてもらうから」


 パンパン、とギーメイが手を叩くと部下が現れ姉弟は実験先へと連れて行かれた。


 ******


 実験が始まり姉さんが連れて行かれてから二日経った。


「姉さん ……俺が金に目を眩んだばっかりに……」


 小さい頃から姉さんは必死に働いて俺が飢えないように頑張ってくれていた。だから少しでも恩返ししたかったのにこんな事になるなんて……ギーメイとか言ったかあの悪魔、見てろよこの実験が終わったら絶対復讐してやる。


「食事の時間だ」


 昼になってあいつの部下が食事を持ってきた。分厚い何かの肉を揚げたやつに焼きたての柔らかいパン。朝は目玉焼きに分厚いベーコンとこっちもほのかに甘くて柔らかいパン、昨日はやっぱり分厚いステーキだった。

 実験が始まってあいつが言ってた通り食事は毎食、しかも肉が出されるし部屋だって俺達が暮らしていた部屋と広さは同じだが暖かくて全然違う。


 ……この実験が終わったらあいつの下で働くのもありかもしれない。勿論従うフリだ。

 信頼していた部下に裏切られて、金も奪われたとあったらあいつだって俺の気持ちが分かるだろ。


 姉さんがどんな事をされているか心配だけど、今はとにかく大人しく従ってこの実験とやらを早く終わらせる方が先だ。


 …………。


 とうとう実験最終日が来た。


「来い。お前の仕事は今から連れて行く部屋にある荷物をこの地図にある建物の部屋に運ぶ事だ」


 そう言ってあいつの部下が渡してきた地図を見たら……王宮? 何だ、楽勝じゃないか。

 これさえ終わればあいつへの復讐が始められる。


「この部屋だ。ここにある荷物を全て一人で運べばお前の実験は終わる、後の説明は届けた場所で聞け」

「え……何だよ、コレ……」


 部屋の中にあったのは四角い透明の箱が四つ。一つ一つ透明の液体が入っていて中には手や足が一本ずつ入れられている。

 そして箱にはどれも一枚の紙が貼られていた。


『君のお姉さん』


 ちょっと待て、どういう事だよ……だって姉さんは……。


 なあ、俺が今まで食べていた肉ってもしかして……実験ってまさか……。


「あ……うわあああああああ!! 姉さん!! うわあああああああああああ!!!!」


 ******


「……弟の方は箱を全て破壊し手足を抱きしめて泣き崩れ、今も動く気配がありません」

「ふーん。実験失敗かあ、残念」

「この後どうされますか?」

「一時間も泣いているならもういいでしょ。お姉さんの手足と一緒に配達先まで届けて、そこでお姉さんと一緒に改めて実験の説明をしてあげてよ」

「はっ、かしこまりました」

「……あの弟君は何を勘違いしちゃったんだろうねえ。人間の、しかも身内の肉を食べさせるなんてそんな鬼畜な事僕がするわけないじゃないか、外道じゃあるまいし」


 あの姉弟への実験は一つ。

 医学研究所が新たに開発した保存液の可能時間の調査。


 姉には実験に必要な材料である手足を提供してもらう為に一日経つごとに両手足の一つを切断、保存液で保管。

 四日後、弟にその手足を手術室まで運ばせ医師に接続可能のものか判断し可能なものだけその場で接続手術、の筈だった。


 しかし弟は箱を壊してしまい手足を空気に晒すだけでなく涙で汚してしまった。これではもう接続を試す事すら出来ない。


「初日に切った足は無理でも後半二日に切った片手片足は確実に戻ったのに。この為に弟君には毎日牛肉や豚肉を食べさせて、労働もさせずに体力温存させてたのに無駄になっちゃったな。お姉さんも生涯手足なしで生きる事になっちゃったし、弟君のせいで」


 部下がいなくなった部屋でギーメイは一人話続ける。


「それにしても国をひっくり返そうとしておいて、何で国に忠誠を誓っている僕の下で働けるって本気で思えたのかな。敵国に騙されてあっさり裏切られた直後なのに。ちょっと考えれば分かるものを……ハハっ、バッカだよねえ」

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