第28話 エイロンと理事長

 理事長室でエイロンは理事長と話し合っていた。


「……というわけでして。ビオロはああ言ってくれましたがこのまま何も言わずに王族として扱われては周りを騙している事になります。なので俺は自分の出生を公表しようと思っています」


 そう言ってエイロンが理事長に差し出したのは退学届。


「公表すれば騒ぎになるでしょうし、そんな状態で学園に居続けるわけにもいかないので……」

「そうですか。ところで、エイロン様は退学された後はどうするか考えておられるのですか?」

「え」

「……何も考えていないのですね。公表すると決めた心意気はご立派ですが、それだけでは何の意味もありません」

「…………」

「エイロン様はもう子供ではありませんし守られているだけの歳でもありません。ですが、この学園の生徒である以上我々教師は生徒達を守る義務があります」


 理事長は退学届を手に取るとエイロンの目の前で燃やしてしまった。退学届は一瞬で灰になり床へと散っていく。


「! で、ですが王族でもない俺はこの学園に居続ける権利は……!」

「マジックエコールは身分関係なく入学できますので何の問題もありません。なので生まれがどうこうで退学を決める理由にはなりませんね」

「あ……」

「ご自身について公表するのは卒業されてからでも遅くはないでしょう。それまでまだ時間はあります。公表後のご自分の行動、将来も含めて沢山考えてください、その為の学園です」

「理事長……ありがとうございます……」


 ******


「……というわけなんだ、卒業後に公表する事は決めているんだが皆には今話しておきたかった」


 エイロン様が私とアズマ、ビオロ様、フィンク様、コルセイユさんを調理室に集めてこの間の事を正直に全部説明された。


「ただ、勝手な事だがそれまで周りには黙っていてほしい、頼む」

「そんな、頭を上げてくださいエイロン様……! 私はエイロン様が決めた事を邪魔する気はありません!」

「僕も! エイロンの人生はエイロンのもの! 誰かが決めていいものじゃない!」

「その、俺は王族関係はよくわからないのですが……エイロン様がエイロン様である事に変わりはないですし今まで通り、という事ですよね……?」

「皆……ありがとう」


 エイロン様が少し泣きかけたのをフィンク様が勢いよく抱きついて、その勢いで席から落ちたエイロン様を心配してアズマとコルセイユさんが駆け寄って、少ししてから笑い合ってた。


「それにしても、俺は理事長の事を誤解してたぜ。あの人、見た目と違って生徒の事をしっかり考えてくれていたんだな」

「え?」

「理事長にも話したんだが公表についてそんなに急ぐ事はない、卒業するまでその後の事も含めてどうするか沢山考えたらいいって言ってくれたんだ。ああいう人を人格者っていうんだろうな」


 ……何だかエイロン様の中で理事長への株が急上昇しているみたいだけど……あの人確か仕事増えるから公表したくないみたいな事を言っていたような……?


 思わずビオロ様の方を見ればバッチリ目が合って黙ったまま首を振られた。


 あ、はい。言いたい事は通じました。

 エイロン様は感動されているみたいですし、わざわざそれを潰す必要はないですね、うん。


 何となくエイロン様とビオロ様の理事長への評価が逆転したような気がする。


 ******


 今日も今日とて魔法の練習、といきたいところだったんだけど。


「あ、足が……痛いぃ……」


 何とか練習場まで辿り着いたものの、もうなんか既に色々使い切った感がする。


 昨日の全力疾走で筋肉痛が凄まじい。足だけとはいえ動くたびにギシギシミシミシ、錆びた魔導人形の気分。


「やあやあお嬢さん、ちょっといいかい?」

「え?」


 そんな時にまた呼びかけられて身体が勝手に固まった。昨日の今日で知らない人に呼びかけられたら流石に警戒する。


 でも声をかけてきたのは濃いめの茶色いスーツに茶色の大きなマントを羽織った見るからに探偵って感じの男性。帽子被ってパイプ咥えてたら完璧だと思う。


 ほんのり白髪混じりの茶髪だから六十代くらい? 優しそうな笑顔でロマンスグレーってこういう人の事をいうんだろうな。


「君は昨日不審者からエイロン様の事を聞いただろう? でも全然動じなかったんだって? どうしてなのかなって気になっちゃってね」


 あれ、何でだろう。

 笑顔は優しいままなのに背中に冷や汗が流れてきた。理事長とはまた違う怖さがある。


 どうしよう、今すぐ逃げ出したいのに足が動かない。


「ああ、怖がらせちゃったかな。でもそんな怯える事はないんだよ、だって君のその行動のおかげで不審者は逆に動揺してウィリアム君のところに行っちゃって自滅したんだから。お手柄だよ」


 そう言うと探偵風の男性は私の手のひらに一つの飴玉を乗せてきた。


「これはご褒美、おいしい飴。おっと、そういえばまだ名乗っていなかったね、僕はギーメイ、よろしくお嬢さん」

「は、はい。あ、私はエグレット・ミュレーと言います」


 ギーメイさん。何か、私が元日本人だからか名前にすごい違和感を覚える。偽名、と思っちゃうのは考えすぎ?


「うんうんエグレット様ね。それで、どうして君は動揺しなかったんだい? まるでエイロン様には王族の血が流れていないって最初から知っていたみたいじゃないか。もしそうなら何処から、どうやって知ったの?」

「それはっ、その」


 ここがゲームを元にした世界で設定を知っていたからです、なんて言えないし何か、何かいい感じに誤魔化せる何かっ、何も思い浮かばない!


「んー?」


 あ、無理。この笑顔は笑顔じゃない。なんていうか私の中の本能が正直に話さないと死ぬって全力で訴えている。


「……あ、暗殺者と思ったからです!」

「暗殺者?」

「は、はい。その……理事長の雇った暗殺者が私を殺しに来たのだと……なので違うと分かった瞬間安心しきってしまって他の事は頭に入ってこなかったんです!」


 こっちも紛れもない本当の話。むしろこっちの方が大きい。

 正直に答えたらギーメイさん、俯いて肩を震わせている。


 アウト? 本当に本当の事を言ったのにやっぱりダメだった?


「あっははは! 確かに! 自分の命に危機が迫っていたら王族とか遠く離れた出来事はどうでもいいよねえ! うんうん、いいね君、面白いよ!」


 さっきとは違う軽快な笑い声を上げてギーメイさんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。

 もしかして……助かった?


「そうだ、さっきのおいしい飴は回収。代わりにこっちのきれいな飴をあげよう」


 こっちが返事する前にさっきの飴を取り上げて同じ包装の飴を渡された。……同じ飴じゃないの?


「それにしても暗殺者だなんて、君はウィリアム君に何をやったのかな」

「え゛」

「まあそれは調べればすぐ分かるからいっか。あ、思い切り笑わせてくれたお礼に一ついい事を教えてあげよう」

「は、はい」

「ウィリアム君は相手を殺したいって思った時、暗殺者を雇うなんて回りくどい事はせずに直接来るからそこは安心したらいいよ」

「……」


 いや、あの……それを聞いてどう安心しろと?


「理事長の事を知っているようですが……お知り合いですか?」

「うん、そうだよ。だって僕はここの前理事長だからね。学園関係者だから出入りは自由だし、部外者でも不審者でもないから安心していいよ」


 前理事長。


 そういえば国や魔法の歴史にばかり気を取られてマジックエコールについては調べていなかった。

 そしてギーメイさんが前理事長で学園関係者と知っても何でか安心出来ない。


「ん、そろそろ移動しないとウィリアム君に気づかれちゃうな。じゃあね、お嬢さん」

「は、はい……」



 何か、嵐みたいな人だったな……。

 とりあえず貰った飴の包み紙を開ければビー玉みたいに透き通った綺麗な青い飴が出てきた。ソーダ味かな?


「あ、普通に美味しい……」

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