第35話 最終話

 もうすぐ卒業式。私じゃなくてシュエット様の。


 シュエット様。

 卒業されたらもう完全に会う事はない。酷い事を言ったから嫌われているし、ミシェルさんという婚約者もいるから私としては少し安心してしまう。


 でもこのままでいいのかな。


 ……アズマの告白に私はシュエット様の事をちゃんと忘れるようにするから待ってほしいと言った。

 このまま卒業式にもひたすら会わないようにしていればシュエット様の事も忘れられるし、アズマの事をしっかり考える事が出来るようになる。……これは忘れたって言えるのかな。


 こんな何もせずただ時間が過ぎるのをダラダラ待って、学園を卒業していなくなったから忘れましたよって違う気がするような……何か分かんなくなってきた。


 一人じゃ分からなくて、誰かに相談しようと思った時にふとエイロン様の事を思い出した。


 エイロン様は自分の血筋が分かった時に私達に報告していて、卒業後にきちんと公表すると決めている。

 周りには知られていないからこのまま何も言わず過ごす事だって出来たのに、自分が知った以上はしっかりけじめをつけたいと言っていた。


 ……けじめは大事だよね。

 私とエイロン様じゃ比べものにならない程事情の重さは違うけど、私もしっかりけじめはつけないと。


 ******


 とうとう迎えた卒業式。

 私の視線の先にはシュエット様とミシェルさん。二人は在校生の人達に囲まれて花束を渡されている。


 あの中に入っていくのは相当勇気がいる。

 沢山の花束で祝われて嬉しそうにしている二人のところに私が現れたらシュエット様は嫌な気分になるし、ミシェルさんだってせっかくのお祝いムードが台無しにされてしまう。


 でもだからといって今更やっぱりなしなんて出来ない。

 足は震えるしふわふわして歩いている感覚がないけど、つまづいたりしないよう気をつけながらゆっくり確実に二人の元へと歩いていく。


「あ、エグレット様……」


 在校生の一人が私に気づいてすぐに道が開かれて、そのせいでシュエット様と思い切り目があった。


 もう引き返せない。やるしかない。


「エグレット様……」

「あのっ、卒業おめでとうございます!」


 そういって私がシュエット様に渡したのは小さな花束。

 在校生が卒業生に渡すお祝いの花束。


「ミシェル様も卒業おめでとうございます! それと……末長くお幸せに。お二人のご多幸をお祈り致します」


 これは強がりでも何でもない本当の言葉。だからいつかの時のように涙は出てこない。


「エグレット様……ありがとう、ございます」

「私からもお礼を言わせてください。素敵な花束をありがとうございます、エグレット様」


 ミシェルさんは今にも泣きそうで、シュエット様もお礼を言ってくれた。

 その顔には嫌悪感とかなくて、いつも見ていたあの優しい笑顔だった。


 その顔を見ていたら他にも言わなきゃいけない事、言いたい事がたくさん出てきた。あの時酷い事を言ってしまってすみませんと、あれは本心ではなかった事、本当はあの図書室も好きだったと。

 でもコレは言っちゃダメだ。余計な感情が入った言葉なんていらない。


 卒業の場で、ミシェルさんもいるのに、今後も言っちゃいけない。


「……私の方こそ、ありがとうございます。お二人に会えて良かったです」

「私もです、エグレット様! 貴女のおかげで私は……私は……! ありがとう、ありがとうございます……!」


 ミシェルさんが私を抱き締めてとうとう泣き出して、私もつられて泣いてしまった。


 お二人に、心からの祝福を送ります。


 ******


 卒業式を、というより二人の姿をちゃんと見れて、祝えて、私なりのけじめはつけられた。


 今は裏庭の大きな木の下で休憩中。


「エグレット様?」

「アズマ……? どうしたの?」


 そこにアズマがやって来た。


「あ、いえ何か用があったわけでは……ただ、何となく会いたくなりまして……」


 何か察したのかな。もしかしたらさっきの様子を見ていたのかもしれない。


「…………」


 シュエット様とミシェルさんを祝って、アズマがここに来てくれて、たった今とても言いたいことが出来た。


 思えばアズマは私に好きと言ってくれたけど、私から好きだと言った事はないような気がする。

 返事は『忘れるまで待ってほしい』とか曖昧な事ばかり。


「ア、アズマ……その、ちょっといい?」

「はい。何ですか?」

「う……えっと……あのね……」


 改めて言おうとすると恥ずかしい。

 でもあの時アズマは周りに大勢の人がいるのに勇気を出して告白してくれた。


 私だって曖昧な言葉ばかりじゃなくてはっきり伝えたい。


「……アズマ」

「はい」


 また名前を呼んでしまった。それでもアズマは急かす事なくジッと待ってくれている。


「……私ね、その……アズマの事が……








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