第12話 悪役令嬢は癒しを求めています。

 魔法の勉強は順調。


 何度も確認して魔法とか歴史関係はゲームと全く同じだから筆記テストは問題なし。気をつけるのは人間関係。

 魔法の方も何とか発動出来るようになってきたし、あとはひたすら練習していけば安定する筈。


 失恋の方は……よく分からない。

 シュエット様には会わないようにして今後も図書室に近づかないようすれば大丈夫だとは思う。


 こういうもやもやしている時はカラオケ行ったりゲームにのめり込んだりしていたけど、ここにはそういったものが一切ないからすっきりしないのはこれが原因かも。


 とにかく何かパーっとやりたい。


 あ。そういえばこういう時にやれる事って他にもあったな。


 ******


「よし、やるか!」


 放課後の使っていない調理実習室の一つを借りてとりあえずご飯を炊く。

 こういう時はとにかく食べまくるのもいい気分転換になるし、何かを作るのも気を紛らわせられるしね。


 本当はお店に行って食べ放題とかやりたいんだけど、公爵家の令嬢がやけ食いとか何を言われるか分かったもんじゃない。


 だったら自分で作るしかない。

 ただ、私はお菓子を作る時はレシピ本がないと作れない。料理も然り。


 だから作るのはお菓子じゃなくて焼き飯とかオムライスとかとにかく簡単なもの。特にオムライスは成長した今ならとり肉も玉ねぎも入れられる。ふんわり出来るかはともかく。


「どっちも食べたいけど流石に食べすぎかなあ。まあ、小さ目に作ればいいか」


 学園に入学する時に持ってきたジェロームさんが最初に作ってくれた炊飯器、もといライスクッカーは今でも現役。


 倭国ではジェロームさんが作ったこのライスクッカーが大人気で改良されたのもどんどん造られているとアズマから聞いた。

 この国ではお米はまだ全然広まっていないから、一つしかないこのライスクッカーは大事に使わないと。


 というかコレ前世のより有能じゃない? コンセントいらないから魔力さえ込めればどこでも使えるし、消費されるのは自分の魔力だけだからお金もかからない。

 ……この魔力を込める事を子供の頃からやりまくった結果があの魔法暴発なんだけどライスクッカーに罪はない。

 魔法技術を全く鍛えず、ひたすら魔力を使っていたから無駄に魔力量だけが増えてしまった私の頭の残念さが原因。


 ……転生した時から十五歳なのに何で気づかないかなあ? まあ魔法がなかったから仕方ない事よね!


 とにかく! アズマも協力してくれたおかげでこのライスクッカーで炊いたご飯はとっても美味しい。


「……さっきは思わずきつい事言っちゃったし後で謝らなきゃ……いやでもアズマが悪い、ような? でも……」


 アズマの事だから図書室に行けない理由を聞いてきそう。昨日の今日でまだ話したくないし、そもそも失恋話なんかアズマに聞かせたくない……。


「ご飯の匂い!」


 またもやもやしていたらいきなりスパンッと勢いよくドアが開いて驚いて振り返れば赤茶色の髪した男の子がいた。


 あ、この子知ってる。


「……フィンク様?」

「うん、そう。僕フィンク! フィンク・ベルヴァルト! 君は?」

「失礼しました。私はエグレット・ミュレーと申します、よろしくお願いします」

「よろしくエグレット!」


 フィンク・ベルヴァルト。

 四人目で最後の攻略キャラ。

 留学してきた異国の王子で、言葉に慣れていないのか片言なのが特徴。

 常にお腹を空かせている食いしん坊キャラで、フィンクのイベントは半分以上が食べ物関係で飯テロイベントとも呼ばれている。


 その片言喋りと常に笑顔なのが可愛らしいと人気も高かった。


「お腹が空いてらっしゃるのですか?」

「うん。でもまだ夕食には早い、けどここを歩いていたらご飯の匂いがしたから思わず開けちゃった」


 可愛い。実際見るとより可愛い。

 私より背が高いのに何ていうか、犬や猫みたいな可愛らしさがあってその笑顔だけで癒される。

 私もよくプレイ中はルートに入らない程度でよくご飯イベント発生させてたな。


「……ご飯はありますがそれだけしかなくて……」


 いくらお腹が空いているといっても白米だけじゃ辛いし、かといってパッと何か作れる程の知識も腕もないしどうしよう……塩おにぎりなら出来るけど。


「それなら大丈夫! 僕、料理できるから! ご飯くれたらエグレットの分も作るよ!」

「是非お願いします」


 あれ、ゲーム内でそんな設定あったっけ……? ああ、描写しきれなかっただけね。

 とにかく、料理をしてくれるというのならいっか。


 料理のできる王子様って聞いたことないけど、フィンク様の動きは料理素人の私でも分かるぐらいテキパキしていて無駄がない。


 鍋にバターを入れて溶けたところに炊き立てご飯と牛乳をいれて……ミルク粥かな? と思ったら砂糖まで入れだした。


「あの、フィンク様? 何を作っておられるのですか?」

「ミルヒライスだよ! 甘くて美味しいの。僕の国ではよく食べてるデザート」


 ミルヒライス。

 聞いた事がないけどフィンク様が美味しいって言っているなら大丈夫か。

 それに本当はがっつり系より甘いのが欲しかったから丁度良かった。


 そうこうしている内にミルヒライスはあっという間に出来上がった。


「できたー。あのね、チョコレートかシナモンある? このままでも美味しいけど、この二つをかけるともっと美味しいの。あと果物も!」

「どうでしょう、この場所を借りる許可は頂きましたが食材を勝手に使う許可はそもそも申請していませんし……」

「そっか、じゃあ仕方ないね」


 フィンク様は見るからにシュンとして、ある筈のない犬の耳と尻尾が見えた気がした。


 うっ、ものすごい罪悪感……。


 ……果物とかはダメでもシナモンぐらいならいいかな? ちょっとだけならいいかも。


「シナモンならいいかもしれませんね。後で先生に話して使った分はちゃんと補充すれば大丈夫でしょう」

「やった、ありがとう!」


 ああ、もう可愛いなぁ。幻覚の耳と尻尾が元気に振っているのが見える。

 こういう素直なところが人気を集めたんだろうな。


「それじゃ、いただきます!」

「い、いただきます」


 ミルヒライスの見た目は……何だろうお粥をもっとドロっとしたような?

 私が言えた義理じゃないけどちょっと食べにくい見た目をしている。


 でもフィンク様は美味しそうに食べているし、思い切って口に入れてみた。


「……! 美味しい!」

「でしょでしょ! この国お米がない、だから食べられないって諦めてた。でもエグレットのおかげで食べれた。これってすっごい事だよ、ありがとう!」


 笑顔が眩しい。

 特に今はこの笑顔がすごく癒される。

 何だろう、アニマルセラピー?


 と、いい事思いついた。


「あのフィンク様。フィンク様は料理に詳しいんですよね」

「うん。でも、上手ってわけじゃない。僕が出来るの簡単な料理だけ」

「十分ですわ。実は私のクラスに倭国からきた留学生がおりまして、彼はこの国の料理の勉強に来たのですがフィンク様の国の料理もきっと興味を持たれると思います」


 だって初めてオムライスを食べた時とかお茶会のお菓子にも興味津々だったからきっと喜んでくれる筈。


「倭国! お米の国だね、僕も知ってるよ」

「是非彼にフィンク様を紹介したいのですがよろしいでしょうか」

「いいよ。僕甘いものが好き、でも美味しいご飯も大好き。今日はもう遅いから明日の放課後行くね!」

「クラスと場所は分かりますか?」

「大丈夫! 僕覚えるの得意。ビオロ様と同じクラスに倭国の名前あった、だから来れる。じゃあまた明日! 美味しいのありがとう!」

「私の方こそ。ありがとうございました」


 うーん、ミルヒライスはまりそう。今度は果物とかチョコレート用意してまた作ってもらおうかな。


 と、それよりアズマには何の確認もなく紹介したけど喜んでくれるかな。

 これで今日のお礼かお詫びになれば……。


 ……甘いのを食べてフィンク様に癒されて落ち着いてきた気がする。

 その落ち着いた頭でよく考えたらアズマは何も悪くないし、むしろ本の返却を頼んでおいて怒るって理不尽にも程がある。どう考えても悪いのは私。


 お詫びとかの前に私がアズマにちゃんと謝らないと。

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